「なぁんだって感じ」
 と愚痴ったのはレイだった。
「大人っぽい口紅付けてあんな店に入るから、ほんとにって焦ったのに、ねぇ?」
 シンジの様子を窺う。
 戸惑いながらも店に入っていくアスカ、その様子を覗いていた時には、流石に落ち着きが失われていた。
 相手が本当に父親だったと知って、今は落ち着いて見える。
 二人は駅まで戻って来ていた、家に帰るためにだ。
「シンちゃん?」
「あ、うん……」
 シンジは顔を上げた、さっきまでとは、また違った感じで悩んでいた。
「アスカ……、何の用事なんだろう?」
「お父さんと食事ってだけじゃないの?」
「でも……、あっちは」
 シンジが思い描いているのは、この辺りの地図だった。
「あっちはオフィス街だよ?、そんなお店無いのに」
 レイもハッとしたようだった。
 先日のことがいくつか思い浮かび、嫌な予感が走ったのだ。
「アスカ……、この頃悩んでたし」
「うん、それにおじさん、向こうには戻らないみたいだし」
「え?」
「アスカ、一緒に暮らすのかな?」
「そんなことないんじゃない?、今更……」
 シンジは頭を軽く掻いた。
「でもさぁ、この間、あんなことしちゃったし」
「って、シンちゃん……」
 僅かに惚けた顔をする。
「別にシンちゃんがやっちゃったって、決まったわけじゃないじゃない」
「でもまたあんな事をするかも知んないよ?、だったらさぁ」
 レイは吹き出した。
「アスカが恐がる分けないじゃない、ミズホも言ってたけど、ちゃ〜んすって思うならともかくね」
「そっかな?」
「そうそう」
 ばんっとレイは背中を叩いた。
 ところで、その頃ミズホが何処に居たかと言えば……
「くしゅん!、ふえ?」
 真っ暗な部屋。
「ふ、ふえ?、ふえええええ!?」
 慌てて見渡すが、家の中はシンとしていて寒くて恐い。
「ふえええええーん!、シンジ様ぁ!、アスカさぁん、レイさん、何処行っちゃったんですかぁ!?」
「出かけていったよ?」
「ふええ!」
 幽鬼のように浮かび上がった白い顔にパンチをくれる。
「お化けですぅ!」
 もちろん、不意打ちに倒れたのはカヲルである。
 ミズホはどうやら、今の今までトリップしていたようだった。






 一企業のビルだ、巨大とは言え、普通この様な実験施設は、もっと別の建物に詰め込まれるものだろう。
 それは外来者が多い場所では、機密漏洩の危険性があるからなのだが。
 その点、ゼーレ日本支部のビルは何処よりも安全であり、またセキュリティも高かった。
 しかしアスカはそんな背景を知らない、ただ、凄いものだなぁと感心していた。
 変なスーツを着せられても、気にしなかったのはそのためである。
『じゃあアスカ、そこのプラグに入ってくれるかな?』
「プラグ?」
『シートがあるだろう?』
 アスカはこれかと当たりを付けて、その円筒形のポッドに入り込んだ。
 着ている物は赤いスーツである、全身を被う感じはダイバースーツに似ていた。
『どうした?』
「なぁんか、気持ち悪いのよ、これ」
『ああ、次世代宇宙服用の新素材だからな、漫画であるだろう?、パイロットスーツって奴だ、従来の宇宙服では細かい作業ができないし、ついでに一ヶ所破れたら一巻の終わりだっただろう?、素材がぬめってるのはそのためだよ、破れ目が出来たらその周囲が肌に張り付いて空気の漏れを防ぐんだ、応急テープを張るまでの時間が稼げると言うわけさ』
「へぇ……、でも、どうして今着なきゃなんないの?」
『これから分かるよ、さあ、始めよう』
 蓋が閉まる、閉じ込められる恐怖心に、アスカは脅えた顔をした。
「なによこれ!?」
 足元から水が上がって来る。
「ちょっと、パパ!」
『大丈夫、肺が満たされれば直接酸素は取り込めるよ』
「だからって、ね!」
 がぼっと一瞬言葉を奪われる、抵抗して見たが、結局空気は吐き出してしまった。
「うえ……、気持ち悪ぅ」
 合成音によるアナウンスが掛かった。
『ヘッドギア装着、神経接続を開始します』
 背後よりヘルメット上の物が覆い被さって来た。
 アスカの視界を奪う。
『初期コンタクト問題無し、データ送信、開始』
「う、わ……」
 アスカは直接網膜に投影される光景のリアルさに息を飲んだ。
 宇宙空間だった、星空、足元に地球がある。
「パパ、パパ!」
『どうした?』
「う、浮いてる……」
 そうなのだ。
 体は確かにここにあるし、座っているのに、全身は漂っていると知らせて来る。
『その中を満たしているのは電化物質の一つでね、アスカに直接、擬似情報を与えているんだよ』
「催眠術と同じで、誤認してるって事?」
『分かりが早くて助かるよ』
 声の口調が変わった。
『これからアスカが体験することは、あくまでも記録資料から構成された再現に過ぎない、それでもだ、アスカが話しかければ相手も返事をする、気をつけなければならないのは無茶をしない事だ』
「無茶?」
『今、アスカは宇宙を飛んでいるね?、けど、もしナイフで刺されたり、銃で撃たれたら』
「死んじゃうの?」
『そこまではならないよ、こちらでもモニターしてるし、ソフトの方でもリミッターが掛かるからね』
「なんだ……」
『安心しちゃいけない、死なないって事は死ねないって事だ、燃え盛る炎に包まれて、それでも死ねなかったら大変な事になる、十分に注意するんだよ』
「うん」
『それじゃあ、始めようか』
 アスカは力を抜こうとして、手が震えている事に気が付いた。






「うん、か」
 システムのある隣の部屋が、モニタールームとなっていた。
「可愛いものだな」
 言ったのは冬月であった。
「しかし良いのかね?」
「いつまでも放っては置けませんよ」
「だが知るにしてはあまりにも酷い光景だ、普通の大人でも堪え切れない」
「あの子はキョウコの娘です、その事実は覆りませんよ、シンジ君と結ばれるにしろ、そうでないにしてもだ、自分がなんであるのか、生まれて来る子がどういう存在であるのか、無知のままでは危う過ぎます」
「他の子供達は……、それを知っている、か」
「不用意に街からは離れないでしょう、そうである以上、シンジ君もこの街に残るでしょうが、アスカは違います」
「自分の娘だから、良く分かるのかね?」
「もしシンジ君に振られたのなら、強がって見ても、結局は逃避を計るでしょう、平気な振りをしてさようなら、ですよ」
「君のようにかね?、揚げ句は君がユイ君に対するように、ふざけて見せて、その実、距離を測るようになる」
「わたしは本気ですが?」
「君ほどの男なら、もっと上手く立ち回れるだろう?」
「恋愛のいざこざは傷を生みます、傷は溝となり、ついには深い後悔に繋がります、そういうのは嫌いなんですよ」
「そうやって言い訳するのが……」
 アレクは手で制した。
「アスカのデータが組み上がりました、始まります」
「君がキョウコ君に恨まれない事を祈るよ」
 共犯者でありながら、冬月はそう、逃げの手を打ったのであった。


「え?」
 目眩いに襲われたのは、景色と感覚が一度に変わったためだろう。
 重力を感じ倒れかけた、それもまた偽の感覚なのだが。
「なに?」
 アスカは自分を『視下ろした』、手と足がむくんだように太くなっている、短くもなっていた。
 服装は擦り切れた、繕いの多い洋服であった。
「どうなって……、子供になってる?」
 アスカは正面の建物を見上げた。
「孤児院?」
 倒壊しかけている教会を改装した物だった。
「どうしたの?」
 声を掛けられて振り返る。
「さ、行きましょう?」
 知らない女性だった、ダークスーツに、黒いサングラスまでしている、怪しい。
 口元には優しい笑みが浮かんでいるのだが、赤い紅はどこか恐れを呼び起こした。
「さあ、みんな、ばいばいしましょ?」
 他にも人が居た、子供達もだ、この孤児院の子達だろう。
 寂しそうにしている者、羨ましげに見ている子、色々だった。
「じゃあアスカちゃん、元気でね?」
『せんせい』らしき人にそう言われて、アスカは取り敢えず頷いた。
 仮想現実。
 皆の表情、滑らか過ぎる頬の動きに、その言葉を思い出す。
 アスカは話しが進まないと思って車に乗り込んだ。
 スモークガラスだ、外からは見えないであろう、それでも手を振り返すことにした。
 こんなものは気分だからだ、だが、プシュッと音、あっと思った時には遅かった。
 スプレーは即効性の睡眠薬だろう、薄れ行く意識の中で、アスカは無邪気に手を振って、見送ってくれている皆を確認していた。







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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