NEON GENESIS EVANGELION 
 Genesis Q':108 


(ちくしょう、ちくしょうっ、ちくしょう!)
 シンジは行き付けとなってしまっているスタジオで、またもギターをかき鳴らしていた。
 寂れ過ぎているのか立地条件が悪いのか、客がそう来ないことからシンジは思う存分弾く事が出来た。
 ただしその内容は散々だったが。
(…トウジに、ケンスケに洞木さんにかっこつけておいて、僕は!)
 鳴らしているのがこの程度の音かと思うと、自分に対して腹立たしくなる。
 ただその憤りをギターにぶつけていると言う点に置いては、正しくカイザーの教えを実践していると言えていた。
 トウジは怒っていた、だがそれは仲間だからこその怒りであった。
 相談もしない友人に腹立たしさを覚え、だから怒っていたのだ、その程度のことはシンジにも分かっていた。
 それでも相談できなかったのだ。
 これは自分で考えなくてはいけない事だったから。
(だから、僕は!)
 皆に何かを見せたいというのに。
 音でもって、皆へのメッセージにしたいというのに。
 音を曲へと、シンジは昇華させる事を出来ずにいた。




 市街の商店街だからだろう、ひといきれが激しかった。
 そんな歩道をお揃いのダッフルコートを着た少女達が並んで歩いていた。
「ちょうど良かったじゃない、今日は練習休みって」
 コートを着るには長い髪が邪魔だったのか、アスカは髪をミズホのようにポニーテールにまとめていた。
「まあ…、そうだけど」
 それでもレイは小首を傾げずにはいられなかった。
(鈴原君達、なに怒ってたんだろ…)
 どこか苛ついた様子で、今日は休みと告げられたのだ。
 理由はこれからシンジを問い詰めようとしていたから、だったのだが、レイはそれを知らされずにいた。
 何度も首を傾げながら帰ろうとした所をアスカに捕まったのだ。
 そして今は買い物に付き合って、こちらジオフロントへ電車を乗り継ぎやって来ていた。
「さむぅい…」
 レイはそう言って身を震わせた。
「春前だもの」
 アスカはそんなレイを軽く笑った。
 二人ともダッフルコートの前をきっちりと合わせているのだが、背を丸めるレイに対してきっちりと伸びているアスカと、その状態はそれぞれだった。
「アスカもぉ、どうせ手作りなんだから、こんなとこまで買いに来ることないじゃない…」
 ぶちぶちと文句を言い始めるレイ、それでも小走りに着いていく。
「甘いわよ、レイ」
 アスカはそんなレイのために歩調を落とした、人の流れに合わせていたのが、レイにはきついと気がついたのだ。
 合わせてもらう側にばかり居たために、失念していたのが垣間見えた。
「…どうせ溶かすにしたって、元が良くないと雑な味になっちゃうじゃない?」
「そうかなぁ?」
「あんたはお腹に入れば何でも一緒でしょうけどねぇ…」
「ひっどぉい」
 プウッと膨れるレイ、寒さのためかホッペが赤く腫れている。
「それでアスカぁ、今年はどんなのにするのぉ?」
 レイは並びに在る商店のウィンドウを覗きながら尋ねた。
「まあ…、普通ね?」
「普通って?」
「…普通よ」
「わかんないってぇ…」
 レイは人の波に流されそうになって、はぐれないようにアスカの腕に絡み付いた。
「あんたこそ、なんにも決めてないの?」
 二人でジオフロントの正面玄関をくぐり抜ける。
「…あんまり凝ったの作る気分じゃない」
「シンジにどういう顔して渡せばいいか、わかんないんでしょ?」
 レイはアスカの腕に抱きついたままで、ん、と頷いた。
「ほんとはねぇ…、バンド、そんなに興味ないの」
「シンジが居ないから?」
「シンちゃんと歌いたかったから」
 レイは正しく言い直すと、ようやくアスカから離れてコートを脱ぎ始めた。
 アスカも同じように前をはだける。
「あたしが一番いい加減かも」
「シンジとあんたがワンセットなのは、みんな分かってる事じゃない…、誰も怒らないわよ、辞めたって」
「でも…」
 レイはそれでも躊躇していた。
 自分が抜ければ、間違いなくバンドは保たないからだ。
「それにシンジがどう思うかは…、わかんないわよねぇ?」
 アスカの意地悪な発現に、うう…、と頭を抱えたような呻きが発せられた。
(ま、今のシンジにそんな余裕があるかどうか分からないけど)
 なんだかんだと言ってもシンジの行動はカイザーの言葉に躍らされているだけである。
 アスカだけはその事を見抜いていた、が、当然のごとく口にはしていなかった。
(自分で気付かなくちゃ意味が無いのよ…)
 ここでアスカが口にしたとて、それもまた人の言葉に流されるだけになってしまうのだ。
 カイザーの言う通り、最初にシンジが浸っていたぬるま湯的な状態の方が、目標にはよほど近かったかもしれない。
 それでも気付かないままにそこに居るのでは、いつか失ってしまいかねない。
 意識して、大事なものと手にしておくべきものを、手放さずに済むように構えておく必要はあるのだから。
(シンジが、自分で…)
 元のシンジに戻るのか、それともカイザーの物真似になってしまうのか?、あるいは新しい方向性を見付け出すのか。
 優しいというのは対処した問題に対する反応でしか見る事が出来ない。
 だから普段は、こうしてヤキモキさせられている。
(シンジが、自分を見付けてくれなくちゃ…)
 自分達の心無い一言にも揺るがないくらいに、逆に受け止めてくれるくらいの自信を持ってくれるように。
「ま、そっとしておきましょ?」
 だからアスカは、レイに諭した。
「寂しいのはね?、あんただけじゃないのよ…」
「う〜〜〜…」
 アスカはこつんとレイの旋毛を叩いた。
「今のシンジ、苛ついてるし…、下手に話しかけたってケンカにしかならないわよ」
 焦りが蓄積した時には、誰しも心無い言葉を言い放ってしまうものである。
 アスカ自身幾度も経験があったから、今はレイとシンジの間に亀裂が生まれぬよう、そっと距離を保ってやろうと心掛けていた。






「今日は雨、か…」
 シンジはぼけらっと頬杖を突きながら、雨模様を眺めていた。
 随分とそうしているから、頬と手の甲の間に汗によるぬめりが生まれてしまっている。
 頬も赤くなっている事だろう。
 放課後の教室だ、もうクラスメートは帰ってしまっていた。
 シンジの席から窓は遠いのだが、それでも冷たい冬の雨露を弾く花壇の花は見て取れた。
 ザーッと言う雨音が曲に聞こえ、ポタリポタリと上から下へ落ちる雫は、まるでリズムを取っているように感じられる。
 さらにぼうっとした雰囲気を強めて、シンジはそこから何かを得ようとしていた。
 連日のスタジオ通いが響いて、財布の中身は尽きかけていた。
 スタジオが使えなくなった事で、シンジは自由にギターを弾けないというフラストレーションを抱え込んでいた。
 がむしゃらに何かをしていないと落ちつかないのだ。
 逆に言えば、何かをする事で余計な事を考えなくて済むと言う事を覚え始めていた。
 シンジは頭の中に響く雑音の中から、求めているものを拾い上げようと躍起になっていた。
「ん?」
 っとシンジは唐突に頬杖を解いて顔を上げた。
 花壇に黄色いカッパを着た女の子が見えたからだ。
 フードを被っているために顔は分からなかったが、シンジには雰囲気で誰だか察する事が出来てしまった。
「ミズホ?」
 席を立って窓際へ寄る。
 しゃがみ込んだり、背伸びをしたりと忙しない。
 良く見ると手に防水パックをかけたカメラを持っているのが見えた。
「ミズホ!」
 シンジは少し大きめの声で呼んだ、それでも雨の激しい音に掠れてしまう。
「ミズホってば!」
 ぴくんとフードの下で何かが跳ねた、おそらくは尻尾髪だろう。
 きょときょとと周囲を見渡してから、くるりと振り返ってパッと明るい笑みを浮かべた。
「シンジ様!」
 パシャパシャと雨を蹴って校舎へと駆け寄り、嬉しそうにシンジを見上げる。
「ミズホ…、なにやってんの?」
「宿題ですぅ!」
「宿題?」
 にこにことカメラを持ち上げるミズホにシンジは困惑した。
「宿題って…」
「奈々さんに、これも修行なんだそうですぅ」
「写真を撮るのが?」
「はい!」
 ミズホは実に楽しそうな笑みを見せた。
「知ってらっしゃいましたかぁ?、お花さんはぁ、お話しすると奇麗に咲くんですよぉ?」
「へぇ…」
(そう言えば、テレビで聞いたことあるな…)
 だがあんまり自慢気なので、シンジは口には出さなかった。
「雨でもあんまり風がきついと茎が折れちゃうんですぅ」
「それで様子見てるんだ?」
「はい!、お世話してあげないと、奇麗に咲いてくださいませんからぁ」
 ちょっとだけ間延びした口調が抜けているのは、それだけ興奮しているからだろう。
「それにぃ…」
 ミズホはちょっとだけ照れたように俯いた。
「今日のお花さんはぁ、とっても奇麗なんですぅ…」
「え?」
 頬に手を当てるミズホにキョトンとする。
「…雨なんですけどぉ、露を弾いて、きらきらとしてましてぇ」
 シンジは何故だか、そんなミズホの様子に頬を赤らめた。
(なんだ?)
 胸の動悸も早くなる。
「…ちょっとだけ、奈々さんのおっしゃっていたことが分かりましたぁ」
 顔を上げたミズホにドキンとした。
「手間や暇をかけるということはぁ、自分の都合や考えを捨てなければできない事だから、ってぇ」
「へぇ…」
 シンジは内心の動揺を護魔化した。
「でもでもぉ、どんなに頑張ってもお花さんはぁ、一番奇麗な姿を見せてくださるとは限らないんですよぉ?」
「え?」
「ですからぁ、一番奇麗になるところを、見ていてあげなければいけないって、奈々さんが」
「見ていて…、あげる?」
「はい」
 ミズホはシンジの硬直に気付かず、無邪気に語った。
「眺めているだけでは見過ごしてしまう事もありますからぁ、いつも見ていてあげないとって、それはとても難しいし、自分の時間を潰してしまう事にもなるけれど、それだけの価値はある、育てるからには花開いて咲く所をちゃんと見てあげなさいって、授業中に咲いちゃったらどうしようってぇ、ドキドキしましたぁ!」
「それで…、見れたの?」
「ばっちりですぅ!」
 ブイサインを出す。
「お花さんはいいですぅ、咲くのを待って下さらなかった時には泣きそうにもなりましたし、まだかまだかってヤキモキしてる間はドキドキしましたけど、すっごく沢山のわくわくを下さいましたからぁ」
「…楽しかったんだ」
「はい!」
 はっきりと答える。
「育て方なんて分からなかったんですけどぉ、ちゃんと咲いて下さって、嬉しくて泣いちゃいましたぁ」
(育て方…)
「あ、わたしもっと写真を撮らなきゃいけませんから…」
 ミズホは指を咥えて残念そうにした。
「あ、うん、風邪引かないようにね?」
「はい!」
 くるりと回って遠ざかって行く背をぼんやりと眺める。
「花、か…」
(育て方…、そんなの、わかるわけ)
 シンジは考えてハッとした。
 本を見てもいいし、人に聞いてもいい。
 だが、それと自分の音楽はどう違うのか?
(物真似じゃないか、これも!)
 考える、深く深く、シンジはこの所の自分のやっていたことを考え直した。
 自分の音、とカイザーは言った。
 曲が花だとすれば、育て方も生まれる曲も想像はつかない。
 しかし小手先の技術と学んだ知識で作り上げたこじんまりとした曲と、カイザーの言葉に従って作ろうとしている音にどれだけの差があるというのか?
(僕の音は僕にしか作れないんだ)
 その言葉の意味にハッと気がつく。
(その作り方も僕にしか分からない、見付けられない、作れない!)
 そして原点はあそこにある。
(やっぱり、あれが始まりなんだ…)
 バンドフェスティバル。
「ミズホ!」
 シンジは大声でミズホを呼んだ。
 先程までと違って声は明るく、とても軽くなっていた。
 振り返ったミズホに、シンジは大きく手を振った。
「ありがとう!」
 意味不明のお礼を言うシンジにワケが分からなかったが、ミズホはえへぇっと照れた笑いを浮かべて赤くなった。







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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