NEON GENESIS EVANGELION 
 Genesis Q':66 


「カヲル…」
「シンジ君を頼むよ」
 そう言って綾波に引き渡す。
 シンジの手のひらには化石化するように固まった枝が張り付いていた。
「さてと…」
 バリ!
 固まった化け物を引きはがし、カヲルは男を助け出した。
「彼は僕が預かるよ?」
「え…」
 ぽかんとするマナ。
「どうせ何も覚えていないよ、その辺に放り出しておくさ、ま…」
 ちらりとシンジを盗み見る。
「僕のシンジ君を傷つけた罪は重いから、風邪ぐらいは引いてもらうさ」
 そう言って、七十キロはあるだろう男をカヲルは軽々と抱き上げた。


「帰ったか」
「…はい」
 シンジを背負って帰宅した綾波は、そこで意識をレイに返した。
「…ん、あ、あれ?、お父様?」
 無言で頷くゲンドウ、ぽかんとしたレイは背中の重みに驚いた。
「し、シンちゃん!?」
 どさっと思わず落としてしまう。
「いたっ!、…あ、あれ?」
「シンちゃん、どうしたの!?」
 傷は無いのだが、服は破れ穴が空き、さらにべったりと血が着いている。
「綾波!、大丈夫、怪我は!」
「え?、え?、え?」
「だってさっき!」
 スパァン!っとその頭がはたかれた。
「…なにを寝ぼけている」
「え?、あ、父さん…」
 今度はシンジがぽかんとした。
「…着替えてこい」
「あ、うん、わかった」
 慌てて靴を脱ぎにかかる。
「…シンジ」
「なに?」
「…母さんに見つかるなよ?」
「…わかったよ」
 シンジは特に反対しなかった。


「酷いよシンちゃあん…」
 シクシクと鏡を見てレイが泣く。
「ご、ごめん…」
「…覚えてるんだ?」
「それが…、よくは」
 はぁっとレイは溜め息を吐いた。
 首には赤い痣がついていた、指の痕だと判別するにはやや薄いのだが。
「いいもん、今日はシンちゃんの布団で寝るから」
「えー!?」
「…だめなの?」
「だだだ、だってさ!」
「…恐い夢見そうだしぃ」
「わかりました…」
「まったくもうばかシンジ何処に行って、あああー!」
 ぶつくさと帰って来たアスカが驚く。
「え?、なに?」
「あんた何先に帰ってるのよ!」
「ごめん…」
「コンビニから本屋から探したのよ、まったく!」
 …ついでじゃないの?
 そう聞きたくなるほど、アスカは大量の戦利品を抱えていた。


 カヲル君…、いないのか。
 それはいちるの望みだった。
 このままじゃレイの思惑通りに、そうだ!
 ミズホのことを思い出す。
 だめだぁ…
 ずるいですぅ!
 そう言って混ざってくるのが落ちだろう。
 じゃあアスカか?、これもなぁ…
 あんた何考えてんのよ!
 それとなくレイの計画を失敗させられるならまだしも、きっと正面対決を試みるだろう。
 それじゃあ意味が無いんだよなぁ…
 きっと恨んで、埋め合わせを命じられるだけだろうから。
 辛い、そう感じる。
 LOVEとLIKEの違い、だっけ?
 何処かで読んだ漫画の台詞を思い出す。
 限りなくLOVEに近いLIKE、だったかな?
 日本語で言えば好きと愛してる。
 だがしっくり来ない、どれもだ。
 特に日本語では愛してるなんて恥ずかし過ぎて縁が遠いし、LOVEなんてなんだか間抜けな気がしてやはり考えるのも何だか変だ。
 結果、シンジはこの言葉に落ちついた。
「僕は、…みんなが大好きなんだ」
 好きではなく、大が付く、と。


 そんな何をいまさら当たり前な?、と言うことにシンジが思い至っていた時、レイはお風呂で体を磨いていた。
「痛っ!」
 首元をさする。
「やっぱり染みるぅ…」
 シンジの壁に切り付けたのだから、シンジのそれは自己防衛本能だったのだろう。
 だがやはり意識の無い間に首を締められた事実はしこりとなって苦しめる。
「聞かなくちゃ…」
 シンちゃんが何を考えているのかを。
 レイは強く決意した。


 シンジの思考は破綻しかけていた。
 いつもは「そうしなくちゃいけないと思ったから」、科せられた義務と責任をそうとは思うことなく果たして来た。
 だが、それも積み重なると矛盾を生み出す。
 今がちょうどそれを自覚した時点であった。
 僕は大好きなだけなんだ。
 好かれる事に慣らされ、向けられた好意に戸惑いを覚えた。
 当然それをうまくさばくような方法をシンジは知らなかった。
 ただ情けなかったんだと思う。
 振り回されていた自分が。
 少しはマシになれば、頑張れば。
 その理由を再確認する。
 もう少しは頼もしくなれたかもしれない。
 情けない自分は、嫌いだ。
「あなたぁ!」
「違う、誤解だ、ユイ!」
 ちょうどその頃一階では、シンジの穴の空いた服を隠蔽しようとしていたゲンドウが、ユイに見つかり怒られていた。


 そんなだから、アスカもミズホも「またやってる…」とおかしな気配を見逃した。
 シンジの部屋へと、文字どおりレイが上がり込む。
 部屋では真ん中に布団を敷いたシンジが、その上でぽうっとあらぬ方向を見つめていた。
 とととととっと歩き、ふぅ!っと息を吹き掛ける
「うわぁ!」
 耳をくすぐる吐息に焦った。
「な、なにするんだよ!」
 両手で押し返そうとするシンジ、その手のひらの皮が引きつったように傷ついている。
 無言でしゃがみ込んだレイは、そのままシンジに万歳させた。
「またぁ?、もう何とも無いってば…」
 言葉を無視してシャツをまくる。
 そのままぺたぺたと触るが、傷は無い。
「ちょ、ちょっとレイ!」
 そのまま抱きつかれたので慌てまくった。
 揚げ句、レイはシャツの中に潜り込んで隠れようとする。
「なにすんだよ、もう!」
 立ち上がって何とか逃げた。
「…シンちゃん」
「…なにさ?」
 レイはたっぷり数秒置いた。
「寝ましょ?」
 まさに力尽きた瞬間だった。


 シンジ達がのんびりしている間、彼女らはまだ動いていた。
「ほらしっかりして!」
「う…ん」
 正直、マユミはショックを受けていた。
 二人は車で運ばれていた、運転席にはマナ、助手席にはマユミ。
 だがハンドルには触れていない、オートドライビングシステム、出所は怪し過ぎて口にされることは無いだろう。
「レイ…、どうしたのかしら」
 冷たい表情と、いつもとは違う伸ばされた背筋、きつい口調。
 まるで別人だった。
 マユミにはその理由が分からなかった。


続く







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