NEON GENESIS EVANGELION 
 Genesis Q':109 


 ゴォオオオオオ…
 翌日も本州は雨だった。
 垂れ込める雨雲、水溜まりにキキュッと音を立てて超重量を支えるタイヤがダウンした。
 国際線の空港、離発着場に降りたジャンボジェット。
 一般客に混じって彼女達はいた。
 一人はハイスクールを出たかどうか、もう一人はそれより遥かに幼く見えた。
 女性と少女の組み合わせ、未成年らしき二人には、どうしても興味が湧いてしまう、だがそれ以上に吹き出してしまいそうなものを二人は顔にかけていた。
 それは映画スパイがかけるような黒いサングラスであった、特に幼い方には大きくて、可愛らしさを強調するアイテムになってしまっていた。
 二人は英語で「観光ですか?」と尋ねられ、二人揃って「コンサートに」と微笑んだ。
 歳は離れているのに、何処か似た感じを抱かせる。
 マイとメイ、だがそれだけではない。
 ぽんと、その二人の肩に手を置く人物が居た。
 やたらと軽薄な笑みを浮かべている人物は…
「わたしは、娘に会いにね?」
 そう言って、女受けする笑みを彼は浮かべた。






「ん〜〜〜っと、こんなもんよね?」
 そう言ってペロッと親指に付いたチョコを舐め取る。
 その手で材料を扱うのだから、人から見れば汚いように見えるだろう。
(ま、シンジだもんねぇ)
 アスカはそう思ってエプロンで手を拭った、シンジが『あたしのエッセンス入り』と聞いて真っ赤になる所を想像しながら。
「…で、あんたはどうすんのよ?」
 アスカは朝食の後の軽い食事用のパンを漁っていたレイに声をかけた。
「…いい、手作り、やめる」
「そう?」
 アスカは小首を傾げた。
 張り合うようなものを何も感じさせないレイの態度を訝しく思ったからだ。
「ま、いいけど…、シンジならどっちでも『ありがとう』でしょうしね?」
 そう言ってアスカは自分の作業に戻ったが、その言葉がレイに与えた衝撃は大きかった。
 パンにつけるマーマレードを手にしたままレイは固まっていた。
 それは頭の中で、ありがとう、嬉しいよと微笑むシンジが想像できてしまったからだった。
 それも、アスカにも、ミズホにも、全く差のない笑みを浮かべるシンジの姿を。
(…ううん、今年は)
 レイは表情を暗くした。
 今年こそは、そこに差が生まれている様な予感めいたものを感じたからだ。
(…シンちゃんとはなんだか離れ離れになっちゃうし、アスカはシンちゃんと仲良いし)
 いつものバランスが崩れているように思えてならない。
 三角関係は、あきらかに正三角形を崩していた。
 それがレイに並々ならぬ焦りを感じさせる。
「シンちゃん…」
 レイはついこぼしてしまっていた。
 自分はどうすればいいのかと。
 バンドを捨ててでも、シンジの後を追うべきなのかと。
 例え迷惑がられても…
 そんなレイの呟きを、アスカはしっかり耳にしていた。


「なぜここに居る?」
 開口一番、とても穏やかではない響きであった。
 そして男達には友好条約を結ぶ理由は何も無かった。
 男達は第三新東京市でも最も高い塔の最上階に揃っていた。
 一人は白髪の老人だが、まだ老いたと言うにはかくしゃくとしたものを感じさせた。
 もう一人は目つきの鋭い男である、赤い眼鏡越しにもその眼光は薄れるどころか逆に距離に比例して強さを増していた。
「知らないのか?、今度のプロデュースは俺が行う事になったからだよ」
 最後の一人が自慢気に胸を張った、金髪に碧眼の男であった。
「その様な話は聞いていないが?」
 冬月が剣呑な目つきを作る。
「甲斐とつるんで、何を企む?」
 ゲンドウは目を細めた。
「今回は…、俺の独断だよ」
 アレクにはいくつかの前科があった。
 その場に潜む緊張感の裏がそこにある。
「わたしは…、お前が誰かの命令に従った所など見たことは無いが」
 ゲンドウは揶揄したが、アレクには通じなかった。
「夢を見たのさ…」
「夢?」
「そう、夢だ…」
 そう言うとアレクは、遠くを見るような目つきで窓の景色をぼんやりと眺めた。
「恐ろしい夢だったよ…」
「お前がそれほど信心深いとはな?」
「内容が内容だけに、無視は出来ない」
「何?」
「…その世界では、わたしとお前が親戚になっていたよ」
 しばし、空虚な空気が間に流れた。
「そうか…」
 言いながらゲンドウは、無意識の内にぽりぽりと腕を掻いていた。
 どうやらスーツの下では鳥肌が立っているらしい。
「だがな、アレク…」
「なんだ」
「それはおぞましいの間違いだろう」
 なるほど頷くアレク、そんな二人に冬月は呆れ顔で将棋盤を広げた。
(長くなりそうだからな)
 隅の方で腰掛ける。
 どうやら真面目につき合うつもりは無いらしい。
「確かに、俺はお前が嫌いだ」
「ああ…」
 次の瞬間、ふっとアレクは微笑みを浮かべた。
「だがシンジ君は良い子だよ…、さすがユイさんの遺伝子を色濃く受け継いだだけのことはある」
「ふっ…」
 ゲンドウは何を今更と鼻で笑った。
「…あのモテよう、間違いなくわたしの息子だよ」
 中々の自信家である、言い切る当たりが。
「ユイさん譲りの愛らしさだからなぁ」
「この上、シンジまで狙う気か?」
 冗談で返すゲンドウ。
「愛すべき子だと言っている」
 ふっと、ゲンドウは手で橋を作り、口元を隠してニヤリと笑った。
「いくらユイが手の届かぬ存在とは言え、ショタコンにまで墜ちるとはな…」
「…いずれは息子になる少年だ、可愛がりもするさ」
「わたしも、アスカ君の事は愛している」
「貴様…」
「冗談だ」
 再びニヤリ、同時に冬月の嘆息も漏れ聞こえたが。
 アレクは再び目に鋭さを宿した。
「…わたしはな?、シンジ君『を』息子とする事にはやぶさかではないと言っているんだ」
「ああ…、わたしもアスカ君『だけなら』問題は無いと思っている」
「同様『に』、ユイさんと親戚になる事にもだ」
「そうだ『な』、おまけは捨てられるのが運命だ」
 二人の間で奇妙な火花が散り合った。
 目から光線を発している様にも思えてならない。
(邪眼だな)
 冬月は将棋の本に隠れてそう評したが、それを生み出している魔力の源は実に情けない。
「…どうだ碇?、そろそろ家族の事はわたしに任せて、地獄へ行ってみる気はないか?」
 やおら、これが本題だとばかりにアレクが切り出した。
「お前が任されたいのはユイの事だけだろう」
 ゲンドウもずばり核心を突いて切り返す。
「わたしが幸せにする」
「…キョウコ君に聞かせてやりたい台詞だな?」
「ふんっ、できるものならな?」
「…ここに会話を録音したMDがあるのだが?」
「ふっ、こちらとてアスカへの告白、きっかりと録らせてもらったよ」
「「ふっ、ふふふ、ふふふふふ……」」
 二人は同時に含み笑いを漏らした。
「「くっ!、一万だ、高いぞ!、足元を見おって」」
 お互い同時に財布から万札を取り出し、机の上へと叩きつけた。
 それはもう悔しげに。
(なにをやっている…)
 冬月は呆れを通り越して、もうどう表現すればいいのかわからないような心境に陥っていた。
 端から見れば札を交換しただけである、しかしそこにはなにかしら当人達でなければわからないようなプライドが込められているらしかった。
 口元に勝ち誇った笑みを浮かべ合い、お互い相手の万札を掴み潰している。
 それが相手の魂だと言わんばかりに。
 はっきり言っていい大人がする意地の張りあいの形では無かった。
 パン!
 お互い顔に向かって投げられたMDを受け止め合う。
「ではわたしはユイさんに会いに行く」
「娘よりも己の欲望か、ケダモノめ」
「愛に生きるスパニッシュなんだよ、わたしはな?」
「腰にラテンの神を降ろしているだけだろう!」
 ガン!
 アレクの閉じた扉にゲンドウの投げた灰皿が音を立てた。
「…碇、少々大人げないのではないのかね?」
 しかしゲンドウは冬月の言葉も聞かずに俯いて肩を震わせていた。
「くっ、くくく、MDが一つだけだと誰が決めた?」
 ニヤリと笑う、しかし扉の向こうでは、全く同じ台詞をアレクがこれまた真似たような口調で呟いていた。


 結局何をしに来たのだか謎のままのアレクを置いて、二人の天使はまた別な行動を起こしていた。
 それに巻き込まれるのは先日からここ、第三新東京市の予備校に通っているミヤであった。
「そのまま転校って言うのも芸がないものねぇ」
 そう言って赤い傘を差した少女は、水溜まりを避けるようにマンションを目指していた。
 友達百人どころか三万人はできそうな感触に、ミヤは自分も結構可愛いと自信を手に入れつつあった。
 義務教育ではない高校への転校には、『転入試験』と言うものが付きまとう。
 そこでミヤは、どうせなら一年生からと言うことで、入学試験を受ける事に決めていた。
 もちろん第一志望は第三である。
 ミヤは駆け上がった、五階建のマンションにはエレベーターなどと言う便利なものは無いのだ。
 キャッチャーで取ったたれパンダのキーホルダーが付いた鍵で戸を開ける。
「ただいまぁ、って言ったって、誰もいないんだけどねぇ」
 だがその言葉に寂しさは無い、サヨコは欠食青年達の面倒を見るために帰ってしまっている、いまやこの部屋の主は自分なのだ。
 そう思えば自然と足も弾み出す、弾み出して、そしてミヤは脛を打った。
「〜〜〜〜〜〜!」
 うずくまって声にならない悲鳴を上げる。
「誰よ!、こんな所に段ボール箱置いたのは!?、って、段ボールってなにこれ!」
 ミヤはようやく暗いはずの部屋が明るい事に気が付いた。
 蹴飛ばそうとした足をそのまま下ろす。
 奥からバタバタと誰かが駆けて来る気配にミヤは顔を上げた。
「あーーー!、お帰りぃ!!」
「マイ!」
「あら、帰って来る前に片付けようと思ったんだけど」
「メイ!?」
 二人の落ち着いたものにミヤはがらがらと何かが崩れるのを感じてしまった。
(ああ…、一人暮らしの女の子ってポイント高いのに…)
 その邪な発想は、本来は男がするべきはずのものであったが…
 あいにくと彼女の表情からだけでは、マイもメイもなぜミヤが燃えつきてしまったのか?、到底想像することは出来なかった。



続く







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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