NEON GENESIS EVANGELION 
 Genesis Q':65 


「レイ!」
「あ、シンちゃん」
 声を聞いた瞬間、とたんにキクは不機嫌になった。
 男の方は少なくとも表面上はあまり変わらない。
「なにやってるのさ?、こんな所で…」
 もちろん知っていたが、シンジはわざと振る舞った。
「うん、キクちゃんを送ってくとこなの」
「じゃあ早くしなよ、母さんが心配するからさ」
 母さんと言う部分にキクが過剰に反応する。
「やあ、碇シンジ君、だっけ?」
「…誰ですか?」
 わざと不審そうな声を作る。
「あ、この人キクちゃんの先生なの」
「ふぅん…」
 ジロジロと見る。
 この人だったんだ、さっきの人は。
 そんなシンジのぶしつけな視線を、大人の余裕でかわして返す。
「それにしても感心しないなぁ?」
「なにがですか?」
「キクちゃんはお母さんの事でナーバスになってるんだよ?」
 キクの頭をぐりぐりと撫でる。
「そのキクちゃんの前で口にするのかい?」
「確かにそうですね?」
 シンちゃん?
 固い口調をレイは訝る。
「僕にはそんな風に、子供の前で言い争うことは出来ません」
「忠告だよ」
「そうですか?」
「子供はその場で叱らないとわからないからね?」
「あなたは大人なんですか?」
「君よりはね?」
「そうですね、わかりました」
 シンジはレイへと向き直った。
「レイ、どうするの?」
「え?」
「僕は帰るよ、レイは?」
「あ、待って、でも…」
 横目でキクを見る。
「…わかったよ、僕も着いて行くから、早く帰ろう?」
「うん!」
 じゃあ!っとさっぱりした顔で頭を下げ、レイはキクの手を引っ張った。


 帰り道はシンジと二人。
 どうして怒ってるんだろ?
 レイにはシンジが分からない。
 嫉妬してくれたのかな?
 わからない。
 それにしてもそっけない態度だった。
 あれ程きつく人に当たるシンジを知らない。
 …あたしのせいなのかな?
 今朝のケンカを思い出す。
 はぁ…、まだシンちゃんこだわってんだ。
「…ねえ、レイ?」
「え?、な、なに?」
 数歩歩いて立ち止まる。
「キクちゃんのことは、好き?」
「へ、も、もちろん好きよ?」
 溜め息一つ。
「そっか」
「なになに?、シンちゃんどうしたの?」
「…なんでもな、い、よ」
 前に回り込んだレイの顔は膨れている。
「…怒ってもいい?」
「え?」
「シンちゃん…、どうしてアスカにはちゃんと話すの?」
「ちゃんとって?」
「もう!、あたしの時は隠すくせに!」
 レイに対して悩んでいるのだから、言えるはずが無いだろう。
「言うと…、違うかな?、言いたくないんだ」
「だからどうして…」
「レイは今のままのレイがいいよ」
「なにそれ?」
「言うときっと考えちゃうから」
「は?」
「僕みたいにね?」
 言ってくれなきゃ分かんないよぉ…
 レイは少し泣きそうになっていた。


 それが良いとこか悪い所なのかは分からないけど…
 自分には良い点に思えるから。
 そんなレイが好きだから。
 じゃあ僕はどうすればいいんだろう?
 レイはキクのために自分を犠牲にするのだろうか?
 僕はレイのためにそこまで出来るの?
 答えられない。
 だめだよな…、だって僕は諦める方を選んでたから。
 自分を犠牲に出来る人間は強いのだろうか?
 でも…、レイのは違うと思う。
 自分の境遇に重ね合わせているだけ?
 それとも僕の考え過ぎなの?
 その答えを持っているのはレイだけだ。
 なら僕は僕に出来る事をするしかない。
 先程の態度がその答えの一つ。
 あれなら…、きっと二人ともレイよりも僕を憎む。
 僕だってあんな風に邪魔されたら嫌だもの。
 …簡単なんだな?、嫌な事をするのって。
 自分がされたら嫌な事をするだけなんだから。
 でもレイやカヲル君に気付かせちゃいけない。
 アスカに心配させちゃいけないし、ミズホにも笑っていて欲しいんだ。
 なら僕は心配をかけちゃいけない。
 強くなるって、なんだろう?
 まだ何か間違っている様な気がする。
 でも嫌な事も引き受けなくちゃ、出来るようにならなくちゃ。
 人にその役を押し付けていてはいけないのだから。
 僕が落ち込むとレイもアスカもミズホも慰めてくれるけど。
 本当は嫌なはずだから。
 そうだよな、人を応援するような事…
 シンジはずっと悩んでいる。


「シンジの様子がおかしい?」
 コクリと頷くレイ。
「あんたさっきも…」
「もっと酷くなってるんだもん」
 う〜んと唸る、さすがにシンジの苦悩の全てを知っているわけではないのだから。
「それでシンジは?」
「さっきはごめんって、もう少し頭冷やして来るって」
「まだうろついてんの?」
 コクンと頷く、時計は九時を差している。
 確かに遅いが、心配するほどの時刻でも無い。
「まだぶらついてるのね…」
 帰って来たら、もう一度問い詰めよう。
 アスカはそう決めて溜め息を吐いた。


 その頃シンジは無目的に近所をぐるぐると回っていた。
「やあ、碇君」
「…なんでここにいるんですか?」
 先程の男だ。
「君こそ、急いで帰ったんじゃないのか?」
「…僕の勝手でしょ?」
 なるほどっと対峙する。
「でももう時間が時間だからな?」
「僕の勝手じゃないですか…」
「こう見えても教師でね?」
「そのわりにはミーハーなんですね?」
「…嫉妬か?」
「そう思うんならそれでも良いですよ」
「待ってくれないかな?」
 無理に引き止める。
「何を気にしてるのか知らないが、僕は君の考えている様な男じゃないぞ?」
「…だからなんです?」
「悩み事なら話してくれないか?、少しは力になれるはずだ」
 なるわけないじゃないか…
 呆れ返る。
「高校生にも悩みはあるだろうけど、俺もそうだったからな?、でも大抵は実にくだらないことなんだ」
 …大人って言っても、随分違うものなんだなぁ。
 漠然と加持やミサトのことを思う。
「僕の想いは僕のものだし、悩みも僕のものです、明かせません」
「…可愛くないなぁ、子供は大人を頼ればいいんだ」
「頼る時は尊敬してる人の所に行きます」
「俺は先生だぞ?」
「…子供をだしに親を落とすような人でしょう?」
 固まる。
「酷い事を言うなぁ」
「好意的になる必要がありませんから」
「キクちゃんが困ると思うぞ?」
「僕は困りません」
「なんて奴だ!」
「すり替えないで下さい、あなたが酷い事をするんでしょう?」
「俺は教師だ!」
「じゃあキクちゃんがどうして困るんですか?」
「それは親と担任が連絡を密にして…」
「僕とキクちゃんは他人です」
「成長を手伝ってやるのが年上の義務だろう?」
「でも僕は子供なんでしょ?」
「そうだな?」
「先生に任せろって言うんでしょ?」
「そうだ」
「立派な職業ですね?」
「その通りだな?」
「ならこれ以上負担をかけたくないので頑張って下さい」
「ふざけるな!」
 殴りかかりそうな勢いだ。
「何が不満なんですか?」
「どうしてそう意固地なんだ!」
「別に?、だって信用も信頼もしてないのに、なにを口にしろって言うんですか?」
「だから俺は!」
「先生なんでしょ?、でも僕はあなたのことを知りません、理由はそれで十分です」
 こ、の…
 拳が震える。
 シンジはシンジで苛立ちを隠し切れないでいる。
 …物分かりの悪い人だなぁ。
 シンジの周囲に居る大人の方が特殊なのだ。
「とにかく、あなたはこの近所の人じゃないんでしょ?」
「そうだ」
「じゃあこんな所で何をやってるんですか?」
「それはお前みたいな子に注意するために…」
「僕にはあなたの方が不審者に見えますよ」
「なっ!?」
「ここに移ってきてまだ半年くらいですけど、まさか僕たちの家を探してるんじゃないでしょうね?」
「僕たち?」
「僕とレイの家ですよ」
「同棲してるのか!?」
「…そう思ってもらってもいいです、でもここも安心できない場所なんですね?、あなたみたいなストーカーが出るんじゃ」
 す、ストーカー!?
 言われて初めて気がついたような顔をする。
「こそこそと人の家を調べて回って楽しいですか?」
「そうじゃない!」
「じゃあさっさと帰って下さい、警察を呼びますよ?」
 強気の態度、だが心の中では緊張していた。







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

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