「和ちゃ…」
 もうやめようよと言いかけた薫を、カヲルは手で止めてしまう。
 和子はそれを見て、小さく微笑んで話を続けた。






「異常よ、そんなの!」
 父親にわめき散らす人。
「そ、そんなに変かな?」
 動揺する父。
「中学生の子供にそんなことしてたなんて!」
「別におかしくはないじゃないか、親子なんだし、風呂ぐらい…」
 ぶつぶつと言い訳臭い。
「親子だからよ!」
 彼女はその罵り合いを聞かないように耳を塞ぎたい気分になっていた。
 どうして?
 そう叫びたい。
 どうして仲良くしちゃいけないの!?
 それをこの人に決められてしまうのが嫌過ぎる。
「それに近所の人達がなんて言ってると思うの!」
 わめいているのは新しく母になる予定の人だった。
「人様の仲を壊して、良く平気でいられるわね!」
「そんなの、おばさんには関係無いでしょう!?」
「あたしはあなたの母親になるのよ!、そんなみっともない…」
「そんなの勝手に決めたのはそっちじゃない!」
 パン!
 派手に頬が鳴った。
「お、おい…」
 おろおろとする父親にも腹が立つ。
 人を心配しての張り手ではない、ただの癇癪だ。
 キッと睨み返したが、結局決定的な言葉は吐かずに飲み下した。
 そんな彼女を、和子を彼女は勝ち誇ったように見下ろしていた。






 ふうっと息をつく。
「先輩には公認の彼女がいました、知らなかったって言ったって、言い訳みたいにしか聞こえないけどね?」
 和ちゃん…
 言葉が出ない。
「でも、あの子は君のことを知らないみたいだね?」
 カヲルが指しているのは和美のことだ。
「会わせてもらう前に追い出されちゃった」
 明るくてへっと頭を掻く。
「色々噂も飛んじゃったし、でもみんな納得して信じてたし、弁解なんて、ね?、だから良いかなって…」
「髪はその時に切ったのかい?」
 和子は小さく頷いた。
「和美ちゃん…、おなじ和が付くでしょ?」
 笑う。
「似てるってね?、まだ仲の良かった頃に教えてもらってたの」
 だから切ったのと苦笑い。
「お父さんは?」
「え?」
 薫は気がつかなかったようだ。
「良くわかりますね?」
 カヲルは薄く笑っている。
「…お父さんは去年の年末に」
 死んでいる。
「え?、じゃあ和ちゃん!」
 薫は親友の知らない一面を知った。
「うん、天涯孤独って奴、かな?」
 顔を見られないように、手を後ろ頭に組んで先を歩く。
「遺産はこっちのものだからいいけど、ね?」
 そっかぁ…
 大変なんだ、と同情してしまう。
「和ちゃん!」
 背中から抱きつく薫。
「な、なによ?」
 薫は背中に頬をすりつける。
「今日、泊まりに行ってもいい?」
 汗臭いが、気にしない。
「…渚先輩も一緒なら…」
 しーんっと無音の空間が生まれてしまった。
「じゃ、行かない」
「薫ってば、冗談だってぇ!」
「うっさい!、ちょっとでも同情したあたしがバカでしたぁ!」
 二人のじゃれ合いを、カヲルは微笑ましげに眺めていた。






「そうそう、懐いてくれてみたいだからさ、こっちで面倒見ておくから、のんびりして来てよ」
 携帯を切る。
「お母さん、なんて言ってた?」
 心配げに見上げる和美。
「心配してるってさ、大丈夫なんじゃないかな?」
 ケンスケは自分の部屋へと招き入れた。
「ゲームぐらいならあるけど、カメラはダメだぞ?」
「わあ…」
 目をキラキラと輝かせる。
 散らかりまくっているのだが、カメラ器材やゲーム機器の数々は、和美には大変なおもちゃに思えてしまった。
「ねえ!、これどうするの?」
「ああ、だめだって!」
 慌ててカメラを取り上げる。
「ケチィ…」
「これは大事なんだよ!、こっちならいいからさ」
 と言って、その辺でも売っているデジカメを渡そうとする。
「あっとごめん、まだデータ抜いてなかったんだよな…」
「え?、どんなの撮ってるの?」
 ケンスケはクスッと笑うと、つけっぱなしになっていたパソコンに繋いだ。
「こんなのさ」
「あ、さっきの…」
 昼間に会った人達だ。
 海で撮って来た写真である。
「お友達?」
「まあね…」
 言っている間に、データの転送は完了した。
「はい、何を撮る?」
「えっと…」
 和美はカメラを手にきょろきょろと見回したが、あいにくとこの部屋には撮りたい物が何もない。
「きったなぁい…」
 ちょっと傷つくケンスケ。
「まあ…、もし和美ちゃんがくるんなら掃除するよ」
「うん」
 頷くと同時に、和美は撮りたい物を見付け出した。
「あ…」
 カーテンのすき間から漏れて来る光に気がつく。
 ぱっと瞳を輝かせる和美。
「お月様が撮りたい!」
 和美は慌てて、ケンスケを待たずにおでかけ用の靴を履き直した。


 お月様、か…、そう言えばそんなの撮った事も無いよな?
 ケンスケも付き合って、月に向かってカメラを構えた。
 なんだよ?、オートじゃうまくあわないじゃないか?、それに露出が…
 なんとか試行錯誤をくり返す。
 不便だよな、デジカメって、フラッシュたかないとまともに写らないし、たいたらたいたで、光が写り込んじゃうし。
 そんなことを考えてもたもたしていると、和美が「撮れたぁ!」っと歓声を上げた。
「え?、撮れたんだ」
「うん!」
 えへへっと、自慢気にカメラの裏にあるパネルを見せる。
「ほんとだ、撮れてる…」
 驚くケンスケ。
 そこにはちゃんと、星空に浮かび上がる月が写っていた。
「しかも月の位置と写り込んでる街並み、それに月を挟んだ対角線上の空白部分が同じだけあって…、完璧じゃないか」
 和美の肩に手をかける。
「和美ちゃん!、俺と一緒にカメラマンを目指さないか!?」
「え?」
「やめておきなさい…」
 ひゅうっと、何処からともなく風が吹いた。
「誰だ!?」
「幼い才能を、曇ったメガネで見る物ではないわ」
 慌ててメガネを拭き出すケンスケ。
「あ、あなたは!?」
 メガネをかけ直すと、暗闇の中にうっすらと人影が浮かび上がった。
 今日は黒シャツに黒い夏用のロングコートを羽織っている。
「カメラがその子の一番ではないでしょう?」
「コダマさん!」
 コダマはにっと、気持ちの良い笑いを見せた。



続く








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