「アスカ…、どこまで行ったんだろうね?」
 シンジはしなだれかかるように体重を預けて来るミズホに尋ねた。
「このまま帰って来て下さらないほうがいいですぅ…」
 二人並んで座り直している。
 防音扉の向こうからは、ほんの少しだけ音や声が漏れ聞こえて来ていた。
 始まったんだ…
 シンジは隣に座るミズホに困っていた。
 動けないよ…
 肩に頭を預けられているため、シンジはミズホの髪の香りを嗅がされていた。
 シャンプーの香りだ…
 当たり前である。
 それにリンスと…
 レイよりも強く香って来る。
 どうしてかな?
 ゆったりとした髪を、まとめて結い上げているからだ。
「ねえ?」
「はい?」
 シンジは声のトーンを落とした。
「ミズホが…、相談するとしたらどんな人がいいの?」
「相談…、ですかぁ?」
 ミズホはまたも考え込み、そしてキラキラと光る瞳でシンジを見つめ…
「あ、僕ってのはなしだよ?」
 え〜〜〜?っと、どん底に落ちたような顔をするミズホ。
「…そんな顔しないでよ」
 シンジもちょっと困ってしまった。
「あ、ほら?、例えば僕のことでさ?、僕に相談するわけにはいかないだろう?」
 あっと、ミズホは何とか納得した。
「そうですねぇ?」
 ん〜〜〜っと首を捻り始めるミズホ。
 小和田先輩は当然としてぇ、ユイおば様におじ様…、アスカさんは、はぐらかすので対象外でしょうかぁ?
 それからまだ候補を並び立てる。
 カヲルさんはいまいち信用できませんしぃ、レイさんはごまかしますし、赤木先生はすこし尊敬してますぅ、でもポカするのでいまいち信用なりませぇん…
 段々と、相談する相手から妖しい知り合い関係へと間違っていく。
「う〜ん、う〜ん、う〜ん…」
 しきりに首を捻るミズホにシンジは…
 ミズホ、友達いないのかな?
 と勘違いしていた。






「ねえ、あんた…」
 アスカが遠慮がちに声を掛けると、彼女は敵意剥き出しで振り返った。
「なによ!」
「えっと…」
 困り顔で、肩を叩こうとした手をもてあます。
「同情しようっての?、はん!、このあたしも落ちたもんだわ!」
 なによ、プライドの高い子よねぇ?
 しかしアスカは奇妙な親近感を覚えていた。
 似てる…
 ぷいっと頬を膨らませてそっぽを向いている。
 赤よりも金に近い髪は、肩口よりは長く、だが背中の真ん中までは届いていない。
 勝ち気に見えるのは、決して気のせいだけではないだろう。
「あんたねぇ?、なにも見ず知らずの人間に噛付いて回ること無いんじゃない?」
「じゃあどっか行っててよ、邪魔なのよ?、わかる?、おわかり?」
 アスカはむっかぁ!っと笑みを張り付かせた。
 人間、怒りが浸透した状態で堪えようとすると、そんな感じになるらしい。
「あ、いたいた、アスカちゃん!」
「「あ、タタキさん…、え!?」」
 二人は同時に返事をし、それて同時に驚いていた。






「…人間世の中に三人は似てる子が居るって話だけど、本当にそっくりだね?」
「「どこがよ!?」」
 シンジは「うっ!」っとたじろいだ。
 ここは彼女の個室だ。
「…ふぅん、良い部屋じゃない」
 アスカは何処か落ちつかない。
 理由は彼女の名前にあった。
「あすか・ラングレー…」
 仏頂面のまま、彼女はタタキに無理矢理名乗らされた。
 アスカ!?
 まずその名前に驚いた。
 まさか…、まさかね?
 アスカの中に、微妙な引っ掛かりが生まれていた。
 まさか、パパの隠し子だ、なんてこと…
 あまりにも彼女はアスカに似ていた。
 まさかあたしの妹だなんてこと!?
 …あるわけないか。
 でもそう考えたおかげで、アスカはちょっとだけ優しくなれていた。
「とにかく、なぜ渚くんをつけろだなんて言い出したんだ?」
 タタキは無骨なダイバーウォッチで時間を確認しながらあすかに尋ねた。
「生意気だから」
 あすかは、タタキを見ようともしないで、化粧用の鏡に向かって吐き捨てた。
 まったく、時間もないってのに…
 タタキはシンジを探して向かって来たのだ。
 シンジ君をレイちゃんの所へ届けなきゃならないってのに、まったく…
 ご機嫌取りを嫌っている。
「今日の曲は、あすか初のソロじゃないか」
「あっ!?」
 シンジは急に大声を出した。
「ど、どうなさったんですかぁ?、シンジ様ぁ…」
 目を丸くして驚くミズホ。
「そっか、どこかで見た事があると思ったんだ…」
 シンジはいつも読んでいるマンガ雑誌のグラビアページのことを思い出した。
「…あんた、そんなの読んでるの?」
「だめですぅ!、シンジ様はそんなの見ちゃダメですぅ!」
 ダメなの?
 ちょっとしょぼくれるシンジ。
「…じゃなくって!、それがどうしたのよ?」
 アスカはそれほどこだわらない。
「…うん、確か三人組でデヴューしたって載ってたと思ってさ」
 それに驚いたのはあすかであった。
「あんた!」
「え!?」
「良く知ってるじゃない!」
 あすかはシンジに抱きついていた。
「「あああああーーーーー!」」
 わなわなと震える二人。
「あんた何やってんのよ!?」
「なにって?、やぁねぇファンの子にサービスしてあげてるんじゃない」
「誰がファンよ、誰が!」
「ねえ?」
 あすかはシンジに甘ったるい声をかけた。
「え?、なに…」
「あんたあたしのファンじゃないの?」
 シンジは答えにつまった。
 あすかの瞳が微妙に潤んでいる。
 …違うって言ったら、泣いちゃうんじゃないかな?
 そんな強迫観念にも似た思いが浮かび上がった。
「…まあ、違わなくもないけど」
 でも言えないよな?、アスカに似てたから覚えてたなんて…
 目を見れば分かる。
 ファンだと本気で喜んでくれている事が。
「ねえ?」
「なによ?」
 シンジはあすかから離れながら尋ねた。
「収録始まってるんでしょ?、どうして行かないのさ」
 先程までの機嫌の良さは吹き飛んでいた。
「そんなのあんたに関係無いでしょ!」
「か、関係って…」
「あたしが何をしようと勝手じゃない!」
「じゃあ、何故ここに居るんだ?」
 タタキは苛付きを隠せず、タバコに火を付けていた。
 くゆらせた煙が鼻につく。
「何故だ?、グループを解散してまで残った理由は?」
「見返してやりたかったのよ!」
 あすかは大きく叫んでいた。
「誰もあたしのことなんて見なかったくせに、誰もあたしの歌なんて聞いてくれなかったくせに、誰も、誰も!」
 何を言ってるのか分からないけど…
 話の見えないアスカ。
 でも、ヒステリックな子だって事は分かったわね?
 アスカの後ろでは、ただあわあわとミズホが泡を食っている。
「期待…、してもらえなかったの?」
 シンジの落ちついた物言いに、あすかはキッとキツイ目を向けた。
「あんたに何がわかるのよ!」
 だがシンジはその激しさを受け入れた。
 穏やかな微笑みで抱き留める。
「だって…、それじゃ僕と同じだから」
「同じ?、なんであんたなんかと!?」
「…頑張ってたんだ」
 あすかはぎくりとした。
「頑張ったんだ、喜んでもらえたんだ、でも僕じゃなくても良かったんだ…」
 シンジの言葉に同調するかの様に、あすかの体が震える。
 寒気に囚われ、自分の体を抱いている。
「僕よりもうまくできる人がいるんだ、僕にもそれがわかるんだ」
「だから諦めるのか?」
 タタキが問いかけた。
 ここで降りられちゃ、俺のボーナス無くなっちゃうんだよな…
 タタキも心の中では必死だ。
 シンジは首を横に振った。
「…投げ出したくない」
 ぽんっと、シンジはあすかの両肩に手を置いた。
 シンジの顔を見上げるあすか。
「君にはまだ、頑張れる場所があるんじゃないか…」
 シンジの微笑みに、数秒の間見とれてしまう。
「な、なによ…」
 そして照れて顔をそらした。
 同時にムッとするアスカとミズホ。
「そりゃ、あたしだって…」
 きゅっと唇を咬む。
「…ねえ?」
「え?」
 シンジは肩から手を離しながら尋ねた。
「君の夢って、なに?」
 あすかはそっぽを向いた。
「…あんた、誰にでも聞いて回ってんの?」
「そうじゃないけど…」
 聞いちゃいけない事だったのかな?
 シンジはためらい、迷った。
「それじゃあ、あんたはどうなのよ?」
 横目でシンジを見やるあすか。
「あんた、夢って持ってる?」
 僕の、夢?
「そ、夢…」
 シンジは真っ直ぐに見つめられた。
「あんたにもあったんでしょう?、夢ぐらい…」
 しかしシンジは答えられなかった。
 僕の、夢…
 あったかもしれないし、なかったかもしれない。
 違う、そんなことよりも大事なのは…
 どんなに頑張っていても、それが自分のためであっても。
 僕は、何かになりたくて、何かをつかみたくて頑張っているわけじゃない…
 もちろん、自信を付けたいぐらいのぼやけた理由はある。
 でも目の前の女の子ほど、我を張るほどに思い詰めているわけではない。
「…強いね、君は」
 だからシンジは、そう誉めていた。







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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