夜、星空の郊外。
 田んぼのあぜ道、そのど真ん中に一つの公衆電話があった。
 受話器を取る手は白く、細い。
 少年とは思えない繊細さを秘めている。
 カヲルである。
 灯一つない人気の無い場所だけに、白く浮き立つ姿はまるで幽鬼のようであった。
 纏っている雰囲気とも、相まって。
『なんだ』
 電話の向こうの主は冷たい。
「僕です……」
『分かっている、早くしろ、わたしは忙しい』
 カヲルは調子を崩さずに続けた。
「彼女に……、何を仕掛けたんですか?」
『知らん』
 即答であった。
『わたしの関知するところではない、用はそれだけか』
「それだけとは……、冷たいんですね」
『わたしにはわたしの役割がある、わたしは避難所ではない』
「避難所?」
『逃げずに、向き合う事だな』
 がちゃんと無情に切られてしまった。
「……全て、お見通しですか」
 苦々しく、それでも笑みを浮かべて受話器を戻す。
 がちゃんとフックの下りる音がして、カードが吐き出される。
 カヲルはそれを手に取って見つめた。
 赤いテレフォンカードであった。
「……何があったかも、僕がどうして訊ねているのかも、それが今の危ういバランスを崩さないための逃げでしかない事も、全て見越してもなお、立ち向かえと言うのですか、あなたは」
 笑みが皮肉に変わる。
「その通り、僕達は僕達で歩いていくしかない、もう子供ではないのですからね」
 カヲルはぐしゃりとカードを握り潰した。
 角で手が切れ、血が流れ出す。
「血の赤……、心の痛みには届かない、この胸の内に血を流すことになったとしても、戦えと言うのですか、やはり酷い人だ」
 電話ボックスを出て、空を見上げる。
 月は中天に差しかかったばかりであった。






 教室のざわつきはいつも通りで、特に対した事も無い。
「じゃあ、大したことないのね?」
「はい、シンジ様はそうおっしゃってましたぁ」
 ミズホはニコニコと、机の上と中の参考書を入れ替えながら答えた。
 ほっと胸を撫で下ろすヒカリ。
「もう!、アスカも注意が足りないんだから」
 ガラッと戸が開き、鞄を肩に担ぎ下げた少女にクラスの視線が集まった。
「アスカ!」
 喜ぶヒカリ。
 アスカは罰が悪そうに片手を上げ、苦笑いを浮かべた。
「もういいの?」
「あ、聞いたの?」
 アスカはそう問い返した。
「さっき、ミズホに」
「そ」
 ちらりとミズホを見て、アスカは言葉を紡ぎ出した。
「悪かったわね、シンジ、借りちゃって」
「ふへ?」
 首を傾げる、それはもうおかしそうに。
「アスカ?」
「ああ、ちょっとね……、シンジの馬鹿が心配しちゃって、この子を放ったらかしにしたらしいから」
「そうなの?」
 ヒカリの目に、ミズホは一応頷いた。
「はぁ……」
「なによ、嬉しくないわけ?」
 ミズホはぷるぷると首を振った。
 尻尾もつられてゆらゆら揺れる。
「シンジに甘えられた?」
「はぁ」
「そ、良かったわね」
 微笑みに、ミズホは今度もはっきりと首を傾げた。
「ミズホ?」
 ヒカリの問いかけに、ぽろっと漏らす。
「アスカさんが……、変ですぅ」
「そう?」
「はい、だって」
 じっと見る。
「お優しいですから」
 ビキッと。
 何かがひび割れた音がした。


「どういう意味よぉ!」
「ああっ!?、いつものアスカさんに戻りましたぁ!」
「ミズホ!」
「やっぱりアスカさんはアスカさんですぅ!、頭を打たれたと聞いておりましたのでぇ!」
「こらっ、逃げるなっての、あんたわ!」
「うきゅー!」
 アスカが途中から登校して来た頃、別の教室ではシンジが未だ沈んでいた。
「暗いねぇ」
「そう?」
 マナの問いかけに、一応は言葉を返す。
「そう言う時はぁ、ぱぁっと遊んで遊んで!、えっとぉ、今日のデートは何処が良い?」
「……好きにしてよ」
 突っ伏しているシンジの目の前に腰掛けて、わざとらしく唾をつけた指で雑誌のページをめくろうとしたマナであったが、結局はそのまま動きを止めてしまった。
「あのぉ、シンジ君?」
 見下ろして、そう言えば、と思う。
(お尻に手、当たってるんですけど……)
 別に厭らしい意味合いでなく、単に腕枕に近い、だらけかたのせいで触れているだけなのだが、それでもいつもなら起き上がって離れようとするはずだ。
(ちょーっとつまんないんだけど)
 マナは教室を見渡し、ちらちらと様子を窺っているレイに気が付いた。
(わたし……、を気にしてるわけじゃないか、シンちゃんにどう接して良いか迷ってる?)
 もう一人の重要人物を探す。
(渚君がいない、浩一も姿が見えない、何かあったってこと?、そう言えば……)
 今朝の友人の態度を思い出す。
(いつもなら呼びに来るのに……、戸も開けないで、今日は休むって)
 首を傾げる。
(でも、あたしに内緒で浩一と何かしたってことはないでしょうし、じゃあ、なんで?)
 分けがわからない。
(でもま、いっか)
 わりとあっさりと感情を切り替える。
 マナは本で彼の頭を叩いた。
「落ち込んでてもしょうがないんじゃない?、今日はカラオケ、ね?」
 シンジはその笑顔に、またいつかの記憶を掘り起こした。






(友達……、好きとか、嫌いじゃなくて、単純に友達って、こういう事なのかな)
 レイが、言われるまでも無くと今日は離れたからだろうか?、シンジはマナと二人きりで学校を出た。
 楽しげに腕を組んで来るマナ、その跳ね気味の髪が顔の半分をくすぐる。
 僅かに背が低いだけのマナにとっては、シンジの肩など首の座りが悪かった、ただその分、擦り寄り甘えるには都合が良い。
 シンジはそれを許容していた、実際は無感動に受け止めていた。
(確かにその通りかもしれない、好きだとかなんとか……、今はレイやミズホとだって、話すのが辛い、だってアスカみたいになったらって)
『好きになるんじゃなかった』
(そうだね、好きにならなきゃ、こんな気持ちにならなくてすむんだ、友達でも良いじゃないか、友達なら……、ずっと、仲が良いままで居られるんだから、こんな風に)
「シンジってば!」
「え?、あ、ごめん……」
「もう!、で、どこのカラオケに行く?」
「マナの好きな所で良いよ、あ、でも……」
「なに?」
「そんなに持ってないんだよね、今」
「じゃあ割り勘ね」
「うん」
 表面上は仲の良い二人のやり取りであるが。
(好きにならなきゃ良いんだ、本気で……)
 シンジは仮面を被る事を覚え出していた。






「あれ?、レイ、シンジは?」
 校舎玄関口で鉢合わせしたアスカは、ミズホとヒカリを伴ったままでレイに訊ねた。
「マナと……、遊びに行っちゃった」
「はぁ!?、で、あんた黙って見てたわけ?」
「うん」
「何やってんのよ!」
「え?」
「あんたどうかしてんじゃないの?、あんな女にシンジを貸すなんて!」
「貸す?」
「そうよ!、で、何処に行くって言ってたのよ!?」
「カラオケ、とか」
「そこまで分かってて、どうして!」
 顔を背ける。
「どうしてって……」
「あんたねぇ!、あの女が二人っきりで何もしないわけないじゃない!、それも個室っ、二人っきりで!、そうでしょうが!」
 その剣幕にはミズホですら後ずさった。
「アスカさん?」
「あんた分かってんの!?、シンジが居なかったら!」
 何かを言いかけて、はたと止める、言葉を噤む。
「シンジが好きなら……、ちゃと繋ぎ止めとかないと」
「なに?」
「何って……」
 アスカはレイの口調が、レイの瞳の色が変わっている事にも気付かず、答えた。
「シンジが居ないと、居場所が」
「居場所?」
 はっとする。
 その口調に。
「レイ?」
 レイの顔を見て、目を見て、アスカは息を呑んだ。
(カヲル!?)
 記憶の……、勿論擦り込まれたカヲルのだが、それに通じる物があった。
 磁器のように濃淡のない肌、色彩のない髪、赤い瞳。
 彼女は容姿に勝る冷たい声で言い返した。
「あなた、勘違いしているんじゃないの?」
「な、によ……」
「わたしは、側に居て欲しいと頼まれたから、ここにいるだけよ、別に、頼んで置いて貰っているわけじゃないわ」
 身を翻す。
「さよなら」
 他人、どれほど近しいと感じていても、同じ屋根の下に住んでいても。
 その彼女が取った態度は、やはり他人である、あるいはいつでも他人になれるのだと言うことを知らしめていた。







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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