NEON GENESIS EVANGELION 
 Genesis Q':115 


 −−ミズホ、ぴ〜んちですぅ!
 襖に縋るように腰を抜かし、ミズホは半笑いの表情でサヨコに目を向けていた。
 その目尻には涙が滲んでしまっている。
「結婚、ですかぁ!?」
「そう」
 簡潔な答え方に、ミズホはさらに青ざめた。
(しょんな、確かにお奇麗な方ではありますけれど、わたし、そういう趣味はないんですぅ!)
 と口に出すと襲われそうな気がしてしまったので、ミズホはへらへらと奇妙に笑った。
「ああうう」
「どうかしら?」
「あの!」
「ただそのためには、外国に移り住んでもらわなければならないんだけど」
「はう?」
「信濃さん、英語は話せたわね?」
「はう」
「なら後はシンジ君ね?」
「は?」
 途端に正気に立ち返った。
「シンジ様?」
「ええ」
「シンジ様と、結婚?」
「ええ」
「あ〜う〜……」
 脳の許容量を越えた話に、一瞬亡羊としてしまった。
 結婚とシンジとサヨコとこの場所が繋がらない。
「はうぅ?」
 首を傾げる。
 サヨコはそんなミズホの理解を待たずに話を続けた。
「もう一時的な市民権の用意は済んでいるから、後は二人の気持ち次第なの」
「はあ?」
「十六なら婚姻届は十分に出せるわ、土地柄、そう大きな式は出せないし、列席者の数もしぼられてしまうけど、呼べない事は無いから」
「あの、でも!」
「なにかしら?」
 サヨコは邪気無く微笑んだ。
 その笑みがあんまり裏を感じさせないものだから、ミズホは罪悪感を持って言葉を濁した。
「……アスカさんとか」
「レイも、でしょ?」
 ミズホはコクリと頷いて肯定した。
 あの二人を抜きにして話していい事ではないからだ、もっとも、サヨコもその事については十二分に理解していた。
「大丈夫よ」
 まずは微笑で安心させる。
「レイは……、本人次第だけど、アスカさんならお父さんにお話しして許可を貰っているから」
「許可?」
 サヨコは頷き、やや面持ちに真剣味を持ち込んだ。
「世界にはね、重婚……、あるいは一夫多妻なんて制度が未だに残っている国があるの」
「は?」
「わかるかしら?」
「あのぉ……」
 わからなかった。
 だからもっと分かり易く説明をした。
「あなた達さえ良ければ、今のまま、みんなで幸せになれるのよ?」
「今のまま?」
「そう……」
 −−今のまま……
 その響きと誘惑は魅力的であった。
 十分にその効果が浸透するのを待って、サヨコは更に畳み掛けた。
「もちろん、この国で夫婦になるのも貴方の自由よ?」
「夫婦!?」
「ええ」
 ぽわんとするミズホ。
 だがサヨコはその想像を打ち砕くような事を言った。
「アスカさん、それにレイは泣いてしまうかもしれないけれど」
「ふえ!?」
「だって、シンジ君は一人、奥さんになれるのも一人でしょう?」
 ふぇえ……、とミズホは泣きそうな顔をした。
「このままだと、いつかはそうなるわ、一人は幸せに包まれて、後の二人はそれより一つだけ満たされない幸福を探す事になる、ミズホは、自分が選ばれた時の嬉しさと、選ばれなかった時の寂しさしか想像していなかった?、一人の男の子のことを好きになると言うことは、必ず誰かが悲しさや寂しさや悔しさを堪えなければならないと言う事なのよ、きっと二人とも、幸せそうなミズホに嫉妬するでしょうね」
 ミズホの頬をつうっと涙がつたい落ちた。
「そんなぁ……、レイさんは、アスカさんだってぇ」
「ええ、ミズホを祝福してくれるでしょうね?、笑顔で、泣き顔を隠して」
 サヨコは立ち上がると、泣き出したミズホの横に座り直した。
 着物によってきつく固められた胸に、その頭を抱きしめる。
「貴方と、シンジ君に会う度に、寂しさと嫉妬の両方に苛まれてしまう……、だからもう会わないように避けてしまうかもしれないわ」
「そんなの嫌ですぅ!」
 サヨコは髪を撫でながら囁いた。
「そうでしょう?、でも、二人の内のどちらかが選ばれたとして、ミズホ、あなたそうなった時の自分を想像できる?」
「はう?」
 顔を上げる。
 もう目が赤く腫れている。
 サヨコは愛おしげに、指でその涙を拭い去って、さらに諭した。
「今こうしている間にも、シンジ君はレイとキスしているかもしれないわ、抱き合っているかもしれない、そんな時にミズホ、あなたは独りきりでなにをしているの?」
「あ、う……」
 呻いて、想像する。
 だが何も思い浮かばなかった。
 少しだけ大人になった自分が、誰も居ない部屋で、エプロンを着けて、料理をしていた。
 −−シンジ様。
 振り返って味見をしてもらう自分、その瞬間、それは独りの自分ではないのだと気が付く。
 だから想像をやり直す。
 だが幾らくり返し続けても、何一つ明確なビジョンを創造することは出来なかった。
「わたし、はぁ……」
「残された時間は、少ないわ」
 ミズホは手布で涙を拭われた。
 また子供のように、鼻までかまされてしまった。
「あのぉ……」
 ミズホは探るようにサヨコに訊ねた。
「あの、どうして、そんなぁ……」
 サヨコは悲しげにかぶりを振った。
 そしてまた強く抱きしめた。
「い、痛いですぅ……」
 だがサヨコはやめなかった、むしろ力を強くして、背に回した手を肩に動かし、引き寄せた。
(泣いてらっしゃるんですかぁ?)
 苦しげに彼女の首元から顔を見上げて、ミズホは抵抗を投げ出した。
 居心地悪く体を預ける。
(どうして、泣いてらっしゃるんですかぁ?)
 心の中で何度も訊ねた。
 だがその答えだけは得られなかった。






 自宅に帰ったミヤは自分の部屋に閉じこもったまま、出て来ようとしなかった。
「ミヤぁ……」
 指を咥えて、天岩戸を見つめるマイ。
「ごはん……」
 手に持った皿には天ぷらが乗せられている。
 それを覗いてから、メイはリビングのテーブルに戻った。
「どうしたのかしら、ミヤ」
 サヨコは複雑な表情を見せた。
「カヲルよ」
「え!?」
 驚いて箸を取り落とす。
「テンマから聞いたの、ミヤ、カヲルに呼び出されたそうよ」
「テンマはなにやってたのよ!?」
「無理よ、テンマには別の仕事があるもの」
「そうだけど……」
 メイは悔しげに箸を取り直した。
 だが目は真剣そのものだ。
「ミヤをカヲルがね……、でもカヲルはどうして……、まさか!」
 サヨコはかぶりを振った。
「わからないわ……、カヲルが何を考えているのか」
「昔からそれはそうだけど、でも、どうして今……」
 このタイミングなのかと言うことは気になった。
 それに対しても、サヨコは否定的な探りだと破棄させた。
「今というのは考え過ぎよ、単にわたし達の行動を見て、釘を差しただけかもしれないわ」
「ミヤ……、カヲルには」
「昔なにがあったのかは知らないわ、ふっ切ったようだったけど」
「昔のことだからでしょ?、今のミヤはカヲルと何かあって、それを乗り越えたミヤだもの、カヲルを切り離したら、ミヤはミヤでなくなるわ」
「仲間というだけでなく、ミヤを構成している一つの要素なのね、カヲルは」
「大体、どうして止めなかったの?、テンマは」
「ミヤに教えてしまうわけにはいかないわ」
「……そうね、ミヤ、ここが気に入ってるようだから」
 メイはまだ戻って来ないのかと、マイを気にした。
「ねぇ」
 奥を見たままで切り出す。
「あの人……、惣流さん、良かったのかな?」
 もちろん、アスカの父のことである。
「甲斐さんはいつも通りよ、なにも言わずに、あの人の手伝いをしていいって許してくれたわ」
 メイは首を傾げてから、声を潜めてサヨコに訊ねた。
「ねぇ、この頃の甲斐さんって変じゃない?」
「どうして?」
 サヨコはキョトンとした。
「だって好きにしなさい、それだけだもの、でもカスミを手放そうとしないで何かやらせてる」
「そうね」
「わたし達を思ってくれてるからじゃない、今は忙しいから、そんな感じがする、ねぇ?、わたし達以上に気にして集中しなければいけない事って、何かしら?」
「それもこの街に関係する事で?」
「ミヤはこの街を好きになり過ぎてるから……、好きな人もたくさんいるから、でも下手に話さないのも……」
「カヲルに探りを入れられては困るわ、ミヤはあちらの子達と交流が有り過ぎる、近過ぎるもの」
 サヨコはまるで指揮官のような事を言って諭したが、そのサヨコにしてみてもカヲルの真意は計りかねていた。


『そうか、やっぱりね』
 マイが心配しているなぁと思い、ドア口に横目を向けながらもミヤは電話に耳を寄せていた。
『電話番号が同じだから、もしやと思ったんだよ』
「それで、あの……、サヨコが何をしに伺ったかわかりますか?、クニカズさん」
 ヒソヒソと声を潜める。
 電話の向こうで、困っている様子が手に取るようにわかった。
『会話の内容までは』
「そうですよね」
『でもミズホちゃんに会いに来たようだね、あの子が落としたメモにそちらの番号が書いてあったんだよ、で、訊ねるとさっきの人……、サヨコさんだったかな?、その人の家の電話番号だと言うしね』
「ミズホに……」
『酷く深刻な話しをしていたとおばさんは焦っていたよ、また盗み聞きしてたらしい』
 クニカズは苦笑を漏らした。
『もう少し探りを入れてみるけど、何かわかったら話した方がいいのかな?』
「お願いします!」
 思わず声は大きくなってしまっていた。







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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