NEON GENESIS EVANGELION
Genesis Q':71
夜中に目を覚ましたシンジは、障子に写る影に驚いた。
「…塩田さん?」
何も言わない。
「…分かってます、明日には」
「それは、許されない」
うむを言わさぬ口調に驚く。
「なぜです?」
「…お嬢様は、君を望んでいる」
「でも僕は治療の邪魔だ」
「そうだ、なのに何故お嬢様を迷わせる!」
「え!?」
シンジは布団から抜けだし障子に手を掛けた。
だが開けることはためらわれた、拒絶されていたから。
「お嬢様は人として暮らしたいと、その相手役を望まれた」
「…それが」
「そう、君だ」
なんだ!?
ピリッと服の破れる音がした。
「人として人を想い、恋をし、一夏を過ごす」
ビリビリと服の破れる音、それに合わせて塩田の影も大きくなっていく。
「恋って…、僕はそんな」
「何故わたしではないのだ!」
バシュ!
障子を何かが突き抜けた。
な、に?
漂白される思考。
これ…
ピンク色の何かが頬をかすめていた。
まるで鋭く尖った枝のような鞭…
「わたしはお嬢様のためにこの身体を!」
バン!
障子がバラバラに弾け跳んだ。
「う、わ…」
そこにはあの化け物が居た。
キクに従い、レイやカヲルを襲っているあの化け物が。
『わたしは、この身体を旦那様に捧げたのだぞ!』
シンジの中で何かが弾ける。
そうだ、レイ、カヲル君、アスカを…、ここはどこ?、僕は!?
本当の自分に還る。
『化け物と思うか!、わたしを、わたしはお嬢様のために!』
ドクン、ドクン、ドクン…
その心臓とおぼしき場所で、植物の瘤のようなものが鼓動を打っている。
全身に伸びた根は血管の代わりなのだろうか?
皮膚の下に這った何かのために、月明かりの中、身体が緑色に変色している。
『シ、ネ』
声帯が機能しなくなったらしい。
しかし簡潔な言葉はシンジに次の行動を促していた。
逃げなくちゃ!
中腰から背を向けて襖を突き破る。
巻き込みながらゴロンと一回転、そのままシンジは廊下を駆け出した。
ドスドス!
背後であの鞭の突き刺さった音がした。
ほんの数瞬の差の出来事だった。
ここはどこなんだろう?
自分が滞在するはずだったお屋敷?
それさえもあやふやになる。
外から見た以上に広い屋内。
廊下は基盤のように回路図を描き、光が走っている。
キクさんに会うんだ!
それが唯一の答えであるかの様に求めてシンジは走った。
ママ!、あたしもう病気じゃないの。
パパが治してくれるんだって!
ママ!、あたしもう元気なの!
跳んだり走ったり出来るの、だから一緒にお散歩しよう?
「ね、ママ!」
駆け込んだ白い部屋。
横たわっているのは一人の女性。
付き添っている男性と医師。
先生は手首を取って、目を伏せる。
しかし男性は何も言わない。
決意か諦めか?、それに少々の狂気を取り混ぜたような表情をしている。
「ママ…」
ポツリと女の子は漏らした。
女は石のように固かった。
「あ、れ?」
シンジはたたらを踏んで白昼夢から覚めた。
駆け込んだのは女の子では無く自分。
部屋にあるのはベッドでは無く水槽。
そして横たわっているのではなく、浮かんでいるのは一人の少女。
「…キク、さん?」
シンジは声を絞り出した。
キクの瞼が開く、シンジを認めた途端に表情が曇った。
「どうして…」
水槽の上には巨大な球根があった。
人間よりも二回りは大きい。
そこから垂れ下がった根が、巻き付くようにキクを絡め取っている。
「…来たのか」
キクの父だった。
「驚かんのか?」
驚く必要は無かった。
僕は知ってる。
これを知ってる!
あの教師、それにアスカ、あの怪物達…
先程も襲われたばかりだ。
あれと同じ!
その根のうち、細いものはキクの身体に刺さっているように見えた。
あ!?
キクには左胸が無かった。
身じろぎして、身体を隠すように抱きしめるキク。
それを見てもシンジには目が離せなかった。
白い背中を見続けた。
「なにを…、してるんですか?」
胸の代わりに瘤があった。
その瘤は球根の根と繋がっている。
胸を隠すように締めた脇から、その管が上に向かって伸びていた。
「体液の交換をしておる」
「…体、液?」
頭が麻痺しかけている。
だめだ!
何故だかは分からないが、今は理解しなくてはいけない。
そんな気がするんだ!
シンジは気を引き締めた。
「…なんの、ために?」
要点だけを問い詰める。
「…これの母には間に合わなんだが」
遠い目をして語り出す。
「遺伝性のものでな?、血液の洗浄だけでは追い付かんのだ…」
「だから、交換?」
球根がわずかに収縮している。
それに合わせてキクと繋がる管も脈打っている。
「うむ、細胞、遺伝子に至るまで正常なものに置き換えるための攻勢ウイルスを、定期的に交換しておる」
「…これを見られたくなくて」
「君を帰そうとした、キクは生き長らえるよりも、君との一時を望んだようだが」
キクと竹崎は共に悲しい目をしている。
「生きてさえいれば、いくらでも会えように…」
キクの目から何かがこぼれ、それは水を昇っていった。
…もう、二度と会えないから?
その言葉を飲み込んだ。
「塩田さんは…」
「拒否反応を調べたいと思っていた、希望してくれて助かったよ」
「…それなのに僕をキクさんに!?」
「すまないとは思っているよ、しかしな?」
「なんですか!」
「…キクは君に会う事を楽しみにしていたよ」
良く見ればキクの細い肩から背中にかけても、突き入れるように管が刺さっていた。
それはまるで翼のようにも見える。
「…あれとキク、どちらかの想いを汲みとらねばならんのなら」
シンジは悪寒を感じた。
「…わしは、キクを選ぶ」
何も言えない。
狂気よりも、もっと物悲しいものに支配されている。
彼も、キクも、塩田も。
シンジは天井を見上げた。
梁に埃がたまっていた。
ああ…、そうなんだ。
シンジは気付いた。
驚かれました?、派出所や消防署も山の向こう、ここには何も無いんですよ?
そう言ったキクの本心に。
「キクさん…」
水槽の中に声が通じている事を疑わない。
シンジの中に彼女の感情が構成される。
「ここにはキクさんの身体を心配する人ばかりで…、そんな目から逃れたくて、僕だったんだ…」
キクは耐えかねたように水槽の表面に両手を当てた。
まだ十分に幼い身体、小さな胸、それ以上にシンジを惹きつけたのはその下に浮いたあばら骨。
「塩田さんを巻き込んじゃったから…、それが恐くなって逃げ出したかったんだね?」
連れ出して欲しかったんだ。
憧れてたの…
「その想いが強くなり過ぎて…、塩田さんもそれに気がついたから」
「ソ…、ダ」
ドシュ!
何かが貫かれる音。
お父さま!
キクの悲鳴。
和服に黒い染みが広がっていく。
正確に心臓を貫いたそれが引き抜かれ、竹崎は前のめりに倒れた。
「…塩田さん」
睨み付ける。
「ワタサ…、ン」
「やめて塩田!、わたしはここに居るから!」
水槽から上半身を出す。
「だからシンジさんは!」
ドン!
胸に衝撃。
まるであの時みたいだ…
死への直面、しかし今度はなにも起こらない。
ただ流れ込んで来る何かが触れただけ。
見えるよ、キクちゃん…
彼女は塩田と結ばれた。
そしてキクの父と共に研究を続けていく。
そして生まれた子供は、同じようにまた子供を産む。
キクは命が枯れ始めると、逆に球根に養分を吸い取られていく。
死ぬの?
いいえ、死にません。
シンジはキクと対話した。
わたしは娘達と共に生き続けます。
球根に吸われ、硬化していく身体。
あなたに会えて、幸せだったかどうかは分かりません、でも…
出会ったのは他の誰かだ、僕じゃない!
でも…
キクは微笑む。
ここにいるあなたは本物だから…
『ありがとう…』
最後の声。
データで構成されていた世界が崩れていく。
世界が真っ暗になる。
手のひらに残ったのは青い勾玉。
彼女が凝縮されて出来た命の小石。
「ありがとうなんて…、そんなこと言うなよ」
シンジの足元に水滴が跳ねた。
うっく、えぐ…
シンジは泣いていた。
僕は、誰かのことを、なぞってただけで…
見ていただけだったのに。
「それに!」
顔を上げる。
「キクちゃんのことは、どうするのさ!」
叫び声を上げる。
カァ!
手のひらの中で勾玉が光った。
青い光が闇を切り裂く。
母も、わたしも、娘も…
あの子の中で見守っているから。
ずっとずっと、側にいるから。
一人にはしないから。
それはとてもとても悲しみに満ち満ちた、身勝手な事かもしれないけれど…
あの子を、見守ってあげて。
解放してあげて。
母親の呪縛から。
お願いします…
幾重にも似た声が重なる。
それがキクの母達の声だと気付くには一瞬もいらない。
シンジは、その想いを受け取ったから。
「…わかりました」
シンジは神妙に頷いた。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
Q'
は
Genesis Q
の
nary
さんに許可を頂いて私
nakaya
が制作しているパロディー作品です。
内容の一部及び全部の引用・転載・加筆その他の行為には
作者である私と原作者
nary
さんの許可または承認が必要です、ご了承ください。
本元
Genesis Q
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