NEON GENESIS EVANGELION 
 Genesis Q':121 


「行って来る」
 振り返った先には、エプロン越しの胸に鞄を抱いた彼女が構えていた。
「はい、……遅くなられます?」
「いや、早く帰る」
 そう言って鞄を受け取り、部屋を出る。
「いってらっしゃい」
 にこやかに手を振るサヨコである、その姿はどう見ても一昔前の良妻である。
 しかし、そのお見送りを受けているのがゲンドウでは、あまりにも違和感が有り過ぎた。
 いや、はっきりと言おう。
 詐欺であると。
 しかし幸いにも、それを批難するようなものはいない。
 サヨコはにこやかに機嫌よく髪を束ねて、洗濯のためにコインランドリーに出かけようと、汚れものを詰めた紙袋を手に持った。
 階段を下りる途中で、幾つかの顔に挨拶をする。
 年金生活のおじいさん、痩せ気味の浪人生、小太りのおばさんと、その顔ぶれはまさにこのアパートに相応しい。
 しかし彼らにとってサヨコの笑みは恐怖であった、なぜなら……
『ヤクザの女』
 もしくは……
『組長の愛人』
 と思われていたからだった。


Neon Genesis
EvangelionGenesisQ'121
「Papa told me」


「時は過ぎるものでは無く、流れるものだよ……、この月のようにね、そうは思わないかい?、渚君」
 第三新東京市。
 とあるビルの屋上で。
 赤い髪が強い夜風になびいていた。
 それに対し、銀色に輝く頭を撫で付け、カヲルは言った。
「時は止まる事を知らない、誰にも操れはしない、人間はそれに逆らわず生きていくしかないんだ」
 悲観する。
「でも生きているからこそ感じられる、泳ぐ事も出来る、この風のように拐う事も出来るのに、いつも見守ってくれている」
「この世で唯一、絶対の平等が在るとすれば、それは時間だよ」
「だからこそ、僕は僕を恐れる、君も君を恐れている、浩一君」
 浩一はうすら笑い浮かべた。
 ごうと風が吹き上げる。
 眼下に広がるのは黒き海だ、そしてそこには無数の光が息づいている。
 街と言う名の、狭い世界。
「不思議なものだ」
 浩一は自嘲する。
「お互い、自分が何であるかも知らずに、こうして生きる事だけを望んでいる……」
「人の手で生み出されながら?」
「僕は、ね……、でも渚君は違うだろう?」
 カヲルは肩をすくめた。
「実験体……、そうだね、僕は成功例にすぎない、自然に生まれ、不自然に組み替えられた存在だ」
「その点、僕よりも幸福であると言える、だが逆にそれだけ不幸でもある」
「そうかい?」
「君はただの人間であった自分に、未練は無いのかい?」
 カヲルは顔を伏せた。
「……覚えてもいないからね」
 腰掛け、足を投げ出すカヲルに、浩一は横目を向けた。
「……君の行動原理はそこにある、違うかな?」
 浩一の言葉に、カヲルの口に冷笑が浮かんだ。
「他人に心理を読まれるというのは、気持ちの悪いものだね」
「不快だと思ったのなら謝るよ」
「いいさ、人の言う日常に憧れているのは事実だからね、君には……、浩一君には、ないのかい?、憬れが」
 それこそ浩一は笑い飛ばした。
「夢のように沢山在るさ」
「聞きたいものだね」
「多過ぎるよ、何しろ、僕には基準に出来る過去が無い、君達のように昔を回帰できないんだよ、この気持ち、君に分かるかい?」
「見せてくれればね」
 浩一も腰掛ける。
「生まれた時、僕には何も無かった、でも力はあった、色々な世界に手を伸ばして、そこで生きる自分を夢見たんだよ、夢、希望、奇麗な言葉だね、だけどそれだけに魅力もあるんだ」
「逆に僕は、人間としての平凡な世界を知っている、そこに基準がある、想像は……、膨らむにしても限度がある、そういう事かい?」
 浩一は頷いた。
「まさにしかりさ、僕は『未来』に凄く期待しているんだよ、だから、君は敵になる」
 剣呑な光が目に宿された。
「僕達が望んでいるのは今の延長……、あくまで現状の維持、流転する未来では無く、希望に満ちあふれた現実」
「決して破綻しない日常?」
「浩一君は危な過ぎるよ」
「そう?」
「僕達には、この街が必要だ」
「そういう意味では……、ね」
 薄く笑う。
「僕はこんな街、無くても生きていけるから」
「でも僕達は人との触れあいが不可欠なんだよ」
 今度は嘲った。
「その触れ合いとやらも、破綻が始まっているようだけど?」
 浩一の言葉に目を閉じて、カヲルは昼間のことを思い返した。






 屋上に肌寒い風が吹く。
 放課後だというのに誰も来ないのは、アスカが昇降口に使用中と張り付けたためだった。
 たった三人だ。
 中央に立つカヲルの飄然とした姿は、この空間を支配していた。
「何とか言いなさいよ……」
 呼び出した当人であるにも関わらず、アスカは追い詰められている様な錯覚に陥っていた。
 カヲルは何もしていない。
 ただ横向いて、ポケットに手を入れ、景色を眺めているだけだ。
「カヲル……」
 アスカに続いて、レイが訊ねた。
「何があったの?」
 ただ切羽詰まっているアスカと違って、レイの声音には脅えが混ざり込んでいた。
 アスカには『あの子』の存在を語ってはいない、アスカが感づいているかどうかは別にしてだ。
 それだけに、レイはアスカに明かしてもいない。
 だから自然と言葉すくなに隠そうとしてしまっていた。
 その上で、あの時の記憶の断絶を補完しようとしているのだ。
「ドームの中で、なにが……」
 故に歯切れは、とても悪いものになっている。
 アスカはアスカで、レイがあの中に居たとは知らない。
 カヲルは話そうとしないわけではない。
 語るべき事が見つからないのだ。
 カヲルは傍観者だった、事態の末に関わっただけで、事の顛末を見届けたわけではない。
 そういう意味では、事件の一部にはアスカも関わっているのだ。
 同様にレイも。
 ただそれぞれの持つピースの形状には、ばらつきが有り過ぎた。
 とても合わせて、はめられるものではない。
(問題は……)
 これでもカヲルは苦悩していた。
(とても二人が満足してくれるとは思えないって事だねぇ)
 内心で嘆息する。
「あの声、シンジなんでしょ?」
 別れたと思ったシンジが歌った、それは良い。
 だが、どの様な経緯でそうなったのかが問題だった。
「あんたがシンジを?」
 ようやくカヲルはアスカを見た。
「な、なによ……」
 その目に気圧される。
「僕は呼んでいないよ」
「そ、そう……」
 脅えて、剣幕を抑えかける。
「カヲル」
 レイは少しばかり強めの声を出した。
「何があったの?」
 これまた困る問題である。
(あの怪物のことを教えていいものかどうか……)
 実に思案のしどころである。
 カヲルはレイのこだわりを知っている。
 昔ほどでは無くなっていても、他にも居るかもしれない仲間たちを求める心。
(それは好意に値するけど)
 場合によりけりだ。
 あの怨念の集合体が他にも居ないとは限らない。
 やっと居たと思えば、あれだ。
(その現実に、耐えられるのかい?)
 カヲルは深く苦悩していた。
 アスカ達からも逃げ回っていたのではない。
 未だに答えが見付けられずにいたのだ。
「何黙ってんのよ……」
 苛立ちが目立ち始めた、そんなカヲルの態度は超然とし過ぎていて、歯牙にもかけられていないように見えるのだ。
「なによ、あたし達には関係無いってわけ?」
「そうだね……」
 これは枕詞のつもりだったのだが、アスカは勘違いした。
「なんですって!」
 肯定と受け取ったのだ。
「ヒカリ達だって巻き込まれかけたのよ?、なのに関係無い?」
 カヲルは溜め息を吐いた。
「だからって、僕のせいにするつもりかい?」
 蔑みを向ける。
「第一、君はシンジ君になにをさせるつもりだったんだい?」
 アスカは呻いた。
「なにって……」
 口を尖らせる。
「それは……」
 カヲルは強い視線で口ごもらせた。
「シンジ君に、何をさせるつもりだったんだい?」
 護魔化しを許さず問い詰める。
「レイ」
 カヲルはそちらにも批難の目を向けた。
「ミヤから聞いたよ」
 ピクリと反応する。
「一つ」
 とカヲルは言った。
「シンジ君を、僕達の世界に引き込むのかい?」
 過去を思い出す度に震え、涙していたのは自分だ。
 多くの死と、破滅。
 生はない。
「そして一つ」
 レイは脅えた。
「その結果を考えたのかい?」
 レイの脅えた目が、正面を向くのを待つ。
「それを知っても、シンジ君は笑顔を絶やさずに居てくれるのかい?」
「ちょっと!」
 間にアスカが割り込んだ。
「何の話しよ!」
 カヲルは冷笑を浮かべた。
「君には関係無いよ」
「なんですって!」
 そんな激昂も蹴散らす。
「そう、これは僕達の問題だ」
 完全な部外者扱いだった。
「君はもう、知っていたかな?」
 いや、と自分でかぶりを振った。
「気付いてはいるはずだけどね、君の中にも……、僕達と同じものが在る事を」
 シンジと共感した事があるのだから。
「それなのになぜ、シンジ君にやらせるんだい?」
 自分は何もせずに。
「戦いは少なからず傷を負う、たとえ勝利しても負債は積る、恐いからじゃない、争いは悲しみがきっかけで起こるからさ、その苦しみを背負わせてまで、君は何を期待したんだい?」
 もちろんそれは、安易な勝利者の栄光なわけで……
 それだけに口に上らせるのも憚られる、単純な……
 アスカはくっと顔を逸らせた。
「期待するのも、求めるのもいいさ……、だけど」
 カヲルは口を閉ざした。
 これ以上は言ってはいけない事だったからだ。
 心に秘めておくべき事だからだ。
『そのために、僕はここに居る』
 戦いを引き受けるために。
 ゆえに飛び込ませたこの二人を許すわけにはいかなかった。
 今諌めなければ、この二人、特にアスカが何をさせるかわからない。
 その危機感が募っている。
 二人が欠けても、シンジの笑顔は消えてしまう。
 調子に乗らせても、取り返しのつかない事になってしまう。
 カヲルの戦いは、複雑であった。







[BACK] [TOP] [NEXT]


新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
内容の一部及び全部の引用・転載・加筆その他の行為には
作者である私と原作者naryさんの許可または承認が必要です、ご了承ください。

本元Genesis Qへ>Genesis Q