NEON GENESIS EVANGELION 
 Genesis Q':120 


「転勤!?」
「出張だ」
 思わず箸を止めたシンジの驚きに、ゲンドウは間違いを指摘した。
「左遷じゃないの?」
 役職を知らないというのは恐ろしいものだ。
 聞く人間が聞けば、卒倒しそうな事をシンジは言った。
「飛ばされるなんて、なにやったのさ?」
 ゲンドウは無視した。
「最低でも一ヶ月はかかる」
 ごはんにおしんこを乗せて、茶漬けを作ると、ゲンドウはさらさらと流し込んだ。
「いつからです?」
「明日だ」
「急ですね」
「あいつに行かせるつもりだったがな……」
 あいつとはアレクのことだ。
 だがあの騒ぎだ、流石に手綱をつけねばならず、このくだりになったのである。
 ユイはあらまあと困った。
「荷物、間に合うかしら?」
「二・三日分で良い、後は宅急便で送ってくれ、何とかなる」
 防犯上は非常に厳しいが、ゲンドウにとってはその程度のチェック、大した物ではない。
「シンジ」
「なに?」
「レイ達はどうした?」
 シンジは奇妙な顔をした。
「それが……、変なんだ、この間からみんなばらばらにご飯食べてるし」
「はい、シンジ様」
「ああ、ありがと」
 何気に茶碗を受け取る。
 ミズホはにこにこと自分の箸を持った。
 よほどシンジの隣を独占できている事が嬉しいらしい。
「ミズホは何か知ってる?」
「う?」
 箸を咥えて小首を傾げる。
「カヲルさんが帰って来ないって」
「そう言えばそんな事を言って怒ってたかな?」
 二人で首を傾げると……
「ふむ」
 とゲンドウは頷いた。
「まあいい、若い内は色々とあるものだ」
「なにがさ?」
 ゲンドウはほくそ笑んだ。
「カヲルは背が高いからな、顔も良い、頭もだ」
「何が言いたいんだよ」
 口を尖らせると、ニヤリと笑われた。
「いい加減、幼馴染の特権に浸ってはいられんと言うことだ、あの二人も『どちら』が将来有望か、量る歳になったか」
「母さんは選んだの?」
「ええ、アレクさんとか、候補は多かったから」
 ギシッと固まるゲンドウである。
「ユイ……」
「あら?、あなたも沢山いらっしゃったんじゃありませんか?、そう言えば最近、帰りが遅いし、お泊まりも多いですね?」
「怒っているのか?」
「さあ、どうでしょうか?」
 ニコニコとするだけで心情を読ませない。
 表情を消す事しか知らないゲンドウよりも、数段上手だった。
「さぞかし北海道では、楽しんでいらっしゃるんでしょうね」
「仕事だ、そんな暇は無い」
「父さんって、そんなにもてるの?」
「アレクさんのように見える所で楽しまない分、タチが悪いわ」
「ユイ」
 父の威厳を保とうとして……、失敗した。
「なんですか?」
 その様子に、シンジはとうとう吹き出した。
「さよなら、父さん……、北海道に行っても元気でね?」
 まるでもう帰って来ないと決め付けている様な言い方だった。


「シンジめ」
 夜空の星に、ゲンドウははぁっと白い息を吐いた。
 キュッと足元で雪が鳴る。
「こんな所でも銭湯があるのは助かる」
 ゲンドウは洗面器を抱え直した。
 田舎も田舎だ、何処も自宅であるし、マンションばかりである。
 客などそうそう居るはずも無い、それでも死ぬまで番台に座ると決め込んでいる婦人の経営している銭湯は、妙なくらいにくつろげた。
 暫く歩くと、その内傾くだろうと思える安アパートが見えて来た。
 これまた今時和式のトイレがあるだけのボロだ、炊事場の蛇口は水道管が細いのか、水の勢いがとても緩い。
 そんな仮住まいを選んだのは、単に学生時代を思い出す、懐古主義に浸ったためだった。
 アパートの前に立って、満足げに見上げる。
 紹介業者も分かっていて、こういうものが良いとおっしゃる方もいらっしゃいます、と奨めてくれた。
 気分良く入居し、気分良くその不便さを満喫しているのが、ここ数日の生活になっていた。
「む?」
 その顔が急に引き締まったのは、妙な事を発見したからだった。
 自分の部屋に明かりが灯っている、六畳の狭い部屋だ、人の動く影も確認できた。
 だがおかしな事に、その影は玄関側の窓からそう動かない、せいぜい左右に揺れる程度だった。
 怪訝に思いながら、鉄の階段を歩き上がる。
 漂って来た匂いに、台所で料理しているのだと気が付いた、しかし、誰が?
 ゲンドウはシャツの襟元を引っ張り、多少隙間を大きくすると、ドアのノブに手を掛けた。
「あ」
 ドアを開けると、その中に居た女性はぱっと明るい表情で出迎えた。
「おかえりなさい」
 エプロンで手を拭い、洗面器を受け取る黒髪の長い女性。
 その微笑みはユイにも匹敵する慈母に溢れていた。
「なぜここにいる」
 と訊ねた相手は。
「愛人にでも、していただこうと思いまして」
 と抜け抜けと言った。
 サヨコであった。






「ふむ……」
 ゲンドウはサヨコの用意した夕食を平らげ、満足げに口をティッシュで拭った。
「うまかった」
「おそまつさまです」
 ニコニコと食器を積み上げ、片付け出す。
 妙に生活感が染み付いている仕草だった。
「それで」
 ゲンドウは洗い物を始めたサヨコに、遠慮なく事の次第を確かめた。
「遊びに来たわけではあるまい」
「はい」
 サヨコは護魔化しているつもりなのか、言いづらいだけなのか、振り向かないまま話し出した。
「碇さんは、わたし達のことをどれぐらい知っていらっしゃいますか?」
 まずはそこからだった。
「面識も無いわたしに驚きもせず、極当たり前のように受け入れて下さいましたね」
 ゲンドウはテーブルの上に手で橋を作り、顔を隠した。
「責は我々にある、君達に負い目を感じるほどにな」
「だから、優しい?」
「そういうものだ、大人は……、汚い」
 ゲンドウは何を思い出しているのか、自分もそれになぞらえた。
「この間の騒ぎ、君も居たのか」
「はい」
「そうか」
 ゲンドウは茶をすすった。
 キュッと蛇口を閉めて、サヨコはエプロンを外した。
 その顔は辛さに歪んでいる。
「あれは……、わたしの浅はかさが原因でした」
「そうか?」
「周りに対する配慮を欠いた結果です」
 いっそ責めて欲しいのだろう。
 だが、誰も責めはしない。
 世間は何も知らない、真実を知らない。
 知っている者は極わずかだ、だがその中で最も影響力のある人物、甲斐はにやにやと笑っていただけだった。
 雑事にすぎないからだ。
 こうなると、仲間もサヨコのせいではない、と同情してくれるだけだった。
 断罪されたい時もあるのだ、人間は。
 サヨコはゲンドウの前、テーブルごしに座ると、やや俯いた。
「ミヤが、カヲルの真意を聞いたと」
「なんのことだ?」
「『敵』を倒しても、暮らしを守ると」
「ふむ」
「どう思われますか?」
 サヨコの問いかけに、ゲンドウは何でも無い事のように言った。
「あれにはわたしの跡を任せることにしている、その心積りだろう」
 サヨコは目を丸くした。
「カヲルを!?」
 うむ、と頷く。
「その様子なら、気が付いているとは思うが」
 ゲンドウは区切っていった。
「甲斐の言いなりのまま、このままでいいのかと、疑問に思っている、そうではないかね?」
 サヨコは頷いた。
「甲斐さんは……、何も、今回のこともわたし達が勝手に」
「叱ってもくれないか」
 まさに、サヨコにはそれが不満であった。
「わたしのせいですから」
「遊びたかった、と素直に言えばいい」
 サヨコはハッとした顔を上げた。
 ゲンドウのまっすぐな目を見て、頬を朱に染める。
「そうですね」
 サヨコは先を続けた。
「ですが、これから先もこうなら、わたし達は隠れて暮らす以外に方法がありません」
「それだけではあるまい」
「はい?」
「君はわたしと同じ不安を抱いているはずだ」
 サヨコは分からないのかキョトンとした。
「甲斐は……、君達よりも先に死ぬ」
 何か言い返そうとしたサヨコをゲンドウは制した。
「不慮の事故というのではない、人為的なものでも無い……、単純に、大人から死んでいく、それだけのことだ」
「ですけど」
「それでなくても、歳老いた甲斐には、それまでの味方が手のひらを返すだろう、敵になるものも出る、その時、君達が子供のままであれば、悲惨な未来が待つだけだ」
 サヨコはハッとしたようだった。
「だから、カヲルを」
 ゲンドウは頷いた。
「シンジには期待できん、あれは……、そういう役割は似合わん」
「カヲルなら似合うと?」
「似合わん、な」
 ゲンドウは言葉を選んだ。
「だが、適任ではある、それに、彼自身が望んだ事だ」
「後を押されるのですか?」
 サヨコには辛い話しのようだ、だがゲンドウは肯定した。
「あれがその役割に価値を認めた以上、わたしは手伝うだけだよ」
「そんな……」
「君は、どうする?」
 ゲンドウは低い声で訊ねた。
「君は自分だけが悪いと思っているようだが、そうではあるまい」
「かもしれませんが……」
「元はと言えば、わたし達が君のような子供を作った、責任を求めるのならば、君達には無い」
「でも」
 切羽詰まった声を出すサヨコに、ゲンドウはユイ以外には見せない類の笑みを見せた。
「運動会をしている横で、勝手に保護者が暴れたからと言って、それは君のせいか?」
 ゲンドウは言った。
「酒を飲んだ大人が、酔っ払った大人が馬鹿なだけだ、本当に間違った事をしたと思ったら……、その時は、叱ってやろう」
 サヨコの顔に喜色が生まれた。
「本当に?」
「ああ」
「叱って下さるんですか?」
「ああ、だから君は、どう生きて行くか、まずはそれを考えなさい」
 サヨコは胸のつっかえが取れた、弾んだ声で返事をした。
「わかりました」
 じゃあ、とサヨコは、冷蔵庫へ冷えたビールとツマミを取りに立ち上がった。







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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