ウォオオオオン…
 低いエンジン音が鳴り響く。
「うげぇ…」
 シンジは派手に上下している波間に向かって、ひたすら唾液を吐いていた。
 もう胃の中身は出し切っている。
「だらしないんですね?」
 本を読んでいたマユミは、くいっと眼鏡を持ち上げながらシンジを見た。
「や、山岸さんこそ…、よく本なんて読んでて、酔わないね?」
 小さな漁船の上である、だが島影も見えないような洋上では、波の高さも尋常ではない。
「うえ…」
 シンジはまたも吐こうとしたが、出て来るのは涙と涎。
「情けない…」
 マユミの言葉が耳に入る。
「…ねえ?」
「なんですか?」
 シンジは迫って来るような海面を見ながら尋ねた。
「僕…、山岸さんに嫌われるような事、なにかした?」



Neon Genesis
Evangelion
GenesisQ'53
「満天の星」


「これで最後だ」
 シンジは砂浜にしゃがみこんだまま、次々と下ろされる荷物をぼうっと眺めていた。
「はい、どうもありがとうございました」
 頭を下げるマユミ、マナから借りて来たタンクトップに短いジーンズと言う恰好だ。
「まあこれも授業の一環だからな?、多少型外れではあるけど」
 揺れる尻尾髪に復活しかけている無精髭、加持。
「食料はとりあえず一週間分、それに飲料水を作るためのろ過タンク、これは海水を入れて使ってくれ、3時間でペットボトル5本分は作れる、そしてサバイバルキットにテント、寝袋…、まあ考えられるだけのものは用意しておいた」
 海岸線から一歩入れば深い森だ。
 波の向こうには水平線を眺める事しかできない。
 起き上がるシンジ。
「加持さん…、ほんとにここで暮らすんですか?」
 苦笑する加持。
「ああ、シンジ君に必要なのは、ま、野生味だな?」
「そんなのあるわけないでしょう?」
 うなだれる。
 後頭部には転がった際の砂が付いている。
「まあシンジ君も男だからな?」
 苦笑する。
「たまには自然に触れて見るのもいいだろう?」
「でも…」
 ちらりとマユミを見る。
「二人っきりって、まずくないですか?」
「…かもしれないな?」
 シンジの言いたいことは分かる。
「だがシンジ君、きみにそんなことができるのか?」
「え?」
「帰ったら…、質問攻めだろうな?」
「あ…」
 真っ青になるシンジ。
「嘘をつけるほど器用じゃないなら、理性だけは失うなよ?」
 呆然とするシンジの肩をポンと叩く。
「人と獣との違いは、欲望を理性で抑えられる所にある、自分を見失うなよ?」
 それから加持は、マユミにも話しかけた。
「と言うことだ?」
「はい、それにこれもありますから」
 見せたのはスタンガンだ、それも10万ボルトとかみなりマークのロゴが入っている。
「…きつ過ぎないか?」
 冷や汗を流す加持。
「大丈夫ですよ、碇君なら」
 どういう理屈なんだ?
 加持には今ひとつ理解できなかった。






「さ、じゃあ始めましょうか?」
「え?、なにをさ」
 シンジはマユミの眼鏡がきらんと光るのを見て不安になった。
「ここに何しに来たか、わかってるでしょ!?」
「って、でも、別に何かをしに来たわけじゃ…」
 はぁっと呆れられる。
「…わかりました、じゃあ具体的に言います」
 黒い皮表紙のメモ帳を取り出す。
「まず基礎体力の強化」
「ええ!?」
「碇君の体って、引き締まってませんから」
 言葉は柔らかいのだが、その目は情けないと軽蔑の色を湛えている。
「それに白いですよね?、はっきり言って…」
「こ、小麦色の僕って…」
 太陽を背に、真っ黒なシンジがニカッと白い歯を光らせている。
 想像して恐くなる。
「似合わないよ、そんなの…」
「どうしてそう決め付けるんですか!」
 びっくりした。
「そ、そんなこと言ったってさ?」
 小麦色だよ!?
「少しは自分から変わってみようって思わないんですか!」
「お、思うよ…、思うけどね?」
 それは違うと思うんだけど…
「だったらさっさとしてください!」
 う…
 シンジは慌てて自分のディバッグを手に取った。


 違う、これは僕の目指してた世界じゃない、こんなのが僕の望んだ世界じゃないよ…
 取り敢えず提示されたのは、砂浜を端から端まで走ると言う、実に簡単な物だった。
「はぁ、はぁ、ぜぇ…」
 だが砂はシンジの足を取り、なかなか前に進ませてくはくれない。
「違うんだ、僕が変わりたいのは、こういう…」
 ちらりとメガホンを手にしているマユミを見る。
「あと一周!」
 紺のスクール水着に、白いシャツを羽織っている。
「でも、付き合わせちゃってるんだから…」
 シンジはかろうじて我慢していた。


「碇…」
「ああ…」
 その様子を眺めている二人が居た。
「いいのか?、意味があるようには思えんが…」
 冬月だ、二人の前には液晶の8インチモニターが置かれている。
「ああ、ないだろうな…」
 同意する。
 いつもの会議室だった、映し出されているのは高々度にある監視衛星からの映像だ。
「ならなにをするつもりだ?」
 黙して語らず。
 ゲンドウはただニヤリと笑っただけだった。






 島に着き、しばらく走っただけで日は暮れ始めていた。
「…ねえ?」
「なんですか?」
 二人で並んで砂浜に座り、じっと夕日を眺めている。
「どうして、山岸さんなの?」
 一瞬、マユミは言葉に詰まった。
「…わたしが、お願いしたんです」
「お願い?」
 頷くマユミ。
 三角座りの膝を抱いて、シンジに少しだけ顔を向ける。
「うらやましいから」
「何がさ?」
「わかりませんか?」
 シンジはその表情にドキッとした。
 ま、まさか山岸さんも!?
 鼓動が跳ね上がり、顔が赤くなって来るが夕日のために気付かれない。
 一方マユミは歯ぎしりしていた。
 どうして頑張りもしないで流されてるだけで、なんでもかんでも良いように取ってもらえるの?
 レイも、ないがしろにされてても笑っている…
 どうしてそう気が回らないのか?
 あまりの鈍さに腹が立つ。
 だがシンジはそんな事に思い至らずに暴走している。
 ど、どうしよう?、加持さんにはああ言われちゃったけど、もしそんな雰囲気になったら自信ないよ…
「…食事にしましょう?」
「え?」
 すっと立ち上がったマユミに驚く。
「夜も朝も早いです、早く寝て、明日に備えて、早く起きましょう?」
 夜の明りと言っても焚き火ぐらいしか無いのだから。
「わかったよ…」
 見上げた体は、アスカともレイともミズホとも違う、極々平均的なものだった。






 翌朝。
「なんだ、心配すること無かったな…」
 シンジはご飯を食べるまでが精一杯だった。
「疲れてたんだな、やっぱり…」
 すぐに寝てしまったのだ、思っていたような事は何も無かった。
 シャコシャコと歯を磨く。
「でも船酔いも、走らされたおかげで抜けちゃってたし、そうか!」
 だから山岸さん、無理矢理僕を走らせて…
 シンジは大きなタンクから水を注いで、口をゆすいだ。
「…この水だって、山岸さんが用意してくれたんだよな?」
 そう思うと、うがいのためだけに使うのには抵抗がある。
「水、タンクまで組み上げてくれたのかな?」
 マユミはまだ眠っていた。
「それじゃあ、僕なんかよりずっと疲れてるんじゃ…」
 起きた時、倒木によりかかるように眠っていたマユミの細い腕を思い浮かべた。
 わりと浜に近い森の中に開けた場所があった。
 倒木もあったのでそれを椅子がわりに腰掛け、缶詰とお湯で温めたパックのご飯を口にした。
「朝起きた時、まだくすぶってたし…」
 焚き火のことだ。
「山岸さんが、薪をくべててくれたのかな?」
 他に誰もいない。
「それにこんな所で暮らしてたんじゃ、髪は傷むし肌だって荒れるだろうし…」
 その二つは、アスカがいつだかわめいていたので覚えていた事だ。
「優しいんだ、山岸さんって…」
 昨日の今日で、いきなり転び始めているシンジであった。








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Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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