その時、シンジはコマーシャルを見て、首を捻っていた。
「どうかなさいましたかぁ?」
「あ、うん……、このコマーシャルなんだけどさ」
 と差したのは、チャイルドシートのCMであった。
「赤ちゃんは座ったポーズで固定すると、お腹に負担が掛かちゃうから、寝かせるタイプの補助シートを使いましょうって言ってるんだけどさ、良く考えたらこれっておかしくないと思ってさ、だって車って、どう乗ったってお腹に負担が掛かるでしょ?、揺すられたりとかしてさ、内臓の弱い人って、だから吐くんでしょ?、電車なんかだと変な方向に揺すられちゃうから」
 やっとと言う感じで話を纏める。
「だからさ、赤ちゃんのことを考えたら、車とか電車とか、内臓が揺すられるような乗り物に乗せないのが一番なんじゃないのかなぁってさ、まあ、そこまで考えなくても大丈夫なのかもしれないけど」
 シンジは苦笑し、話を切り上げようとして気が付いた。
「ミズホ?」
 ぽうっとしている。
「どうしたの?」
「し、シンジ様が、そこまでお考えになっておられたとは」
「へ?」
「ミズホ感激ですぅ!」
 いきなり立ち上がって叫びを上げた。
「この間はあのような事をなされ」
 と、何を思い出したのかぽうっとした後でにへらっとして、それからかぶりを振って正気に戻った。
「それが今日は、赤ちゃんに考えを伸ばしていらっしゃるとは!」
「はぁ?」
「ミズホ、感激ですぅ!」
「え?、ちょ、ちょっと!」
 抱きついて来たミズホを慌てて支える。
「なんか勘違いしてない!?」
「いいええ!、シンジ様の不安はもっともですぅ!、ですからアスカさんで練習なさろうとしたことも、ミズホはちゃんと分かってますぅ!」
 ゴガン!
 振り回されたお子様用プラスチックバットに吹っ飛ばされて、ミズホは顔から壁に埋まった。
 鼻を押さえながら振り返る。
「いたいれふう」
「痛いですぅ、じゃないわよ!、なに勝手なこと言ってんのよ!」
 まったく、と仁王立ちしているのはもちろんアスカだ。
「あれ?、こんな時間に出かけるの?」
「ちょっとね」
 とダッフルコートのポケットに手を突っ込む。
「パパの所にね、今日は遅くなるから、って、余計な事すんじゃないわよ?」
「余計な事って何さ?」
「……色々よ!」
「はぁ」
 赤くなったアスカに首を傾げる。
「それじゃ、行って来るから」
「うん……」
 と送り出してから、ひょっこりとレイが現われた。
「怪しい……」
「え?」
「お父さんと会って来る、なんて言って、実は男の人と会ってたりして」
「まさか」
「はっ!、そんなっ、アスカさん、この間のことをネタに婚約はたまた結婚を迫ろうと根回しを!」
「そんなことさせない!」
「はいですぅ!」
 一瞬で結託した二人に溜め息を吐く。
「要するに、気になるから後を着けたいんだね」
「そういうこと」
 とレイはにんまり、微笑んだ。


Neon Genesis
EvangelionGenesisQ'131

「鋼」


 ややくもりがちの空気が喉に痛い、換気扇は役に立っていなかった。
 空調機も動いているのだろうが、これまた意味を成していないように思えた、そんな安手のバーである。
(ま、このリアリティーがな)
 先日のバーチャルスペースのことでも思い出しているのだろう、アレクはグラスを持ち上げ、氷を鳴らした。
 間違いなく日本である、バーテンは老いて白髪が混ざっていたが、これもまた外国人ではない。
 だがアレクがカウンターでそうしていると、イギリス辺りの雰囲気が生み出されてしまうから、女性にもてるのも分かると言う物だ。
 今日のように先約があったとしても、身につけてしまった自己演出技術は、もはや無意識の領域で発揮されていた。
 奥の席から女性の視線を感じる、しかし今日のアレクは違っていた、気付いていないのだ。
 珍しい事ではあったが、待ち合わせの相手と、その話の内容を考えると、どうやら楽しくて仕方が無いらしい。
 女のことなど、眼中に入っていなかった。
 カランとドアベルが鳴る、目の端で確認し、アレクは口の端をつり上げた。
 赤と金の狭間にある髪を僅かに掻き上げ、不安げに誰かを探している、少しばかり化粧がきつく見えるのは、口紅の色がきついからだろうか?
 彼女はアレクを見付けると、顎を引き、目をつり上げて近寄った。
「こんな所に呼び出さないでくれる?」
「会いたいって言ったのは、そっちだろう?」
 アレクは席を勧めたが、彼女は断った。
「落ち着かないから」
「もうそろそろ、こういう雰囲気を覚えた方がいいと思うけどな」
「パパみたいになるつもりないから」
 先に出ようとする。
 アレクは苦笑し、娘の背を追おうとした、その耳に。
「パパだって」
「やだぁ……」
 となにやら誤解した、妙に嫌な会話が聞こえてしまった。






「何悩んでるのよ?」
「いや、ちょっとな……」
 アレクは苦笑で苦悩を隠した。
「さっきの店、女の子が居たろう?」
「さあ?」
「居たんだよ、お前のパパって言葉を聞いて、援助交際かなんかだと思ったらしい」
「はぁ!?」
 アスカは目を剥いて嫌そうにした。
「冗談!、やるならやるで、もっと趣味の良いの選ぶわよ」
「趣味、悪いかな?」
「最悪ね」
 アスカは吐き捨てた。
「あたしだってもう大人よ?、パパみたいな男との恋愛ってどういうものか、想像くらいできるわ」
「けどなぁ、ママはそいつと結婚したんだぞ?」
「よっく言うわよ、あたしとママをほったらかしにしておいて」
 アレクはくすっと笑った。
「なんだ、拗ねてるのか?」
「違うわよ」
「寂しかったんだろ?」
「違うってのに」
 唇を尖らせてしまう、その仕草がますます子供っぽさを感じさせた。
 アレクは肩を抱き締め、歩調を落し、合わせた。
「悪かったな、忙しくて」
「まったくよ」
「けどなぁ、俺が忙しかったのは、アスカ達のためだからな」
 怪訝そうに見上げるアスカだ。
「あたし達の?」
「ああ……、ゲンドウのこと、アスカはもう気が付いてるだろう?」
 アレクは場違いに笑った。
「シンジ君は興味が無いのか、知ろうとしないけどな」
「あいつは……、鈍いだけよ」
「大事な事だけ分かってれば、それで良いって思ってるんだよ」
「そうなの、かな?」
「ああ……、自分がどうであっても、レイちゃんやミズホ、アスカが何であってもだ、自分を好きで居てくれるなら、それ以上は望まない、満足してるんだろうな、だから気にならないのかもな」
 アスカは前を向いた。
「あたしには……、無理ね」
 酔ったサラリーマンがすれ違っていく。
 男も女も、気分良く、その中にあって自分達の雰囲気は浮いているように感じられた。
「あたしは気になって仕方ないもん」
「負けたくないからだろう?」
 アレクは微笑みを与えた。
「昔っからそうだったからな、シンジ君が誰かと仲良くなると、自分が一番の友達だって言いふらして」
「そんなことしてない!」
「言ってなかったか?、でも仲間外れにされて、悔しそうにしてたじゃないか、それでシンジ君が心配して来てくれて、遊び相手になってくれて、シンジ君さえ居てくれれば、本当に機嫌良かったじゃないか」
「そんなんじゃないもん」
 赤くなって、アスカは黙り込んでしまった。
「そんなんじゃ……」
 アスカを見る目が、変わった。
「アスカは……、気が付いたんだな」
「え?」
「アスカも……、シンジ君達と同じだと言う事にさ」
 アスカの顔から、赤みが引いた。
「パパ」
「アスカは知りたいのか?」
 真剣な瞳に息を飲まされる、それでもアスカは頷いた。
「うん」
「けど、余計に落ち着かない事になるかもしれないぞ?、恐くて眠れなくなるかもしれない、もう一緒に暮らせないようになるかもな、シンジ君が当たり前のようにしているのは、もしかするとその恐さを心の何処かで感じているから、触れないようにしているだけかもしれない、それでもアスカは、踏み出すのか?」
 アスカは目をさ迷わせた、再びアレクに向ける迄には時間が掛かった。
「それでも、あたしは知りたいのよ」
「そうか……」
「シンジは……、どっかでレイやミズホ、カヲルの事を感じてる、それは確かよ、想像もしてる、多分ね?、それぐらいあたしの知らない所で関わってるみたい、けどあたしは何も知らないの、あたしだけ他人なの、そんなの嫌よ」
「他人であるから友達で居られるって事もあるんだぞ?」
 アレクの言葉は、今では敵対関係にある誰かのことを指していた。
「互いを理解し合うと言う事が、決して良い関係に発展するとは限らない、知られたくない事だって人にはあるからな、アスカの場合は、知ろうとすれば少なくともアスカの好きな人達の闇に触れる事になる」
「闇?」
「アスカは見て来たはずだ、人が死ぬかもしれない、惨状を」
 つい先日もあったばかりだ。
「あるいは死人が出ていても不思議じゃ無かった、運が良かっただけだよ、そうだろ?、じゃあ運が悪かったら?、そう言う事もあったはずだよ」
「みんな……、そうだって言うの?」
「シンジ君もだ、その線を踏み越えているかもしれない、それでも堪えているのかもしれない、あるいはそれを踏み越えるような事になるかもしれない、だけど、それでも生きていかなくちゃならない、俺も、ゲンドウも、そのために働いている、生きて行けるようにな、でも人の死に直面した時、シンジ君は、お前は、堪え切れるのかな?、レイちゃん達は堪えているのかな?、ミズホは忘れたいから忘れてしまったのかもしれない、興味本意で触れて良いものじゃないんだよ、アスカには、その覚悟があるのかい?」
 具体的にどんな覚悟を指すのかは分からない、それでもだ。
 アスカには、アレクの言いたい事が、漠然とはしていても掴めていた。







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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