NEON GENESIS EVANGELION 
 Genesis Q':106 


「シンジ…」
 アスカはそっと語りかけた。
「晩ご飯、いらないの?」
 声を掛ける、やはりシンジはギターを膝に置いたまま、弾きもしないでぼうっと反応を返さなかった。
「シンちゃん…」
 アスカと一緒に部屋に上がり込む。
「シンジ!」
「シンちゃん…」
 二人の声に、シンジはゆっくりと顔を向けた。
「…ごめん」
 今度は考え込むように天井にある窓を見上げた。
 真っ暗部屋の中、唯一月の光だけがシンジを包み込んでいる。
「別に落ち込んでるわけじゃないんだ…、ただ」
「ただ…、なによ?」
 アスカは少し身構えた。
 目配せをすると、レイも同じ考えなのか頷きを返した。
「カヲル君の方が…、いいのかなって」
(やっぱりね…)
(やっぱり)
 まさに予想通りの答えだった。
「…最近歌わせてもらえる機会が多かったから、勘違いしてたのかなって」
「上手いって?」
「シンちゃんの歌って好きだけど…」
「でもみんなには聞いてもらえなかったし…」
 俯く。
「バンドの方は、レイとカヲル君に任せた方がいいのかもしれない」
「シンちゃん…」
「シンジ」
 二人はそれぞれに複雑な顔をした。
 ようやく身に付けた自信を持てる事だっただけに、その落ち込みようも凄まじかった。
 またアスカにとってはシンジが歌っていなければ意味が無いし、レイもシンジと歌えないのならやる意義は無かった。
「思い上がりって、言うんだよね、こういうのって…」
 ビィンと、音にもならない弦の音が、たった一つだけ鳴らされた。


「やっぱチーズケーキはローソンよね、最近置いてないけどさ」
 夕焼けも消えた夜道に、やけにはしゃいだ声が迷惑に響いた。
「和ちゃん…、お手軽過ぎ」
「いいじゃなん、どうせあたしゃモノホンの寿司よりもスーパーで売ってる一パックなんぼの方が好きですよーだ」
 その開き直りに薫は更に溜め息を吐いた。
「ケーキくらいお店で買えばいいじゃない」
「だめよ!、高いんだもん」
「そこまで貧乏してるわけじゃないでしょう?」
「まぁねぇん、でもせめて高校くらいは行きたいからねぇ?、奨学金取れるほど頭良くないし」
 ケケケッと笑う和子に、薫は少しだけ悲しい目を向けた。
「和ちゃん…、やっぱり高校は自分のお金で行くの?」
「モチよ、だって頼ると、後で何言われるかわかんないもん」
 そう言う和子に悲壮感は見えない。
 逆に爽快感すら漂わせている。
「はぁ…、でももうすぐ試験なんだし、今ぐらいバイト休んだらいいのに」
「新聞配達?、結構割良いのよ、朝早いけど」
「うん…」
(だから学校で寝てるのね…)
 薫は和子の家に泊まってから、ようやくよく授業中に寝ている理由が分かった気がしていた。
 夜更かしをしているのではなく、朝が早いために起きているのだ、ずっと。
 今はその時間を試験勉強に当てている。
「でもそれも落ちちゃったら意味無いじゃない…」
「そうなったら浪人してでも行くわよ」
 和子はあくまで気楽に笑った。
「あれ?」
「なに?」
 顎をしゃくるようにして示された先に、薫は目を輝かせ…、なかった。
「カヲル君?」
 カヲルも気が付いたのだろう、軽く手を挙げて近寄って来る。
 薫は小首を傾げた。
 逃げようとせず、逆に近寄って来たからだ。
 またここはカヲルの家からは場所も遠い…
「やあ、買い出しかい?」
「お夜食、薫ってばバカみたいに食べるから」
「食べるのは和ちゃんでしょ!?」
 真っ赤になって否定する、しかし目はカヲルから外さない。
「えっと、カヲル君は、どうして?」
「いや…、今日も勉強会、やってるのかと思ってね?」
「そりゃ毎日やってますよぉ、もォ薫ってばサドかっつーくらい人苛めるんですから」
「カヲル君?」
 薫は和子に取り合わず、怪訝な目をカヲルに向けた。
 薫に無視された和子はちょっと恨めしげな目を作っているが。
「カヲル君…、勉強見に来てくれたの?」
「…だめなのかい?」
「ううん…」
 薫はやはり首を捻った。
「なんだかカヲル君…、帰る場所探してるみたい」
 その薫の言葉に、カヲルは息を飲んだ。
「鋭いね…、君は」
 苦笑を浮かべる。
「だって、カヲル君の事だもん」
 優しく微笑む。
 そんな二人の雰囲気に、「けっ、やってられっか」っと鼻をほじりながらンコ座りする和子。
 そして和子同様に、それを見ていられない人物が居た。


「ちょっと待ったァ!」
 電柱の影から跳び出したのは、カヲルの追っかけ達である。
 声を出したのはその内の一人、あの時の少女Aだった。
「あんた!」
「わたし?」
「あんた渚君と親しくしないでよ!」
 薫はキョトンとした後、急にぷーっと吹き出した。
「な、何笑ってるのよ!」
「だって…」
 お腹と口元に手を当てながら、薫は涙目をカヲルに向けた。
「やっぱりモテるよね?、カヲル君」
「まあ…、おかげで今日はシンジ君に嫌われてしまったよ…」
「碇君に?」
 薫は物珍しそうな目を作った。
「そんなことはないでしょ?、だって…」
「碇シンジはね!」
 親しげなカヲルとの間に割り込む。
「渚君に嫉妬したのよ!、なぁによちょっとモテてるからって調子に乗っちゃって!、いい気味、ザマァみろだわ」
 そんな言い草に、薫は悲しそうな目を向けた。
「な、なによ…」
 そのあまりにもまっすぐな瞳に少女は引く。
「カヲル君…」
「なんだい?」
「気にしているの?」
 口調が少し大人びる。
「僕の居場所はシンジ君と共にある…、その彼の居場所を奪ってしまったのが…」
「心苦しいのね?」
 薫は胸に手を当てて目を閉じた。
「きっと…、シンジ君は、明日にはいつものシンジ君に戻っているわ?」
「戻ってはいけないんだよ、人として…」
「心は…、そう簡単に割り切れるものではないもの」
 薫は重々しく吐いた、それは自分自身がそうだったからだ。
 死を受け入れたつもりでも、本当は死にたくないと思っていた。
 辛くても押し込める事で、皆に安心を与えられるのならと平静を保っていた。
 それがどれ程苦しい事なのか?、薫は体験として知っている。
「そんなの、あいつが悪いんじゃない!」
「そうよ!、渚君も、碇君の所に居候させてもらってるからって、そんな…」
 カヲルはそんな声を、聞こえぬかの様に月を見上げた。
 彼女らの身勝手な言葉は、自分を理解してくれていないと言う苦しみにしか繋がらないからだ。
 だが、彼女は違った。
「カヲル君の中には…、シンジ君が居るのね?」
「わかるのかい?」
「わたしの中にも…」
 薫は目を伏せた。
「カヲル君が居るもの」
「そう、…そうだったね?」
 カヲルは薫を見つめた。
「君の中に居る僕か…」
「わたしの中に他人が居る…、それは憧れから生み出した幻想なんじゃない…、もっと生々しくて、嫌な感じがするの、嫌な部分、見たくない部分、情けない部分、気持ち悪い所、みんな気が付いてしまう、それでも…」
「良い所もある、だから好きになれる」
「それが自分の中に他人がいると言うこと、大丈夫、シンジ君はカヲル君を嫌ったりしないから」
 そう言って一歩近付き、薫はカヲルの顎先を撫でた。
 見上げるように微笑みも浮かべる。
「今日は、泊まっていくといいわ、…シンジ君なら、一人じゃないから、大丈夫よ」
 カヲルははっとしたように目を開いてから微笑んだ。
「そうだね…」
 いい雰囲気の二人に、周りは口を挟もうとして押し黙る。
 触れてはいけないようなものが漂っているからだ、しかし…
「泊まるって、あたしの部屋じゃん」
 和子がやはり、鼻をほじりながら突っ込んだ。



続く







[BACK] [TOP] [notice]


新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
内容の一部及び全部の引用・転載・加筆その他の行為には
作者である私と原作者naryさんの許可または承認が必要です、ご了承ください。

本元Genesis Qへ>Genesis Q