NEON GENESIS EVANGELION 
 Genesis Q':77 


 あはははは…
 うふふふふ…
 ははは…
 丘の上の草原で、屈託の無い笑いが青い空に吸い込まれていく。
 丘の向こうには地平線を望む海。
 そして彼女は子供達の駆ける様を見ながら幸せに浸っている。
 丘の一軒家は質素ではあるものの、彼女の幸福を満たしてくれるには十分なもので…
「ここにいたのかい?」
「シンジ様…」
 ギシッと少しだけ椅子を揺らし、傍らに立つ男性を見上げる。
 シンジ様…
 高い陽射しに、夫の顔は逆光に溶け込んで良く見えない。
(でもぉ…)
 その口元の笑みだけで、とても幸せを実感できた。
 そう、例えこれが夢だとしても…


「この顔見てると、起こすの気が引けるなぁ…」
「シンジ様ぁ…」
 むにゃむにゃむにゃむにゃ、すぴぃいいいいいいいい、するるるる…
 掛け布団を抱きしめ悶絶している鼻ちょうちん娘に、クニカズはちょっとだけためらっていた。


GenesisQ':第七拾七話
「フォーチュン・クエスト」


「たるんでます」
「ふきゅ?」
「お腹のことではありません!」
 ああよかったと安堵するミズホ。
「お醤油取ってくださぁい」
「このとろろ、けっこう味ついてるよ?」
「そうですかぁ?」
「ミズホさんには物足りませんでしょう…」
「奈々!、あなたまでなんですか!」
 最初こそこの怒声にびくついていたミズホであるが、今では毎度のことと慣れたらしい。
「しかしですねぇ、奈々とは違って塩分に慣れてしまった舌と言うのは、そうそうその刺激を忘れることはありませんよ」
「そうですぅ!」
「口答えするんじゃありません!、それにクニカズさん!、あなたがミズホさんに間食を与えていること、気がついてないと思っているのですか!」
「いやぁ、やはりですねぇ、年頃の女の子にはその歳の平均的なカロリー摂取量と言うものが…」
「あなたはいつもいつも!、そうやって医学生らしく口答えすればよいと思っているのですか!、それに奈々!」
「はい」
「あなたはミズホさんに私生活についての指導を行うためにお泊まり頂いているのでしょう!?」
「その通りです」
「ならばこのような不摂生を許してどうするのですか!」
「…この年代って、どうしてこう頭固いんだか」
「のーこめんとですぅ」
「具体的にと申し上げれば、常軌を逸した行為について、些少ながら諭そうと思いましたゆえのこと、慎ましい、淑やかなる女性を育むつもりは毛頭ありませぬ」
「奈々!」
「ミズホさん?」
「はいですぅ!」
 ささっと忙しく背筋を正す。
 やはり奈々は特別らしい。
「あなたにとりまして、碇様とはどのような御方なのですか?」
「それはもう逞しくご立派で、お優しく頭も良く…」
「あなたにとりましては?」
「いつも側に居て下さる、太陽のような御方ですぅ!」
「…居て当たり前なのですね?」
「はいですぅ!」
「だからこそ気付かぬ事もありましょう?」
 ふきゅ?っとちょっと小首を傾げる。
「昼の陽の側にいらっしゃったあなたは、今はその陽の届かぬ夜の場にいるのです」
「ふえ?」
「離れた場所から碇様を見、欠けたミズホさんの居場所を観察して見るのも良いのではありませんか?」
「…居場所ですかぁ?」
 奈々は瞳に深いものを湛える。
「あなたが必要としているもの…、そして碇様に足りぬものを補うためにも、今、あなたに足りぬものを見つめるべきでしょう」
「うきゅう…」
「日常を見直し、普段の常外れた立ち居振る舞いを正す事は、ミズホさんの夢と想像に欠けているものを見つける事に繋がるはずです」
「ほぉおお…」
「奈々さん、大きくなって…」
 人にものを教えていると、自然と客観的な視点を作れるようになるのかもしれない。
 クニカズ達はそんな奈々自身の成長に感動を覚えていたが…
「ふきゅう?」
 どうやらミズホには話が難し過ぎて良く分からなかったようだった。






真っ白さ、真っ白に、なにもかもが埋もれていく。
君は何を見上げているの?
空は黒く闇に閉ざされ、ただ白いものを舞い降りさせる。
白いヴェールの向こうに君を見つめて…
その姿が溶け込みそうで僕は恐いよ。
君は消えるの?、雪と共に。
この雪が見せる幻じゃないと、僕は感じたくて側に寄るよ。
そっとその手を握り締めて。
腕を回した腰を引き寄せ。
君の温もりを感じていたい。
ここに居る事を教えて欲しい。
ずっと側に居ると伝えて欲しい。
永遠の時がここにあると。
誰もが知る温もりで伝えて欲しい。
ねぇ、お願いだから、君、捨てないで。
君の温もりを捨てないで。
ここに居る事を感じさせて…
僕は君のことが分からないから…
僕は僕の願いを伝える。
ねぇ、お願いだから、君、捨てないで。
僕の愛を捨てないで。
僕の側に居ると嘘を吐いて…
ずっとずっとでなくでも良いから…
僕は僕の痛みを伝える。


「…シンちゃんってさ」
「なに?」
「どうしてそう辛気臭いの?」
 ぐっさぁ!っと槍が突き立つ。
「そ、そっかな?」
「うん」
「だぁめかぁ」
 登校途中、ちょっと書きとめた詞をレイに見せたのが、どうにも気に入ってもらえなかったらしい。
「もうちょっとこう、青春を謳歌!、みたいな明るいの、書けない?」
「う〜ん…」
 首を捻る仕草に笑みがこぼれる。
 なんか青春してる…
 ジンッと胸に広がる甘酸っぱい感じ。
 そっか、これが青春なのね!
 ちょっと暴走気味である。
「あり?」
「え?、なに?」
 ゆっくりと車道を走り、少し先で停まった車に見覚えを感じる。
「あれって…」
「あ、ミズホの…」
 だが予想に反して、助手席側から降りて来たのは奈々であった。


「シンちゃあん…」
「な、なにかな?」
 登校するなり机に噛り付いて、ガジガジとやられると堪らないものがあるだろう。
「どうして?」
「へ?」
「シンちゃんってばどうしてそうなの?」
 半分涙声のマナ。
「アスカがどっか行っちゃったなって思ったら、ちゃっかり小和田先輩と…」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
「きーっ、くやしー!」
「あ、あのねぇ…、小和田さんはぁ、ミズホのことでちょっと聞きたいからって、それで…」
「…そっか」
「うんうん」
「シンちゃんって、そうやって友釣りみたいに女の子を次々と…」
「なんてこと言うんだよ…」
「碇ぃ!」
「うわっ!、鰯水君!!、…久しぶりだね」
「きっさま、貴様と言う奴は…」
「な、なに?」
 上唇が隠れるくらい、下唇を上げて我慢している。
「どちくしょー!、惣流さんに言いつけてやるぅ!」
「鰯水君ってばぁ!」
 しかし神の領域を目指して廊下を走り去っていった彼は、もうその背中しか確認できない。
「あれなら今度のインターハイも大丈夫ね!」
「ほんとに誤解なのにぃ…」
 恐いのはアスカだ。
 アスカにはいいわけ…、例えそれが真実であっても、臭いと言うだけで許しては貰えないだろう…
「シンちゃんのスケベ…」
「なんでそうなるんだよ!、だからレイも一緒に居たんだから…、そうだレイ!、なんとか言ってよ」
「…シンちゃんのエッチ」
「レイぃいいいいいい!」
 どうにもからかわれる運命にあるらしい。


「ふぇえええん、遅刻ですぅ!」
 その頃ミズホは走っていた。
 駅の売店で買ったあんぱんを口に咥え、膝上まであるスカートから元気に伸びる足をそれ以上に元気よく動かして。
「きゃ!」
 ドスン!
 T字路で事故る。
「い、痛いですぅ…」
「あてて…、なんだよ、ったく」
 その声にはっとなる。
「うきゃん!」
 まくれていたスカートを押さえて立ち上がる、もっとも裾が長かったので、中が見えていたわけではないのだが。
「ごめんなさいですぅ!、急いでいたもので…」
「あのなぁ…」
 大和マサシだ。
 こちらもぶつかった拍子に倒れたらしい。
「では、先を急ぎますので」
「ちょっと待てって!」
「ひゃ!」
 手首をつかまれる。
「な、なんですかぁ?」
「……」
 走るのに邪魔なため、ミズホはまだ眼鏡を掛けていない。
 結構イケる?
 そんな算段がマサシに生まれる。
「あの…、なぁ?、ぶつかっといてそれだけか?」
「はい?」
「どうも腰が痛いんだよなぁ…」
「それは大変ですぅ!」
「あ、ああ…」
「というわけでお医者様へ行くことをお薦めしますぅ、じゃ!」
「ああ…、ってちょっと待てよ!」
「痛い!」
 つかまれた腕が悲鳴を上げる。
「どうせ遅刻なんだろ?、一時間目、どっかでサボろうぜ?」
「嫌ですぅ、離してください!」
「あっそ、人に怪我させといて、そういうこと言うわけね」
「ふえ?」
 見ると確かに肘を擦り剥いている。
「ふえぇ…」
「な?、この怪我の分くらいは」
「なにをしとんのや?」
 酷く冷静で、静かな声だった。
「す、鈴原!?」
「鈴原さんですぅ!」
 怯んだ隙をついて逃れる。
 ミズホはささっと、トウジの影に姿を隠した。
「なんだよ、鈴原には関係…」
「アホか、お前は」
「なんだよ!」
「綾波の次は信濃か?、ええ加減みっともないで」
「てめには関係ないだろう!?」
「おおありや、そうやってなんでもかんでも真面目ぇに考えとらへんから、この間かて」
「っせぇ!、あれは俺の勝ちだよ!、てめぇなんかになにが分かるんだよ!」
「勝ったぁ思とんのはお前だけやないか?、決めんのは聞いてもろた人間で、やった先輩とちゃうやろが」
「てめぇがそんなだから、俺が乗り切れなかったんだよ!」
「つまりはわしらを引っ張るだけのテクもあらへん、っちゅうわけやな?」
 図星を刺されて、ギリッと歯を噛む。
「おう、信濃、行くで?」
「ふえ?」
「もう間に合わんやろうけど、行かんと心配する奴らかておるやろ?」
「はいですぅ」
 では…っと、トウジを盾にこそこそとマサシの脇を抜ける。
 二人はマサシをその場に置いて、全力に近い速度で駆け出した。







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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