桜が咲くにはまだ肌寒い季節に、彼はその高校の前に胸を張った。
「俺は……、帰って来た」
正確には帰国した、と表現すべき所なのだが、彼にとっては瑣末事だ。
「マナ……」
パスケースに挟み込んだ写真ににやける。
彼は勘違いしていた。
今日は四月七日。
背後の高校が新学期を開始するには、まだ一日早い、彼の住んでいた場所では四月七日から新学期であったのだが。
くしゅん!
派手なくしゃみが『夕日』の暖かさに包まれる。
果たして彼が気付くのは、一体いつになるのだろうか?
Neon Genesis
EvangelionGenesisQ'126
「炎の転校生」
「新学期って言ってもねぇ」
シンジの机には、カヲルに、レイ、マナと、代わり映えしない面子が集まっていた。
「まあ、特別クラスだからねぇ」
「クラス替えもないし、平和なもんよね」
ふと、シンジはカヲルに疑問を投げかけた。
「ねぇ、カヲル君」
「なんだい?」
「ナカザキさん、どこのクラスかなぁ?」
ギシッと固まるカヲル。
「ナカザキ?」
訊ねたのはマナだった。
「中学の後輩……、ってことになるのかな?」
「まあ、そうじゃない?」
面白げに答えるレイ。
「その内来ると思うから、うん」
「ふうん……」
カヲルの様子に、なにやら面白そうな事になると踏む。
しかし現実は、マナのおちゃらけを裏切ってくれた。
「マナ!」
「ひゃ!」
いきなり背後から抱きすくめられて、マナは咄嗟に肘打ちから足の甲を踵で踏み抜き、悶絶した彼の顔に膝蹴りをくれた。
「相変わらず……、い〜もの……」
途中で途切れた、バタンと鼻血を撒き散らしながら倒れる、赤い肌の少年。
「え?、うそっ、ムサシ!?」
「知り合い?」
あまりの無残な仕打ちに、今度から不用意には近付くまいと、心に決めたシンジであった。
●
ムサシ・リー・ストラスバーグ。
肌と髪、それから瞳の色と、多様な人種の混血である事が窺える。
「あ、う……」
保健室、悶え、手を伸ばし、付き添っている彼女の手を取る。
女は言った。
「今は寝ていて……」
「ありがとう……、ああ、君が天使に見えるよ」
朦朧としているからだろうか、視界はぼやけていて何も見えない、それでも声で、少女なのだと当たりをつけていたのだが……
「まあ」
っと頬を染めたのは、加持リョウジでさえも逃げ回る、御歳五十八才と言う化粧お化けのおばさんであった。
「ってわけでね、ムサシはただの幼馴染なの、シンジが考えてるようなことは何もないのよ?」
屋上で、必死に訴えるマナの向こうに、ひょっこりとアスカの顔が持ち上がった。
「見苦しいわね」
次いでレイ。
「昔の男よりも、今の男?」
そいでミズホだ。
「フケツですぅ」
三人は、うんと揃って頷いた。
「ようするにあれよね、なんとか良い感じに持って来てるのに、昔の悪事がバレそうになってるんで」
「情に訴えてるんでしょ?、あたしを信じて!」
「なんちて、ですぅ」
(あ、肩が震えてる……)
シンジは冷静にマナを見ていた。
(考えてるような事って、なんだろう?)
実際の所、なにも深く考えなかっただけに、困ってしまう。
(昔の友達とか、付き合ってたのかな?)
はっきり言って、マナの弁解は薮蛇だった。
放っておけば詮索したりはしなかったのだから。
「もう!、黙っててよぉ!!」
「だったらシンジをこっちに渡しなさいよ!」
「今日はカラオケ行くんだから!」
「ですですぅ!」
シンジは柵にもたれて、背後を見た。
もう下校のピークは過ぎている、人はまばらに散らばっていた。
(マナって……、本気で好きって言ってくれてたのかな、もしかして)
今までの態度を冗談だとでも思っていたのだろうか?、まあ、そう見えてもおかしくは無かったのだが。
それでもシンジは、そう自惚れる程度には、成長していた。
ところで、ムサシはマナに対し、少なくとも一年前までは、この様な感情を抱いてはいなかった。
「あの時から、だよな……」
ほうほうの体とはこの様な事を言うのだろう、ボタンが弾けて、シャツがよれているのは、無理矢理引き裂かれそうになったからだろう、けばけばしい口紅が、顔のそこら中についていた。
「マナ……」
あの時とはオーストラリアでのことを指す、まあ、何があったかについては省略しよう、詳しく語るべきではないからだ。
かいつまんで説明すれば、一応の手当てをしてくれたマナのあまりに手荒な扱いに訴えを上げた所、意外と女らしい一面を見た、と言った所だ。
会話の一部だけでも、抜粋しておこう。
「男の子ってそうよね、その場の雰囲気が良かったら下心持ち出しちゃって、すぅぐ好きとか言っちゃうんだもん」
「マナは違うのかよ?」
「じゃあ聞くけど、どういうつもりだったわけ?、あの子が本気になってたらどうしてた?、泣かれても、捨ててたの?」
「マナ……」
泣きそうな、いや、泣いていたのかもしれない、彼女は、己の立場に。
そんなマナが、直後にシンジを襲撃し、浴場で欲情などと下らない作戦を実行していた事を知ればどう思ったであろうか?
それはともかく、そんなしおらしさに胸キュンなどと単純に落札されてしまう当たり、この少年の性格も知れていた。
「まったくもう、さいってぇ!」
バキンと、苛立ちを表現するかの様に、白くて小さな歯に煎餅が砕けて弾けた。
「でも、懐かしい方なんですよね?」
優雅に紅茶を口にするマユミ、左手に受け皿、右手にカップ、その視線はマナがこぼしている煎餅の破片に注がれている。
大方、後の掃除のことを考えてくれとでも言いたいのだろう、確かに、カーペットがマナの定位置だけ異常に汚れている。
ここはマユミの部屋だ、最近カーペットを変えたのか、淡いピンク色のものになっていた。
「懐かしいって言えば懐かしいんだけど」
ブスッくれてマナは言った。
「前に会ってから一年も経ってないし、第一、あたしきっぱりと振ってるのに」
「そうなんだ」
苦笑したのは浩一であった。
こちらは雑誌を収めてある背の低い棚にもたれて、何やら月刊誌に目を通していた。
少女漫画である、買って来るのが恥ずかしくて、マユミの物を読んでいるのだ。
「そんな話しは聞いたこと無いけどな」
「って、どこで聞いたわけ?」
「まあ、とある場所、とだけ言っておくよ」
何かと不思議の多い少年である。
「そう言えば、最近見かけませんでしたけど、どちらに?」
「北海道だよ、中々楽しかったよ?」
「え〜〜〜?、お土産はぁ!?」
浩一はマユミの冷蔵庫を指差した。
「蟹が入ってるよ」
「蟹、かに!」
がんがんっとテーブルを押しながらマユミに詰め寄る。
「はぁ……、今晩は、お鍋にします」
「やった!」
喜んだマナに呆れた視線を送ると、呼び鈴が鳴った。
「はぁい」
立ち上がり、無造作に玄関を開けると、ばさっと赤い薔薇の花束が差し出された。
「まあ……」
頭を下げたスーツ姿の少年との組み合わせに、不覚にも胸が弾んでしまった。
「時に愛は気高く、時には孤高に、この心、貴方に授けます、愛しています、マナ」
瞬間、マユミは花束をひったくると、ばしばしと彼の顔を打ち据えた。
「痛い、痛いって、マナ!」
さらにマナ直伝の後ろ回し蹴りで蹴り跳ばし、壁にぶつかった所に花束も叩きつけて戸を閉じた。
バタン!
「マナ……、ちょっと鈍ったんじゃないか?」
ガン!、っとその後頭部を何かが叩いた、意識が落ちる。
黒いスタンドは汚い物でも触ったかの様に、彼の襟首を引っ掴んで階段へと引きずり去った、大方、外に放り出すつもりなのだろう。
マナは戻って来たマユミに訊ねた。
「誰だったの?」
「さあ?」
にこやかに、あくまでも表面上はにこやかに。
「それより、蟹鍋の準備でも始めましょうか」
「やった!」
パンと手を叩き合わせるマナに穏やかに微笑む。
結局毛程も怒りを悟らせないマユミであった。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
Q'
は
Genesis Q
の
nary
さんに許可を頂いて私
nakaya
が制作しているパロディー作品です。
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