NEON GENESIS EVANGELION 
 Genesis Q':90 


 いつもの通りに碇家の夕食は賑やかだ。
「シンジお醤油取って」
「やだよ、その間にエビフライ食べちゃう気なんだろ?」
 シンジは隙を作らないようにと必死である。
「あんたねぇ?、あたしがそんなことすると思ってんの?、レイじゃあるまいし」
「ふぼーい!」
「って口ん中一杯に頬張ってんじゃないわよ!」
 かっ込んでいた茶碗を下ろせば、レイの両頬は膨れ上がっていた。
((はぁ…))
 思わずシンクロするシンジとアスカ、その横からすっとエビフライを摘まんだ箸が伸ばされた。
「おすそ分けですぅ」
「あ、ありがと」
「いいえぇ、シンジ様のためでしたらぁ」
 足元や背後に確保済みの皿がいくつか…
「ってあんた!、なに山盛り取り分けてんのよ!?」
「ミズホずるぅい!」
「ハンデですぅ」
 いつもと違って今日の夕食は殺気立っていた。
「ごめんなさいね?、美容院で遅くなっちゃって…」
 そう言うわけで、ユイが一人一人に取り分けないで、一つの皿に山盛り盛り付けてしまったのだ。
 ユイはのんびりとしたペースで箸を進めている、ゲンドウはユイが取り分けてくれるのを待って、新聞の陰から箸を伸ばしていた。
「しかし、なんだな…」
「なんです?」
 新聞を下ろし、一同の様子をざっと眺める。
「…昭和初期の欠食児童と言うのは、きっとこんな感じだったのだろうな?」
「そうですねぇ…」
 ほぼ伝説に近く、文献の中にのみ時折見られる表現である。
 極普通に焦るアスカ。
 レイは頬へ貯めるために、なるべく口の開きを小さくしている。
 常に茶碗を持っているのは、それを隠すためだろう。
 ミズホはゆっくりと味わっているのだが、それは貯蓄した者の余裕であった。
 三人とも、他に芋の天ぷらや空揚げなどがあるのに目もくれていない。
「ソースはやっぱりおたふくだねぇ」
 と大根卸しで食べているのはカヲルであった。
 シンジはかふかふと余り良く噛まずに飲み下していた、それでも伸ばした箸の先で、二回に一回はレイかアスカにエビフライをかっさらわれている。
 その度にちょっと恨めしげな目を作っていた、が、そうしているとまた出遅れてしまうので気を取り直す。
 それを見て、ユイはさすがに考えた。
「…今度からアスカちゃん達に頼む事にしましょうか?」
「ふむ…」
 ゲンドウは何かを考えていた。
 それがほぼ一ヶ月ほどの前の出来事であった。


Q_DASH90
「月光亭事件」


「もう五時か…」
 シンジはなんとなく呟いた、いつもなら母親が夕食の材料を詰め込んだ買い物袋を下げて帰って来る時間帯である。
「母さん、今日美容院だっけ?」
「いや、婦人会だ」
「え?、父さん!?」
 こんな時間に帰っているとは思っておらず、さすがに焦った。
「何を驚いている?」
「だ、だって…、会社はどうしたのさ?」
「今日は休みだ」
「…じゃあ今まで何処に」
「ふっ…」
 無意味に眼鏡を持ち上げる。
「秘密だ」
「あ、そう…」
 がっくりと肩を落とす。
「それより…、アスカ君達はどうした」
「ここに居ます」
「うむ」
 シンジを押しのけて子供部屋に入る。
「みな居るな?」
「どうかしたの?」
「シンジ…」
「だからなにさ?」
「飯を食いに行くぞ」
「へ…」
 一瞬何を言われたのか分からなかった、と言うのも態度から想像していたのと違ったからだが。
「お出かけですかぁ?」
 代わりにミズホが反応を返す。
「うむ、みんなも支度しなさい…」
 それだけを言って部屋を出て行く。
 シンジが見送ると、アスカの背に乗っかるようにしてゲンドウを覗いた。
「…おじ様、どうしたのかしら?」
「うん、珍しいよね?」
 ユイ、あるいはアスカやレイ、ミズホも居る。
 基本的に碇家での外食は珍しい、それも親同伴ともなれば。
「…その心は思いやりなのさ」
「なに?、それ」
 雑誌を眺めたままのカヲルの呟きをレイが拾う。
「…今日は婦人会の集まりだからね?、ユイさん、遅くなるそうだよ」
「だったらあたしが作るのに」
 ふぅっと腰に手を当てる。
「あっ、あたしも!」
「…あんたはいいわ」
「なんでよー」
 しっしと手で払う。
「あんたがいるとつまみ食いされるからよ!」
「ひっどーい、そんなに食べてないじゃない」
「…食べてるのか」
 ぼそっとシンジ。
「夕食の前の軽い食事と言った所なんじゃないのかい?」
「あたしそんなに意地汚くないもん」
 ぶぅっとむくれる。
「あ、でもご飯って何処に行く気なんだろ?」
「そうね、聞いといた方がいいわ」
「なんでさ?」
「あんたばかぁ?」
 心底呆れる。
「普通のお店ならいいけど、ちゃんとした所だったら困るでしょ!?」
(…父さんに限って、それはないと思うけど)
 いくらなんでもこの面子で…、というのは、さすがに深層意識に止めておいた。






 やけに自信に満ちた足取りで「歩く」ゲンドウ。
 ユイは半歩後ろを、さらに子供達は遅れていた。
「歩きって事は近所なのかな?」
「そうなんじゃない?、ほら、おば様も普通のかっこしてるし」
 顎をしゃくるアスカ、ユイは婦人会から戻って来たままの恰好だった。
 よそ行きにも見えると言う程度の普段着だ。
「なんだ、やっぱり服なんて考えること無かったじゃないか」
『秘密だ』
 にやりと教えてもらえなかったのだ。
「あ、止まった」
「父さん、着いたの?」
「ああ、ここだ」
「ここって…」
(焼肉屋じゃないか)
 最近で来たばかりのお店だった、外からも中がかなり広いのが分かる。
「お肉ですぅ!」
 わらぶきの屋根、もちろん装飾だろう、既に時刻は夕食時で、それなりに中は混雑していた。
「…なによレイ、静かじゃない」
「あ、うん…、ちょっと」
「って涎垂らしてんじゃないわよ!」
 じゅるじゅると涎が垂れている。
「汚いっ、ばっちぃ!」
「…まだガラスに張り付かないだけマシなんじゃないのかい?」
「うううううぅ…、だって、焼肉屋さんなんて初めてなんだもん」
 コートの袖口でじゅるりと拭う。
 シンジはまあそう言えばそうかな?、と腕を組んだ。
「…うちは外食なんて滅多にないからねぇ」
「そうなのかい?」
「だって母さんずっと家にいるし、ねぇ?」
 話を振られたユイは、ニコッと小さく微笑んだ。
「わたしが出かけていてもアスカちゃん達が居るものね?」
「そうですよね?」
「うう…、お義母様が居ない時はラーメン屋とかばっかりだしぃ」
「あんたがラーメン屋とかファミレスばっかり選ぶからでしょうが!」
「わたしはちゃんと料理できますぅ」
「「あたしだってできるわよ!」」
「ふみぃん!」
 ユイの影に隠れるミズホ。
「ほらほら騒がないの、それにこういうお店ならうちでは作れないものだってあるんだから、たまにはいいでしょ?」
「え?、それってどんなのですか!?」
 驚喜するレイ。
「だから涎を拭けっつーに!」
 ぼこんとアスカ。
「そうねぇ…、ほらユッケなんてお肉が新鮮じゃないと出来ないし…」
「ユッケって、あのコンビニに売ってる?」
「うむ…、しかしアレは本物のユッケではない」
 なんだか妙に語りを入れる。
「そうなんですか、お義父様!?」
「うむ、本物のユッケと言うものはだな…」
「ああほらほら、本物を食べて見た方が早いわよ?」
「ユッケー!」
「ユッケぇ!」
 ユイの急かしに乗るレイ、ミズホは真似して見ただけだろう。
「恥ずかしい奴らねぇ…」
「はは…、そうだね」
 アスカとシンジは引いてしまったが、シンジが引いたのはアスカの口元が獲物を狙う猫のように、少しいやらしく歪んでしまっていたためだった。







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Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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