NEON GENESIS EVANGELION 
 Genesis Q':63 


 いくら化粧品に興味を持つ歳になったとしても、石鹸を専用に買い揃えるほど大人でも無い。
 当然ながら体の部位に合わせて石鹸を変え、香り付けになるものをマッサージしながら擦り込むような、そんな手間のかかる事なんて想像すらもしたことがない。
 ボディーシャンプーで体を洗って、シャンプーとリンス、コンディショナーを駆使して髪を洗うのが精一杯だ。
 それも女子共用のシャンプーであり、だからこそ碇家の女の子の髪は、みんな同じ香りになる…、はずなのだが。
 ちなみにシャンプーだけは男性用と女性用の二種類があった。
 すかっと爽快が男性用、髪さらさらが女性用である。
 それでもせっせと念入りになってしまうのは、アスカが何かを決意したという証しであろう。
 負けてらんないのよ…
 去来するのはレイとミズホ。
 このあたしは!
 がしがしと…、だが肌を傷めないようにスポンジで泡を立てる。
 ミズホのように保護欲を駆り立てる事も、レイみたくジャレあいでそう言う雰囲気に持っていく事も、直情的なアスカには到底真似のできる事ではない。
 …損なのよね、結局。
 一瞬とまってしまった手を再び動かす。
 幼馴染つったって、不自然な感じがしちゃうんだもん、その分ね…
 急に甘えても『おかしい』と思われるのが関の山だ。
 不意にアスカは、自分が腕ばかり洗っている事に気がついた。
 いっけない…
 慌てて胸の膨らみの下から谷間をぬって首筋へ向かうように洗い上げる。
 平常心平常心…
 いつものまんまで、どこまで違う雰囲気に変えられるだろう?
 自分で自分に違和感を感じるのと、シンジが気付くのとでは、一体どちらが早いのだろう?
 あたしでなくちゃいけないのよね…
 でなければコントロールができていない証拠になるから。
 シンジに気付かれちゃいけないのよね…
 それでは警戒されてしまうから。
 でも…、ね。
 またしても手の動きがとまってしまう。
 シンジには…、バレちゃうかも。
 あの『にぶちん』がそこまで鋭いかどうか疑問なのだが、すでにアスカの中では「どうしたの?、今日は変だよ…、あ、ごめん、僕のせいだったね…」とアスカの頬に手を添えるシンジが出来上がっている。
 ぽうっとしたアスカが桜色に染まったのは、なにもスポンジですり過ぎたからではないだろう。


 パチン…
 ぼうっとしているシンジの隣で、床に盤を置いたカヲルが詰め将棋に励んでいた。
「今日も…、悩んでいるのかい?」
 不意の言葉に、シンジは言葉を濁して頷いた。
「やっぱりわかんないや…」
 夕飯を食べに降りると、もうアスカの機嫌は治っていた。
「気持ち悪いくらいだよ…」
「彼女とは…、彼方の女と書く」
 パチンと駒が音を立てる。
「でも彼の女とも言えるのさ、「か」の女は「あ」の女と取れるけど、「カレ」の女とも受け取れる…」
 パチン。☆ 「そんなのは…」
「傲慢…、かい?、シンジ君はもっと影響力と言う物を考慮すべきだと思うよ?」
「影響力?」
 パチン!っと返事の代わりに音が鳴った。
「みんなシンジ君に興味があるんだよ…」
「興味って…」
「シンジ君のすること、シンジ君としたいこと、シンジ君がしてくれること…」
 迷ったのか、盤をジッと見つめに入った。
「その中には当然と言えるけど、してもらいたい物がある、ならそれを引き出すためにはどうすればいい?、そう、アプローチだね?」
 何を納得したのか、カヲルは一人で頷いた。
「なら彼女達が行動を起こすのは、実に当たり前の事じゃないのかい?」
 そっか…
 頬杖をといて座り直す。
「良くも悪くも、そうやってシンジ君を中心に彼女達は動いている…」
 聞く体勢を取ったシンジに、カヲルも一時中断した。
「当然…、それぞれにはそれぞれの世界があって、中心には自分がいるんだけど…、そうだね?、彼女達の考えは二つの星を回る衛星のようなものなんだよ」
 なんだそれ?
 分からないと、疑問を目で問い合わせる。
「シンジ君と自分…、二つの星が微妙な引力で引き合っている、近過ぎれば壊れるし、遠く離れればそれはもう別の惑星さ…、でも二連星、双子星、なんでもいい…、存在自体が奇跡に近い距離を保っていると言うのに、その二つの星の重力に影響されて回っている衛星が、常に安定しているわけは無いだろう?」
 なんとなく、わかるような、わからないような…
 戸惑いは確実に増していく。
「安定させるには大変な努力がいるのさ…、人工的にそんな関係を作り出すなら、なおさらね?」
「じゃあ…、僕はどうすればいいの?」
 それを認めるのなら、シンジは常に多数の星に引っ張られている事になる。
「さしづめ太陽系の太陽になればいいんじゃないのかい?」
「え?」
「ただ温かく照らしてあげていればいい…、遠くの星を照らすことはできなくても、みんなを包んであげることは出来るだろう?」
「でもそれじゃあ…、僕はただそこにいるだけじゃないか…」
 ずっとじっとしているだけになってしまう。
「…なら大きな太陽になればいい、春の温かさ、夏の陽射し、秋の夕日、冬の透明…、色々な光で暖めてあげられる太陽にね?」
 そんなの、難しいよ…
 カヲルの言うことは抽象的過ぎてつかめない。
 シンジは訳してくれる人間が欲しいと思った。


 さて…、碇家の入浴は戦争である。
 年頃の子供が五人もいればそれなりにお湯は汚れてしまう。
 よって二度から三度の入れ直しはやむを得ない事と言えるだろう。
 もちろんお風呂は普通より大きい。
 シンジとカヲルが一緒に入れるぐらいに広い。
 それでもアスカやレイが一緒に入ることはめったにない。
 たとえばこういう事があるからだ…
 ザ〜…
 お湯がアスカの髪から泡を洗い流していく…
 ちゃー…
 その背後から、いたずらっ子モードでひたすらシャンプーをかけるレイ。
 だあっ!
 そんなわけでアスカが切れると入浴時間が更に延びる。
 一人で入れば40分から一時間、なのに二人で入ると二時間近くなるのは何故だろう?
 ちなみにシンジ、カヲル共に烏の行水なので、どんなに長くても15分で上がって来る。
「僕の肌は繊細だからね?」
 と自慢の柔肌に爪を立てられる事を願う渚カヲル君、十六歳。
 ちなみにアスカは一番風呂だ。
 長い髪がお湯の汚れを吸着するため、自然と奇麗な湯を好むのである。
 そんなアスカがレイとタッチした頃、碇家の前に一台の黒いロールスロイスが横付けされた。
 運転手が車を下りて、後部のドアを丁寧に開ける。
「ありがとうございますぅ」
 細い足がピッタリと揃えて降ろされた。
 柔らかな微笑み、たおやかな物腰で礼を言う。
 車から降り、鞄を手に立つ、黒いポニーが少し揺れた、ミズホだ。
 運転手は中年にさしかかりかけていたが、まだ若かった。
 ミズホの少女らしい、まだあどけなさを残す笑みに、年甲斐も無く頬を赤くして照れまくる。
 照れは主に制帽の鍔にかけられた手に現れていた。
「それでは」
「はい、失礼いたします」
 彼は思う、この笑みを独り占めしている誰かがいるのだと。
 正直妬ましくてもどかしい、何度ダッシュボードの奥に忍ばせたラブレターを手渡そうとした事か。
 しかし彼は知らなかった。
 その羨ましいほどの微笑みが、実は他人行儀な物であり、男性としては唯一自分だけが向けられていると言う事を。
 まあその幸せ独り占めに気がつく事は、絶対永遠に無いのだが、さて。
「ただいまですぅ!」
「あらおかえりなさい」
 先程のお嬢様ぶりは何処へやら?、ミズホはぽいぽいっと靴を雑に脱ぎ捨てた。
 この辺はアスカとレイの影響が大きいのだろう。
「今日は遅かったのね?」
「はぁい、それで小和田さんのお車で送って頂きましたぁ!」
 元気に手を挙げて報告する。
「それなら安心ね?」
「はいですぅ、凄く運転がうまくて、つい眠っちゃいそうでしたぁ」
 ペロッと舌を出しながら言う。
 本当は運転手が緊張のあまり法定速度をマイナス10キロ程度に落としているからなのだが。
 ミズホは小和田家へ舞いの稽古に寄っていた、当然その汗臭さはどうしてもユイの鼻についてしまう。
「先にご飯にする?、それともお風呂?」
 ミズホはちょっと考え込んだ。
「えっと、えっとぉ…」
 即答出来なかったお仕置きか、くぅっとお腹が鳴ってしまった。
 真っ赤になるミズホと苦笑するユイ。
「先にご飯にしましょうか?、手を洗ってらっしゃいな」
「はぁいですぅ!」
 トタトタと走って行った先で、「ミズホってば手なら洗面所で洗ってよ!」「レイさんも洗顔石鹸持ち込むのはやめてくださぁい!」と騒ぎが聞こえたがまあ置いておこう。
「あれ?」
 シンジは子供部屋で首を捻った。



 子供部屋 
階段
押し入れ
アスカの部屋

レイの部屋
ミズホの部屋
「なによぉ…」
「いや…、珍しいカッコしてるね?」
 隣に座ってテレビを見る。
「そう?」
「うん…、いつもは寝間着とかシャツにパンツとか、パジャマじゃない…」
 なのに今日に限ってトレーナーとスウェットパンツとはどういう事だ?
「暑くない?」
「放っておいて」
「うん…」
 なんか刺々しいな?
 話しかけるのもためらわれる。
 やっぱりまだ怒ってるのかな…
 シンジはそっと横顔を覗いた。
 別にいつもと変わらない感じ…
 あれ?
 しかしシンジは違和感を覚えた。
 あ、そっか…
 大きくなってからと言うもの、はっきりと顔の造詣を確かめた事はなかった。
 つまりは見つめると言う事はしなかった。
 すっきりしてるんだな…
 目鼻立ちがはっきりとしている。
 それに肌も…、ほっぺで光ってるの、産毛かな?
「だぁ!」
 急にアスカが立ち上がった。
「あんたねぇ!、一体全体何のつもりよ!」
「え?」
「とぼけんじゃないわよ!、まったくジロジロ人の顔見て…」
 恥ずかしいったら無いじゃない!
 テレビを見てなどいられない。
 だがシンジはいつものように謝ってしまう。
「ごめん…」
「何で見てたのかって聞いてるのよ!」
 アスカはそれに苛立った。


 ふっふっふっふっふーん♪
「シンジ様!」
 子供部屋を覗いた途端、ミズホはピシッとひび割れた。
「あん!、こらシンジってばもう…」
「だってアスカが触らせてくれるって言ったんじゃないか…」
 アスカのほっぺをぷにぷにとシンジがいじくっている。
「そんなにつまんじゃ痛いでしょうが」
「喋るからだよ…、そんなに痛い?」
「シンジが治してくれるなら我慢するけど…」
「へ?」
 アスカは二三度頬をさすった後、シンジに向かってつき出した。
「ほ〜ら!」
「え?」
「もう!、いたくなくなるように、ね?」
「う、うん…」
 何となく何をしろと言うのかはさすがに分かる。
「じゃ、じゃあ…」
だめですぅ!
「わぁ!」
「ミズホ、いつの間に!」
 突き飛ばすようにシンジに抱きつく。
「いくら肉欲に飢えていたとはいえ、アスカさんの罠にかかるなんて言語道断!、骨までしゃぶりつくされた揚げ句に下僕のように扱われて、「ああ、ミズホ、僕が悪かったよ」なんて許しを乞うようになってからでは遅いんですぅ!」
「無茶苦茶言ってるわね…」
 はうーん!、っと怒りのスープレックスが決まった。
「アスカさんもずるいですぅ!、二人っきりになった途端…」
 そのままシンジを投げ棄てる。
「ミズホと違って、時と場所をわきまえてるだけよ?、シンジだって嫌がってなかったじゃない」
「ぶぅ!」
「いいえ、それどころかシンジの方から言い出したのよ?、シンジも男の子だなぁって安心したわ?」
「相手がアスカさんでは知れてますぅ」
「なんですってぇ!?」
 袖をまくる。
 かなり赤い、スポンジですり過ぎたのだ。
「それ、どういう意味よ!」
「体でたぶらかすのが限度じゃ知れてますぅ、シンジ様はわたしの心を大切にして下さってるんですぅ、ねぇ?、シンジ様?」
 もちろんシンジからの返事は無い。
 完全に沈没してしまっているようだ。
 アスカは冷徹な視線を向けた。
「ミズホ…、あんた最近胸が大きくなったからって調子に乗ってない?」
「いつまでもアスカさんの時代ではありませぇん」
 一触即発。
「るんるんるんっと」
 そこへレイも上がって来た。
 風呂上がりのバスタオル巻き。
「まぁた着替え持ってくの忘れちゃったぁ、シンちゃん結構怒るのよねって、あ、いいものみっけ☆」
「「拾うな!」」
 転がっているシンジを、つい部屋に引きずり込もうとしてしまうレイであった。







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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