「ん…、もう朝?」
 マユミが目を覚ますと、一足先に眠っていたはずのシンジは居なかった。
「固形燃料、尽きちゃったのね?」
 燃えつきている焚き火を、木の枝でつつき回す。
 薪をくべるのが面倒だったので、固形燃料の塊をそのまま放り込んでいたのだ。
 マユミは起き上がると、さっと手櫛で髪を整えた。
「顔、洗わなきゃ…」
 タオルを手に、水を入れたポリタンクへと歩いていく。
 ジャーッと水を出して顔を洗っていると、ウイイイイイン…と低いモーター音が鳴り始めた。
「なにかしら?、あ…」
 マユミは思い出した、加持の仕掛けだ。
 水が少なくなると、地面に埋めたパイプを通して海から海水を組み上げるようになっている。
 その特別な機械を仕掛けていってくれたのが加持だった。
 校長先生って、不思議な人…
「あ、山岸さん!」
 顔を上げ、眼鏡をかけ直すと、もう既に汗をかいているシンジが居た。
「碇君?」
「あ、うん、ちょっと早く起きちゃったから、少し浜を走って来たんだ…」
「そう…」
 マユミは自分のタオルをシンジに渡した。
「え?」
「ご飯にしましょう?」
「あ、う、うん…」
 こ、このタオルって…
 歩き去るマユミの背中を見つめてしまう。
 さっき、顔拭いてたよ…ね?
 タオルの何処かはマユミの唇に触れているはず。
 はっとするシンジ。
「そんなこと考えたの、初めてだ…」
 あれだけの人数で暮らしていれば、タオルを間違うぐらいのことはあったが、他人を意識したは初めてのことだった。






「山岸さんって、普段どんなことをしてるの?」
 腹筋をしながら、シンジはマユミに尋ねてみた。
「なんですか?、突然…」
 マユミはシンジの足の上に乗って、体を押さえている。
「…だってさ、僕そんなに山岸さんとは話した事、無いのに…」
 体を起こす度に、マユミの体が近くなる。
 汗?、かいてるんだ…
 マユミのスクール水着が、湿って色を変えていた。
「そうですか?、でも知らないというほどじゃありませんから…」
「そうなの?」
 マユミは小さく頷いた。
「レイやアスカ、それにマナからも良く聞かされてます」
「どんな噂なの?」
 マユミはシンジがバランスを崩さないように気をつけながら、片手を離して張り付いて来た後れ毛を後ろへ払った。


「え〜〜〜?、シンちゃんのどこが良いかって!?」
 相変わらずマユミのベッドを占領していたマナは、驚きの声を派手に上げた。
「どこがって…、言わなきゃ分からない?」
 うん…と、頷くマユミ。
「みんなが盛り上がってるのもよくわからないし…」
「親衛隊のこと?」


「ちょっと待ってよ!」
 シンジはマユミの話を遮った。
「なんだよその、親衛隊って!?」
 キョトンとするマユミ。
「え?、知らなかったんですか?」
 うん!と頷くシンジ。
「なんでも上級生を中心に、親衛隊が出来てるって…」
「嘘!?」
 固まるシンジ。
 マユミは小首を傾げて「何を今更」と思ってから、話を元に戻して続けた。


「だって、シンちゃん可愛いじゃない?」
 枕を抱きしめて身をよじるマナ。
「可愛い…、かしら?」
「あの良さがわからないなんて、マユミってまだまだお子様ね?」
 と笑われても、憮然とした表情を浮かべてしまうだけだ。
 納得いかないわ…
 当然だろう。
「だって、レイもアスカも、…マナだってそう、碇君って、本当に好きなのかしら?」
 キョトンとしてしまうマナ。
「え?、なによ急に…」
「碇君がどう思ってるか関係無いなんて、やっぱり言い訳臭いと思う…」
 やはりどこかが気に入らない。
「でも好きだって思ってくれてない人を、良いかもって思えちゃう?」
 マナの言う事も分かるような気はする。
「そりゃ…、でも好意が無くても、なにも感じてないから普通以上に気安い人っているもの…」
 だから勘違いする事もあるだろう。
「それって誰の話?」
「…誰って、わけじゃないけど」
 マナはちらりと隅っこに転がっていた雑誌を見て、ははぁんっと知識の仕入れ場所に見当をつけた。
「ならね?」
「ん…」
「なにも感じてないのに、焦ったりドギマギしてるとこ見せてくれるのかなぁ?、男の子って…」
 ピンポーン!
 ドアベルが鳴った。
「はぁい!」
 マユミの代わりに、何故だか返事をするマナ。
「じゃ、あたし行くね?」
「え?、何処かに出かけるの?」
「買い物、マユミもたまには何か買った方がいいわよ?」
 かけてある服を見る。
「もう夏なんだから、いつまでも春物だけじゃね?」
 マユミはまだ、他の季節の服を買ってはいなかった。


「…持ってないの?」
「え?」
 シンジの言葉に驚くマユミ。
「夏服だよ」
「え、ええ…、買い物とか、苦手ですから」
 シンジは起き上がった所で、一度動きを止めた。
「どうして?」
「…人の多い所って、苦手で」
 シンジはクスッと笑ってしまった。
「おかしい…、ですか?」
「…ううん、僕も苦手だから」
「え?」
「服とかさ、買い物には良く付き合わされるんだけど…」
「苦手なんですか?」
 シンジは頷く。
「だって分からないじゃないか、どの服を選べばいいのか、とか、誉めなきゃ怒るし、でもみんな笑うんだよね…」
 通りがかっていく人が。
「そうですか?」
「そんなことない?」
「…あまり行きませんから」
「そう…」
 シンジは再び腹筋を開始した。
「服なんてどれを選んでも同じにしか見えないんだ…、でもアスカ達が着ると可愛いとか奇麗だって思う」
 シンジがのろけていないのは、真剣さからマユミにも分かる。
「自分の選んだ服でなくても?」
「誰が選んだのでもそうだよ、でもレイなんて僕が選んだのが嬉しいって言うんだ、でも僕にはよくわからないし、そうやって場所も気にせずにはしゃぐのって、僕にはどうしてもついていけなくて…」
 シンジはドサッと仰向けに倒れた。
「人目、多いですもんね?」
「でも喜んでくれたり、笑ってくれるのは嬉しいんだ」
 そのまま青空に向かって笑顔を作る。
 あ…
 マユミはそんなシンジに、ちょっとだけ何かを感じてしまった。






「ねえ、本当にやるの?」
「やるんです」
 シンジの腰に巻かれているロープは、その先で流木に繋がれていた。
「さ、浜に向かって泳いで下さい!」
 どんっとシンジは、ゴムボートの上から突き落とされた。
 ボチャン!っと落ちる。
「うわっぷ、溺れちゃうよ!」
「ナイフは持たせてあるでしょ?、無理だと思ったらロープを切って下さい」
「わ、わかったよ…」
 浜に向かって泳ぎ始める、カエル泳ぎだ。
「…進まないよ」
「潮が木を引っ張ってますから」
「ええ!?」
「下手をすると沖に流れされちゃうかもしれませんね?」
「そ、そんな!?、やっぱり無理だよ、こんなの!」
「その「無理だ」ってすぐに言うのをやめて下さい、聞きたくありません!」
「そんな…」
 トホホと、再び泳ぎ出す。
「…ほら、少しずつですけど、前に進んでるじゃありませんか」
「そうかなぁ?」
 もちろん気のせいである。
「だんだん流されてるような…」
「大丈夫ですよ、疲れたら言って下さい、乗せてあげますから」
 乗せてって言ったら、きっと「まだ頑張ってないじゃないですか!」って怒るんだろうな…
 そしてそのシンジの想像は、ほぼ間違いなく当たっていた。


「はぁ、はぁ、はぁ…、二日目で、もう、筋肉の張りが取れなくなってきたよ…」
 お昼の休憩中、木陰に二人は座り込んでいた。
 シンジは食事よりも、息を整える方を選んでいる。
「ああ、マッサージ、した方がいいですね?」
「…うん、後でしておくよ」
「だめですよ、今しないと、疲れが溜まっちゃうじゃないですか」
 そう言って、マユミはシンジをちゃんと座らせた。
「えっと…」
 マユミは取り敢えず肩を揉んでみた。
「あ、悪いよ、自分でやるからさ…」
「できない部分もあるじゃないですか…、でも、ごめんなさい」
「なにがさ?」
「あたしも…、マッサージのやり方って、よくわからないから」
 シンジはクスッと笑った。
「…おかしい、ですか?」
「ううん、おかしくは無いよ、ただ、ね?」
「なんです?」
「…うん、僕もわからなくてさ、この間習ったんだよ」
「え?」
 シンジは自分の左腕を揉み始めた。
「レイにさ、何かをしてあげたくて…、でもなにも見つからないから、教えてもらって」
 レイに?
 ドキッとするマユミ、だがその驚きの意味は自分でも分からない。
「おかしいいよね?、何かをしてあげたいのに、何をしてあげればいいのか、わからないなんてさ…」
「そんなこと、ありませんよ」
 マユミは自信なげに言った。
「誰でもそうなんじゃないんですか?」
「そうかな?」
 確認するシンジ。
「そうですよ、自分になにができるのかも、…そんなに分かってる人って、いないと思いますから」
 シンジは小さく頷いた。
「ありがとう」
「え?」
「思ってたんだけど…、優しいよね?、山岸さんってさ」
 瞬間、マユミはつい赤面してしまっていた。







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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