NEON GENESIS EVANGELION 
 Genesis Q':72 


「アスカお帰り!」
 玄関に向かって階段を降りるシンジ。
「もう!、心配したのよ?」
 レイはアスカの後ろで戸を閉めるカヲルを睨み付けた。
「アスカ?」
 どこかぼうっとした感じでシンジを見ている。
「どうかしたの?」
「カヲル!」
「僕じゃないよ…、理由は、知っているけどね?」
 アスカの両肩をつかむレイ。
「アスカ、何かされたの!?」
「え?」
「酷いことされなかった?、何処の誰に…」
「ちょ、ちょっとあんた、何言ってんのよ?」
「へ?」
 キョトンとするレイ。
「…違うの?」
「なにがよ!」
「まあまあ…」
 割り込む。
「それよりお腹が空いたんだけど、なにか残ってるかい?」
「うん、母さんに言って来るよ」
「ありがとう、さ、アスカちゃんも」
「う、ん…」
 おずおずとシンジを見る。
「ありがと…」
 シンジはその素直なアスカに驚愕を覚えてしまった。






 一時間前。
 三人は適当な喫茶店に入っていた。
 カチャカチャとティースプーンを弄ぶアスカは、あきらかに上の空で何かを考えている。
「…帰りたくないのかい?」
 カヲルの何気ない一言が響いた。
「え?」
 それを理解するのに十数秒。
「そんなことないわよ…」
「じゃあさっさと話を終わらせようか」
 タタキは一冊の本を渡した。
「…なに?、これ」
「脚本ってやつだ」
「脚本…」
「役者用の台本はまだ上がってない、それは関係者用の見本だよ」
「見本…」
 パラパラとめくる。
「ん?」
 あすか?
 並んでいる名前に目を止める。
「気がついたかい?」
「え?、ええ…」
 あすかの役を中心に話を追う。
「いくつか「将来のあすか」の出番があるんだけど」
「アスカちゃん、どうだい?」
「は?」
 またしてもその意味を咀嚼するのに時間がかかる。
「えええ!?」
「CG編集が使えるほど予算無くてね?、特殊効果じゃ背が足りない」
「そんなのどうにでもなるでしょう?」
「彼女はまだ中学生だからね?、限界があるよ」
「それに特殊メイクには時間がかかる、数シーンのために準備だけで総計十時間以上もの時間は取れないさ」
 しかしアスカは踏み切れない。
「もちろバイト代ははずむよ」
「アスカちゃんは芸能界なんて興味ないだろうけどね?」
 そう言うカヲルを不審に思う。
「…あんたはどうなのよ?」
「僕かい?」
 頷く。
「興味は無いけど、楽しい世界だよ」
 その口元になにか凄惨な色合いを感じる。
「あんたにはお似合いの世界ね?」
「ありがと」
 カヲルの顔が皮肉も浮かべる。
「僕は遊びに顔を出しているだけだよ、コネは少ないからね?、お金を得る方法は考えなくちゃいけない」
「はぁ?」
「居候って事さ、僕は」
 はっとする。
「…あんた」
「シンジ君達には内緒だよ?、怒るだろうからね」
 色々考えてたのね…
 しかしカヲルは心の中で舌を出していた。
「大学に進むつもりは無いからね?、相田君のおかげで外見がお金になる事も分かったし」
「そう…」
 良く言うよ、お前も。
 神妙な面持ちになったアスカに、タタキは少しばかりの罪悪感を抱く。
 カヲルの嘘に呆れたのだ。
 カヲルがスタジオなどに顔を出しているのは、ゲンドウの指示が出ているからと言うのが本当の理由。
「スタントマンと同じ、あくまで代役だよ、アルバイトとしては簡単だろう?」
「でもねぇ…」
「時間が取られるから遅くなるけど、ボディーガードは付ける」
「ボディーガード?」
「カヲル君だよ」
「はぁ!?」
「カヲルならマネージャーもこなせるし、家も同じなんだから良いだろう?」
「でもぉ…」
「おっと、結構話し込んだな?、返事はカヲルに直接…、明日まで考えてくれ」
 そそくさとレシートを持って立ち上がる。
「じゃあ説得、頼むぞ?」
「はい」
 二人だけに通じる視線をかわし合う。
「じゃあ僕達も帰ろうか?」
「…そうね」
 脚本をに目を落とし、それを手に取る。
 帰りが遅くなる、か…
 嫌な自分を見なくてすむかもしれない。
 そうよね…
 考えなくてすむかもしれない。
 それもいいかも…
 アスカはそんなことを悩んでいた。






 アスカ、どうしたんだろ…
 そして夜。
「眠れないのかい?」
 カヲルの声に、シンジはもぞっと横を向いた。
「何を聞きたいんだい?」
 その一言に、堰を切ったように色々な質問が思い浮かぶ。
 どれなら答えてくれるかな?
「あの…」
 続きが出ない。
 カヲル君にはわかってるんだ…
 それだけではなく、答えられる。
「アスカ…」
 僕の出番は無い?
 違う、聞きたくないんだ…
 恐いから。
 聞いてどうするんだよ。
 何も出来ないかもしれないのに。
「大丈夫、だよね?」
 だからそれを聞くのが精一杯だった。






 翌朝。
「う〜、きぼちわるい…」
 ミサトは布団から起き出すと、体温計を口に咥えた。
 酒飲んで寝てりゃ治ると思ったんだけどなぁ、甘かったか。
 ちっと小さく舌打ちする。
「飲み過ぎかしら?」
 あるいはリツコの薬が効き過ぎたのか。
「こりゃマジでヤバいわ…」
 空き缶がほとんどのゴミの下から、ほとんど使われた事の無い保険証を探し出す。
「…たまには行くか、病院」
 車のキーを探しかけて、学校に置いて来たままだと気がついたミサトであった。






「きゃあああああああああ!」
 バタバタと起きだし、アスカは先に歯を磨いていたシンジを押しのけた。
「うえ…、飲んじゃったじゃないかぁ…」
 歯磨き粉の気持ち悪さに喉を鳴らす。
「なんで起こしてくれないのよ!」
 慌てて自分も歯を磨く。
「なんだよもぉ、寝坊した自分が悪いくせに」
「あんふぁねぇ、ひふんのふぉとはふぁにはふぇんふぁなひはほ」
「…何言ってるんだか分かんないよ」
 と言いつつ、いつもの勢いを取り戻してくれた事にほっと胸をなで下ろすシンジであった。



続く







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