「チケット、ですか?」
 目の前のライオンのぬいぐるみがこくりと頷く。
「行くか行かないか、それは君が迷い、君が決める事だ」
「はぁ…」
「ま、後悔のないようにな?」
 その尻尾髪の着ぐるみは、そそくさと逃げるかの様に立ち去っていった。
 その哀愁漂う後ろ姿に、なんとなく男の悲哀を垣間見てしまうシンジ。
「シンジ!」
「アスカ…、と、それにミズホ」
「シンジ様ぁ…」
 ミズホは再び鼻をすすった。
「ど、どうしたのさ!?」
 泣き出しそうな予感にビビリまくる。
「わたし、お邪魔ですかぁ?」
 ミズホは真剣に尋ねていった。
「当ったり前でしょうが!」
 思いっきり横槍を入れるアスカ。
 それにムッとしたのは、ミズホではなくてシンジだった。
 ミズホ、本気なのに!
「アスカ!」
「な、なによ…」
 びっくりしている。
「そう言う言い方は無いだろう?」
 シンジは続いて、ミズホに向かってにっこりと微笑んだ。
「なに?、どうしてそんな事を思ったのさ?」
 ミズホは脅えるような目を向けた。
「だって、いま「それに…」とさも追加のように…」
 なによ、悪いのはシンジじゃない…っと、アスカは目でシンジを批難した。
「ごめん…、別に意味は無かったんだけど」
 頭を下げる、ミズホは逆に慌ててしまった。
「そんな!、謝らないでくださいぃ…、勝手に追いかけて来たミズホが悪いんですぅ…」
 言葉尻が小さくなって消えていく、反省しているらしい。
「違うよ」
 シンジはミズホよりも深く顔を伏せた。
「人の気持ちを考えようともしない、僕が悪いんだ…」
 シンジはアスカとミズホの両方と視線を合わせた。
「お願いがあるんだ…」
「なによ?」
「なんでしょうかぁ?」
 言い出す前から、アスカにはなんとなく分かっていた。
「レイの所へ行きたいんだ…」
 ほらやっぱりねっと、ため息をつく。
「そんなぁ、シンジ様はレイさんの方がおよろしいですかぁ!?」
 ぐしぐしとシンジに詰め寄っていくミズホ。
「あんたは黙ってなさいよ!」
 アスカはその首根っこをぐいっと引っ張って、引き戻した。
「違うよ!、あ、違わないかもしれない…けど」
 ごめんとここにはいないレイに謝る。
「とにかく今は気になってさ…、アスカ?」
 アスカは無言で言葉を待った。
「デートは今度にしようよ、もっとさ…、落ちついてる時に」
「わかったわ」
 アスカは精一杯の譲歩を許した。
 ま、このままじゃミズホが邪魔だし、明日になればレイも合流しそうだしね?
 その中には、かなりの打算が含まれている。
 アスカにありがとうっと頷くシンジ。
 立ち上がったシンジの腕を、アスカはついっと抱き込んだ。
「え?」
「これぐらいは許しなさいよね?」
あああああーーーーーーーーー!
 ミズホの見ている目の前で、アスカはシンジに口付けした。






 くす、くすす…
 ドームへと向かうバス。
 むぅうううう…
 その中程の座席は異様な雰囲気を漂わせていた。
 ぼうっとしているシンジが居る。
 その隣で思い出しているのか?、妄想に浸っているのか、どっちにしろ表情の危ないアスカが居た。
 うみゅうるうにゃはううははうですぅ…
 真後ろの座席で殺気立ち、アスカの背もたれに噛り付いているミズホ。
 なんとか気を晴らそうとしているのか?、アスカの髪を一房持って引っ張っている。
 いいわよミズホ?、それぐらい許してあげるから。
 アスカは寛容になっていた。
 隣に座るシンジの様子が、よほどアスカの気に入っているらしい。
「なににやけてんのよ?」
「ええ!?」
 シンジは大慌てて窓へと後ずさった。
「に、にやけてなんていないよ」
 ぴんっと、その鼻先をつま弾くアスカ。
「嘘だと思うんなら、窓に写して見なさいよ」
 シンジは「本当だったらどうしよう?」と、恐る恐る窓を見た。
 え!?
 反対側を見た隙をつかれた。
「あああ、アスカ!?」
「なぁに?」
 シンジの体に寄りかかっている。
 いつもとは違う甘えた声に、ミズホの手に力がこもった。
 いたっ!
 ちょっとだけ怒りそうになるアスカ。
 ちょっとミズホ!、禿げたらどうするつもりよ!?
 しかしミズホにそんな事を考えるだけの余裕はない。
シンジ様といちゃつかないでください!
なによ!、あんたが邪魔しなきゃ普通のデートですんでたわよ!
普通のデートって、何をなさるつもりだったんですかぁ!?
言えないわよ、そんなこと…
 ぽっと頬を染めるアスカに、むきーっと半狂乱になるミズホ。
「……」
 シンジはその間も、ぼうっと唇を撫でていた。
 変わるんだ、感触って…
 その仕草をアスカは目ざとく心にとめた。
「シンジ?」
「え?、あっ、ごめん!」
 意味もなく謝るシンジ。
「謝るんじゃないわよ…、それより」
 蠱惑的な瞳を作る。
「今、なに考えてたの?」
「ななな、なにって…」
「言えないような事考えてたんじゃないでしょうねぇ?」
 にやにやとシンジの慌てぶりを楽しむ。
「ち、違うよ…、ただ」
「ほら、早く言いなさいよ」
 言っちゃダメですぅ!っと、ミズホはもどかしく前席をガスガスと蹴る。
「ただ、何だか違うなって…」
「なにがよ?」
 真っ赤になるシンジと、本当にわからなかったアスカ。
「ねえ、何が…、ミズホちょっとじっとしてなさいよ!」
「うう〜」
 背もたれの向こうから、覗き見るようにミズホが見ている。
「それで?、なにが違うって?」
「感触…」
「え?」
「前と、違う…、変わるんだなって、思ってさ…」
 ぼんっと、アスカは本当に爆発した。
 と同時に、ミズホはぶくぶくと椅子の向こうに沈んでいく。
「あああ、あんたねぇ!、何年前のことを覚えてるのよ!?」
「ご、ごめん!?」
 照れ隠しの怒り、でもシンジはいけなかったのかな?っと本気で思った。
「わ、忘れるから、許してよ…」
「忘れたら殺すわよ?」
 どうしろって言うんだよ…
 本当に、他のお客様には迷惑なだけの存在であった。






 ブロロロロ…
 シンジ達を降ろしてバスは出る。
 だがここがバスの折り返し地点なのだ、降りたったのはシンジ達だけでは無かった。
「みんなあっちに行くみたいだね?」
 びたっと張り付いているミズホに言う。
「ミズホ…、歩けないんだけど…」
 ミズホはシンジの背中に密着していた。
「それに、暑いよ…」
 陽射しががんがんに照り付けてきている。
「それよりちゃんと入れるんでしょうねぇ?」
「うん、これ、貰ったから…」
 シンジはさっきの着ぐるみに貰ったチケットを見せた。
「これ、レイに貰ったの?」
「ううん?、動物園で、特別にプレゼントして回ってるんだって言ってたよ?」
 妙ね?
 首を傾げるアスカ。
 適当にばらまいている割には、あまりにもちゃんとした指定席のチケットなのだ。
 あっと、シンジは見付けてしまった。
 向こうも気がついたようで歩み寄って来る。
「やあ、来たのか」
 ライオンのぬいぐるみ、しかしどこか微笑んでいるようにも見える。
「何でこんな所に…」
 シンジはストレートに疑問をぶつけた。
「動物園には出張だよ、俺は元々ここで雇われてるアルバイトでね?」
 アスカは「?」と小首を傾げた。
「そのチケットなら一般よりも早く入場できるから、急ぐといいぞ?」
「ちょっと!」
 アスカはそのライオンの腕を引いた。
「これほんとに本物なの!?」
 その勢いに、疑り深いなと肩をすくめる。
「ほんとだ、俺は嘘は嫌いでね?」
「確かに吐かないとは言ってませんね?、加持さん」
 顔を寄せての耳打ちに、ぎくりとライオンは強ばった。
「…よくわかったな?、正解だ」
「声聞けばわかります!、じゃあ確認しますけど、あのチケット本物なんですね?」
 ライオンは小さくのつもりで大きく頷いた、頭が大き過ぎるのだ。
「じゃあなんでアルバイトなんて…」
「四類の関係でね、今日は出向の形をとって、生徒の様子を探ってるってわけさ」
 その瞬間、ぬいぐるみの目がウィンクしたような感じがした。






 バン・タタン!
 シンバルやドラムの音が景気良く鳴っている。
 音の調整などをしているステージ。
 レイはまだお客の入っていない観客席に座り、その様子を眺めていた。
「できはどうなんだい?」
 カヲルはコーラの入ったカップを、レイへと肩越しに手渡した。
 レイの隣の席の背もたれにもたれかかる。
「カヲルがシンちゃんなら100点満点」
「僕ならどうなんだい?」
「85点」
 レイはぶすっくれたまま点数を告げた。
「悪くは無いんだね?」
「…シンちゃんのギターの方が好みなの」
 ずずっと口にし、入っている氷も口に含んだ。
 がりっと噛みつぶすレイ。
「僕もシンジ君のギターは好きさ」
「シンちゃんは?」
「『あの人』は心配いらないと言っていたよ?」
 レイはその呼び方にはっとした。
「これ…、お父様がからんでるの!?」
 肯定と取れる笑みを浮かべる。
「そうなんだ…」
 思い直すレイ。
 お父様…、何を考えているの?
 浮かんで来たのは、ニヤリと言ういつものシンジをいじめる時の笑いであった。







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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