「アスカ…、どこまで行ったんだろうね?」
シンジはしなだれかかるように体重を預けて来るミズホに尋ねた。
「このまま帰って来て下さらないほうがいいですぅ…」
二人並んで座り直している。
防音扉の向こうからは、ほんの少しだけ音や声が漏れ聞こえて来ていた。
始まったんだ…
シンジは隣に座るミズホに困っていた。
動けないよ…
肩に頭を預けられているため、シンジはミズホの髪の香りを嗅がされていた。
シャンプーの香りだ…
当たり前である。
それにリンスと…
レイよりも強く香って来る。
どうしてかな?
ゆったりとした髪を、まとめて結い上げているからだ。
「ねえ?」
「はい?」
シンジは声のトーンを落とした。
「ミズホが…、相談するとしたらどんな人がいいの?」
「相談…、ですかぁ?」
ミズホはまたも考え込み、そしてキラキラと光る瞳でシンジを見つめ…
「あ、僕ってのはなしだよ?」
え〜〜〜?っと、どん底に落ちたような顔をするミズホ。
「…そんな顔しないでよ」
シンジもちょっと困ってしまった。
「あ、ほら?、例えば僕のことでさ?、僕に相談するわけにはいかないだろう?」
あっと、ミズホは何とか納得した。
「そうですねぇ?」
ん〜〜〜っと首を捻り始めるミズホ。
小和田先輩は当然としてぇ、ユイおば様におじ様…、アスカさんは、はぐらかすので対象外でしょうかぁ?
それからまだ候補を並び立てる。
カヲルさんはいまいち信用できませんしぃ、レイさんはごまかしますし、赤木先生はすこし尊敬してますぅ、でもポカするのでいまいち信用なりませぇん…
段々と、相談する相手から妖しい知り合い関係へと間違っていく。
「う〜ん、う〜ん、う〜ん…」
しきりに首を捻るミズホにシンジは…
ミズホ、友達いないのかな?
と勘違いしていた。
●
「ねえ、あんた…」
アスカが遠慮がちに声を掛けると、彼女は敵意剥き出しで振り返った。
「なによ!」
「えっと…」
困り顔で、肩を叩こうとした手をもてあます。
「同情しようっての?、はん!、このあたしも落ちたもんだわ!」
なによ、プライドの高い子よねぇ?
しかしアスカは奇妙な親近感を覚えていた。
似てる…
ぷいっと頬を膨らませてそっぽを向いている。
赤よりも金に近い髪は、肩口よりは長く、だが背中の真ん中までは届いていない。
勝ち気に見えるのは、決して気のせいだけではないだろう。
「あんたねぇ?、なにも見ず知らずの人間に噛付いて回ること無いんじゃない?」
「じゃあどっか行っててよ、邪魔なのよ?、わかる?、おわかり?」
アスカはむっかぁ!っと笑みを張り付かせた。
人間、怒りが浸透した状態で堪えようとすると、そんな感じになるらしい。
「あ、いたいた、アスカちゃん!」
「「あ、タタキさん…、え!?」」
二人は同時に返事をし、それて同時に驚いていた。
●
「…人間世の中に三人は似てる子が居るって話だけど、本当にそっくりだね?」
「「どこがよ!?」」
シンジは「うっ!」っとたじろいだ。
ここは彼女の個室だ。
「…ふぅん、良い部屋じゃない」
アスカは何処か落ちつかない。
理由は彼女の名前にあった。
「あすか・ラングレー…」
仏頂面のまま、彼女はタタキに無理矢理名乗らされた。
アスカ!?
まずその名前に驚いた。
まさか…、まさかね?
アスカの中に、微妙な引っ掛かりが生まれていた。
まさか、パパの隠し子だ、なんてこと…
あまりにも彼女はアスカに似ていた。
まさかあたしの妹だなんてこと!?
…あるわけないか。
でもそう考えたおかげで、アスカはちょっとだけ優しくなれていた。
「とにかく、なぜ渚くんをつけろだなんて言い出したんだ?」
タタキは無骨なダイバーウォッチで時間を確認しながらあすかに尋ねた。
「生意気だから」
あすかは、タタキを見ようともしないで、化粧用の鏡に向かって吐き捨てた。
まったく、時間もないってのに…
タタキはシンジを探して向かって来たのだ。
シンジ君をレイちゃんの所へ届けなきゃならないってのに、まったく…
ご機嫌取りを嫌っている。
「今日の曲は、あすか初のソロじゃないか」
「あっ!?」
シンジは急に大声を出した。
「ど、どうなさったんですかぁ?、シンジ様ぁ…」
目を丸くして驚くミズホ。
「そっか、どこかで見た事があると思ったんだ…」
シンジはいつも読んでいるマンガ雑誌のグラビアページのことを思い出した。
「…あんた、そんなの読んでるの?」
「だめですぅ!、シンジ様はそんなの見ちゃダメですぅ!」
ダメなの?
ちょっとしょぼくれるシンジ。
「…じゃなくって!、それがどうしたのよ?」
アスカはそれほどこだわらない。
「…うん、確か三人組でデヴューしたって載ってたと思ってさ」
それに驚いたのはあすかであった。
「あんた!」
「え!?」
「良く知ってるじゃない!」
あすかはシンジに抱きついていた。
「「あああああーーーーー!」」
わなわなと震える二人。
「あんた何やってんのよ!?」
「なにって?、やぁねぇファンの子にサービスしてあげてるんじゃない」
「誰がファンよ、誰が!」
「ねえ?」
あすかはシンジに甘ったるい声をかけた。
「え?、なに…」
「あんたあたしのファンじゃないの?」
シンジは答えにつまった。
あすかの瞳が微妙に潤んでいる。
…違うって言ったら、泣いちゃうんじゃないかな?
そんな強迫観念にも似た思いが浮かび上がった。
「…まあ、違わなくもないけど」
でも言えないよな?、アスカに似てたから覚えてたなんて…
目を見れば分かる。
ファンだと本気で喜んでくれている事が。
「ねえ?」
「なによ?」
シンジはあすかから離れながら尋ねた。
「収録始まってるんでしょ?、どうして行かないのさ」
先程までの機嫌の良さは吹き飛んでいた。
「そんなのあんたに関係無いでしょ!」
「か、関係って…」
「あたしが何をしようと勝手じゃない!」
「じゃあ、何故ここに居るんだ?」
タタキは苛付きを隠せず、タバコに火を付けていた。
くゆらせた煙が鼻につく。
「何故だ?、グループを解散してまで残った理由は?」
「見返してやりたかったのよ!」
あすかは大きく叫んでいた。
「誰もあたしのことなんて見なかったくせに、誰もあたしの歌なんて聞いてくれなかったくせに、誰も、誰も!」
何を言ってるのか分からないけど…
話の見えないアスカ。
でも、ヒステリックな子だって事は分かったわね?
アスカの後ろでは、ただあわあわとミズホが泡を食っている。
「期待…、してもらえなかったの?」
シンジの落ちついた物言いに、あすかはキッとキツイ目を向けた。
「あんたに何がわかるのよ!」
だがシンジはその激しさを受け入れた。
穏やかな微笑みで抱き留める。
「だって…、それじゃ僕と同じだから」
「同じ?、なんであんたなんかと!?」
「…頑張ってたんだ」
あすかはぎくりとした。
「頑張ったんだ、喜んでもらえたんだ、でも僕じゃなくても良かったんだ…」
シンジの言葉に同調するかの様に、あすかの体が震える。
寒気に囚われ、自分の体を抱いている。
「僕よりもうまくできる人がいるんだ、僕にもそれがわかるんだ」
「だから諦めるのか?」
タタキが問いかけた。
ここで降りられちゃ、俺のボーナス無くなっちゃうんだよな…
タタキも心の中では必死だ。
シンジは首を横に振った。
「…投げ出したくない」
ぽんっと、シンジはあすかの両肩に手を置いた。
シンジの顔を見上げるあすか。
「君にはまだ、頑張れる場所があるんじゃないか…」
シンジの微笑みに、数秒の間見とれてしまう。
「な、なによ…」
そして照れて顔をそらした。
同時にムッとするアスカとミズホ。
「そりゃ、あたしだって…」
きゅっと唇を咬む。
「…ねえ?」
「え?」
シンジは肩から手を離しながら尋ねた。
「君の夢って、なに?」
あすかはそっぽを向いた。
「…あんた、誰にでも聞いて回ってんの?」
「そうじゃないけど…」
聞いちゃいけない事だったのかな?
シンジはためらい、迷った。
「それじゃあ、あんたはどうなのよ?」
横目でシンジを見やるあすか。
「あんた、夢って持ってる?」
僕の、夢?
「そ、夢…」
シンジは真っ直ぐに見つめられた。
「あんたにもあったんでしょう?、夢ぐらい…」
しかしシンジは答えられなかった。
僕の、夢…
あったかもしれないし、なかったかもしれない。
違う、そんなことよりも大事なのは…
どんなに頑張っていても、それが自分のためであっても。
僕は、何かになりたくて、何かをつかみたくて頑張っているわけじゃない…
もちろん、自信を付けたいぐらいのぼやけた理由はある。
でも目の前の女の子ほど、我を張るほどに思い詰めているわけではない。
「…強いね、君は」
だからシンジは、そう誉めていた。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
Q'はGenesis Qのnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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