NEON GENESIS EVANGELION
Genesis Q':109
「ふぅ…」
ぱしゃりと湯から手を上げて、顔を拭うように手でさする。
入れたばかりのお湯は少し堅くて、ピリピリとしている。
それがまた雨でふやけた体に痛かった。
「シンジぃ、替えのシャツとか、置いとくわよぉ?」
脱衣所からの声に、シンジは「ありがとう」と適当に返した。
(なにやってるんだろう…、僕)
湯にぼうっとして来た頭を動かしにかかる。
シンジはこつんと壁に頭をもたげた。
(頑張ってた…、つもりなんだけどなぁ)
シンジは自分がやって来た事を振り返っていた。
最初のバンドコンテスト、列車事件、オーストラリア、ジオフロント、街の地下、他にも歌う機会はあった。
それなりに手応えも感じていた。
シンジは湯から手のひらを出してじっと眺め…、ぎゅっと握った。
まるでこれまでに積み上げて来たものを掴むように。
「頑張ってたんだ…」
シンジはこれまでに作った、幾つかの曲を思い浮かべた。
(…アスカもレイも、喜んでくれてたじゃないか)
その顔を思い出す。
とても嬉しそうにしてくれた事を。
ギターを弾いて、照れ臭いのを我慢して、気持ちを込めて歌う度に、二人が幸せそうにしてくれた事を。
…シンジは自然と、この間作った曲を口ずさんでいた。
(あ、れ?)
そして気が付いた。
それはどこかで聞いたフレーズだった。
歌詞なしで口にして、シンジはようやく気が付いた。
「これって…」
もう一度くり返す。
「そうだ…、そうだよ」
一生懸命考えたフレーズであったはずなのに。
「これって、あのジャケットの…」
呆然とした顔で湯面のゆれをじっと見つめる。
頭に思い浮かぶ曲、歌詞、真似たつもりは無くても、でも似ている感じ。
シンジは曲のタイトルまで思い出して、急に込み上げて来たおかしさに吹き出した。
「なんだ、そうか…」
シンジは引きつるように笑っていた。
顔の筋肉が悲鳴を上げていた。
頬を涙がつたい落ちる。
それでもシンジは、自分を嘲るように笑っていた。
Neon Genesis
EvangelionGenesisQ'109
「ふ・た・り」
「雨…、憂鬱な雨、好きじゃない」
アスカはベランダに座ってぼやっとしていた。
シンジが風呂から上がるにはまだ時間がある。
何も用事は無かった、雨でクラブも無くなったので、今日はどうしようかと考えていたくらいであった。
逆にシンジが走っていてくれて、暇が潰せた程である。
「…みんなは、今日も遅いのかしらね?」
ただなんとなく口にしただけ…
「変なあたしぃ…」
だがアスカは、言ってみてから込み上げたおかしさに笑ってしまった。
以前ほどには一緒に居たいと思わない自分を見付けたからだ。
あれ程こだわっていたはずなのに…
常に共に行動したいと言う欲求が沸いて来ないのは何故なのだろう?
「それだけ…、今の関係に落ち着いてるって事なのかしらね?」
自問自答をするアスカ、独り言が多いのは不安な証拠であった。
だがその不安は、これまでのものとは違っていた。
今までは確かに不安だったのかもしれない、いつかその関係は壊れてしまうのではないのかと。
シンジの態度一つで全ては決まってしまうのだから。
そう言う部分では、揃って臆病であったはずだ。
「でも…、今は違うわよ」
ベランダの端で雨が弾けてアスカを襲う。
「根本的なとこじゃ、何も変わってないはずなのに…」
そう言って、三角に立てた膝に頬を突いた。
シンジは誰かを選ぶだろう、それがいつになるかはわからないが。
また何度も選び直すかもしれないのだ、それはそれで失礼な話だと思うが、アスカは構わないとも考えていた。
今の関係が絶対ではないように、変わっていくものだから。
例え理性では納得できないものがあってもだ。
「シンジは…、あたしが好き?」
もちろん、自分を選んでくれたらとは思う。
だが勝利者が自分である事もまた恐かった。
他の二人に対してどういう顔をすれば言いのか分からないから。
その答えは何処にも無い、きっと二人は泣くだろう、自分が泣いた時、あの二人はどんな風に慰めてくれるのだろうか?
そう思うと、泣く側に回った方が楽かもしれないと、逃げ出したくなる思いが過る。
「でも嫌…、シンジがあたしを見ないのはもっと嫌…」
しかしアスカには、そんな弱気を打ち払うだけの勇気があった。
「あたしは…、諦めたりしないわよ」
それはまるで、心を縛る呪文であった。
「絶対、負けないわよ…」
誰かを選んだとしても誘惑してやる、手に入れてやる。
奪われたとしても取り返してやる。
みっともないとは思わない、そう言う自分こそ勝ち気で、似合っていると思えるからだ。
例え二人に裏切られたと思われても、幸せの種が一つしか無いのなら、それは自分で咲かせたいのだ。
「でも…」
アスカは、自分が今とても嫌な顔をしていると思って、考え事の内容を変えた。
「レイ…、カヲルも、楽しそうだったわね…」
バンドに参加している姿を思い出す。
そのバックには、まだシンジが居るのだが。
「そりゃそうよねぇ…」
はぁっと溜め息、アスカもあのバンドコンテストの参加者だ。
どこがと明確には説明できなくても、楽しいと言う事には賛成できた。
またシンジと何かをすることそのものにも意味はある。
意義もある。
「でもあたしは…、どうなのかしら?」
シンジと何かをすると言う事を考える。
考えようとして…、アスカは眉間に皺を寄せた。
シンジが先導して何か楽しませてくれた記憶が少なかったからだ。
確かにそう言う事もあっただろう。
だが大半はシンジを追い立て、引きずり回していた。
デートも何もかも、そんな自分ばかりが思い浮かぶ。
「…ここに居たんだ」
「シンジ…」
シンジはアスカの選んだだぼシャツと、スウェットのパンツを履いていた。
シャツは白にオランダの運河の風景がプリントがされている、パンツは灰色だった。
「風邪引くよ?」
シンジはベランダへは出ずに窓枠に腰掛けた。
それでも窓にもたれているアスカのすぐ側である。
「どうかしたの?」
アスカはタオルで髪を拭くシンジをじっと見詰めていた。
シンジはその、ただ見ているだけと言う目に小首を傾げた。
(変なの…)
その襟元から胸が見えた、男の子の肉質だった。
体つきも子供から脱皮しようとしているように思えた急に。
身長も伸びている、それなのにまだ、そう言う女の子が着るようなシャツが違和感なく着られるのだ。
だからアスカははにかむような笑みを浮かべた。
(変わんないわね、こいつ…)
基本的な部分がと安心する。
「シンジ…」
「なに?」
迷いとは違う、息を継ぐ間が挟まれた。
「…キス、させて」
「え…」
シンジはいつもとは違う真剣な眼差しに、顔を向けたままで目を閉じた。
目を閉じると、ザァザァと言う雨の音が耳につく。
気配が近付いて来るのが分かる、髪の擦れる音もする。
(キス、か…)
だがおかしな事に、シンジはいつものように焦ってはいなかった。
不思議な落ち着きに包まれていた。
静寂を手に入れる、妙な集中力が雨の音を排除して、アスカの衣擦れの音だけを手に入れさせた。
(どうしちゃったんだろう…、僕)
自分らしくない態度に、シンジは自分が信じられなくなっていた。
期待していないわけではない、ただ興奮していないのだと気が付いた。
(アスカとキスするって言うのにね…)
今はそれがどうでもいいような事に感じてしまうのだ。
邪な気持ちが何も沸かない、それはキスと言う行為に、どの様な意味も見いだせなかったからかも知れない。
あるいは、アスカに求めるものに…
ピン!
だがシンジの予想に反して、唇には何も来なかった。
「いて…」
弾かれた額を押さえて、目を開ける。
「ばぁか…」
アスカのからかうような声に目をぱちくりとさせる。
アスカは元の位置に座り直して、笑いをくぐもらせるためそっぽを向いた。
それを見て、シンジはクスっと笑みを浮かべた。
「なぁに笑ってんのよ、えっちぃ」
再び振り向いた時、アスカの笑みは晴れ渡っていた。
「…アスカがキスさせろって言ったんだろう?」
シンジも負けまいとやり返す。
「真に受けてんじゃないわよ、ばぁか」
たわいのない会話が心地好い。
じゃれあいというのが正しかった。
「ねぇ…」
アスカはその中にお願いを混ぜた。
「あの歌…、聞かせてくんない?」
アスカの言葉に、シンジはどの曲かと思い浮かべてから、いいよとギターを取りに腰を浮かせた。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
Q'
は
Genesis Q
の
nary
さんに許可を頂いて私
nakaya
が制作しているパロディー作品です。
内容の一部及び全部の引用・転載・加筆その他の行為には
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