次に気が付いた時、アスカは白い貫頭衣を着せられていた。
病人に着せる類のものだ、普通は白ではなく、青などの落ちつく色を用いるはずだと、『現実』のアスカは判じていた。
服の下はパンツ一つで、何も着せられていなかった、そのパンツもまた病人用の紙パンツであった。
(病室?)
大きな部屋なのに、ベッドは一つだけだった。
素足を床に降ろすとひんやりとした。
ぺたぺたと足音をさせながら窓に寄り、手を当てる。
(本物みたい……)
はぁっと息を吹き掛けると白くなった、曇り方の滑らかさに僅かな不自然さを見て取って、アスカはやはり虚像なのだと安堵した。
背後へと振り返る、ドアがあった。
そちらへ歩き、手を触れる、気圧式の扉だったのだろう、プシュッと独特の音を立てて、扉は開いた。
『凄いな、歩いてるぞ』
『拒絶反応は無いのか?』
『まだ融合が始まってないんだろう、ショック症状に備えて、準備を』
部屋を出る一瞬に、そんな会話が聞こえた。
(空耳?)
分からない。
顔を上げる。
「きゃ!」
子供達が駆けていった。
(どうなってるの!?)
怪しさ、いかがわしさは極大なのだが、その一方で余りにものどかだった。
廊下側の窓からは、おかしな場所が覗けた。
やはり室内である、この建物は立方体になっていた、中庭であるはずの場所は冷たいタイルに覆われ、木が一本植えられていた、大きな木だ、天上は塞がれている。
周りにはプラスチック製のジャングルジムなど、無機質なおもちゃが置かれていた、遊んでいる子も大勢居た、多少背丈に差があったが、大体同じ年齢に見えた。
「うっ……」
胸が痛くなった、押さえて、喘ぐ。
嫌な汗が吹き出した、そのまま膝を突き、倒れる。
(あ……)
ボールを持った男の子が、冷たい目で見下ろしていた。
『やはり拒絶したか』
『いや、融合、変異中の発熱だ、熱量は……、凄いな六十度に達してる』
『蛋白質の凝固は?』
『見られない、変異は進んでる、このまま行けば』
次に目覚めた時、アスカは中庭に居た。
男の子が倒れ、もがいていた。
「う、あ……」
恐ろしくて後ずさる、瞳孔が収縮していた、血走ってもいた、大きく開いた口からは涎を垂らして、それでも必死に手を伸ばし助けを求めていた。
ばたばたと駆け付けて来た医師……、違うのかもしれないが、彼らは男の子をストレッチャーに乗せると、そのまま何処かへ運び去ってしまった。
「どうしたの?」
驚き、振り返る。
「あの子も、連れてかれちゃったね」
「え?」
「もう帰って来ないよ、みんなそうだったもん」
アスカはその子のボールに気が付いた。
(倒れる前に、確か……)
いいや、気になったのはだからではない。
赤い瞳、白い髪。
アスカはその少年が、誰に似ているのかに気が付いた。
『毒性に対して、体が保たなかったか?』
『次の検体には誰を?』
『ナンバー102、だな』
夜だ、淡い月明かりの中、ベッドの上で、苦しいと呻き声が吐かれていた。
アスカだ。
(あれね……)
やたらにこにこと、気持ち悪いほど愛想良く、特別よ、と夕食にジュースが付けられていた。
アスカは途中途中に耳に入る声が、自分が居ない所で交わされている会話だと気が付いていた。
(毒……、反応を、調べてるんだ)
吐き気がする、同時に寒気もした。
父の言葉が蘇る。
(いっそ、死んだ方が楽って、でも)
これで終わりであるはずが無いのだ。
アスカは意識の混濁を感じるまで、頑張った。
『やはり優良種だな、これほど耐性が高いとは』
『だが香港の研究所ほどの成果でも無い、切り落とした腕を繋いだというからな』
『……試して見るか?』
『いいや、他で試そう、この子は低いレベルの検査で使い回す、出来るだけ多くのデータを集めないと、他の連中に恨まれるからな』
(冗談じゃないわよ……)
その日から、アスカの居場所は庭の隅になった。
逆に中央の木の下には、多くの子供達が集まっていた。
眼帯を付けた者、袖を垂らしている者、なにやら点滴パックを腕に巻かれている子等と、色々である。
共通しているのは、何処かしら体に欠損があることと、恨めしい目を向けて来る事だった。
(あたしのせいじゃないのに……)
その言葉は空しい。
自分自身、どこか研究員達に憎しみを向けられないでいた。
恐いからだ、皆も同じなのだろう、だから、力や数で勝てる『仲間』を憎むのだ。
「でも、何が羨ましいの?」
「それは君がとても大事にされているからだよ」
「カヲル……」
顔を向けた場所には、確かにカヲルに良く似た少年が居た。
そう、時間は過ぎて、もう少年と言える歳になっていた、銀の髪は長く、背に流れている。
カヲルと名付けたのはアスカであった、彼は赤ん坊の頃からここに居ると言っていた。
ナンバーで呼び合うのが嫌なのは、『現実』のアスカの感性だった。
「意地悪されてるのはみんな同じなんだけどね」
とカヲルは本物そっくりの口調で語った。
ベースとなった人格データはカヲルだったのかもしれない、ただし、アスカとのやり取りによって、多少のアレンジが加わっている。
この点はかつて、赤木リツコが日向マコトに半分騙す形で作らせた、シュミレーションプログラムが流用されている。
もし本物のカヲルが見れば、僕の毒気を薄くして、シンジ君のように人当たり良くすれば、こんな感じになるだろうね、と言っただろう。
「あたしだって、結構酷いことされてるのに」
「うん、けれどアスカはけろっとしてるよ、お互い、何をされてるか知らないからね、大したことはされてないって思ってるんだよ」
「死にそうになった事だってあるのに!」
「死んだ子に比べると良いんじゃないかな?、死なせて欲しいくらいなのにまだ生かされてるよりは良いんじゃないかな?」
アスカはギュッと口を引き結んだ。
「安心して」
「え?」
「僕が、君を助けてあげるよ」
アスカはその言葉を、とても不吉な物として受け取った。
『ナンバー9、最近調子が良いな』
『9?、ああ、102と仲の良い……』
『E反応が検出できるレベルになったそうじゃないか』
『102を、越えるのもじきだな』
アスカはベッドから跳ね起きた。
跳ねる鼓動、膨らみ始めたばかりの胸が、見て分かるほどびくんびくんと動悸のままに痙攣していた。
(あの子、まさか……)
その予感は現実になった。
カヲルの様子をずっと窺っていた、気付くとカヲルははにかんでいた。
気のせいだ、考え過ぎだったかとアスカが油断するほど間を空けた日に、彼は突然行動を起こした。
「なに!?」
ドォンと建物が揺れた、非常ベルが鳴り響く。
部屋を飛び出すと、銃を持った警備員が駆けて行った。
「あっ」
一つ二つ下の子が、抱き合って泣いていた、慌てて駆け寄り、抱き締める。
「大丈夫よ、逃げなきゃ」
アスカは事故かと思い、取り敢えず中庭へ逃げようと階段に向かって歩き出した。
その時だ。
銃声が二発続いた。
両隣の『仲間』は倒れて伏した。
後頭部から眉間に弾は貫通していた。
「い、たいよぉ……」
それでも子供達は、死なずに手を伸ばした、涙を流して。
「あ、あ!」
アスカはどうする事も出来なくて、慌てて座り込み、その手を握ってやった。
死ねずに苦痛に泣いている、だが、アスカには何も出来なかった。
「102を確保しました!」
声に振り仰ぐ、見知った研究員だった。
『急げ!、9はそちらへ向かっている、屋上のヘリで輸送する、102には麻酔を……』
圧搾式のスプレーガンだ、中身は通信の通り、麻酔だろう。
「嫌っ!」
アスカは抗ったが、腕に打たれてしまった、くらりと意識が混濁する。
(あ……)
倒れてしまう、しかし『力』に目覚め始めた……、実際にはそう設定されているだけだが、今のアスカには麻酔は完全には効かなかった。
おぼろげながらに研究員が倒れるのを確認した。
「アスカ!」
アスカは駆けて来るカヲルを見付けた。
背中に腰まである髪が揺れていた。
「カヲ、ル……」
手を伸ばす、助けを求めて。
カヲルは銃弾を浴びても、金色の光をもって弾いていた。
(あれは……)
急激に意識が覚醒する。
(あれは)
間違い無い。
知っている。
「だめ……、逃げて」
恐らくこの騒ぎを起こしたのは彼だろう、誰のために?、自分のためだと分かっていた。
また力のレベルについても直感していた、シンジに触発された時のように、自分の中にある物を沸き上がらせていた。
あの時の自分に比べて明らかに弱い、それが証拠に彼は傷ついていた。
腕から血を流していた。
「馬鹿が!、崩壊因子を組み込んである、出来損ないのお前じゃ因子の駆逐は」
そう言う事もあるのだろう、レベルが上がれば、もっと『完成体』に近づけば、因子に負けない、もっと強靭な肉体を得られていただろう。
だが惜しいかな、彼はそのレベルに無い。
「カヲル!」
アスカはすぐ側で銃を構える男を呪った。
偽の出来事だと分かっているのに、分かっていたのに、見てはいられなかった。
男は曲がり角の影に隠れていた、痛みによろけているカヲルは気付いていない、それどころか、彼はアスカに対して微笑みを向けていた。
「やめてぇ!」
アスカは叫んだ、視覚も、触角も、聴覚も、全てがこれは現実なのだと訴えていた。
アスカはその感覚を受け入れた。
続く
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
Q'はGenesis Qのnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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