(なんだってのよ……)
 呆然と見送った後も、アスカはその場に立ち尽くしていた。
(人がせっかく!、……せっかく?)
 はてと首を捻る。
(せっかく……、優しくしてやったってのに?)
 アスカはその台詞を、ゆっくりと区切るように思い浮かべて、青ざめた。
(あたし、何考えてんのよ!)
 それでは正に、同情ではないか。
(憐れんでるっての?、レイを……)
 ゆっくりと目を丸くしたままで振り返る。
「な、なんですかぁ?」
 ミズホは脅えるように後ずさった。
 それ程アスカの表情が、嫌悪に満ち満ちていたからだ。
 自分への蔑みで。
(なんで?、どうしてそんなこと考えたのよ?)
 理由は?
(あたしも……、そうだから?)
 またも記憶が混乱していた。
 架空の出来事を過去として捉えてしまっている。
(だから、慰めて欲しいの?、見捨てないで欲しい、守ってもらいたい、ここに居たいの?、でも)
 先程のレイの言葉は、その考えを全否定する物だ。
(ここに居てくれと……、頼まれた?、誰に?、シンジ?)
 本当の所は、アスカには分からない。
 だがちくりと胸が痛いんだ。
(シンジ……、レイとの間に、そんな約束をしてたの?)
 側に居てくれなどと。
(頼んで……、置いて貰ってる訳じゃない?、じゃあ、ここから追い出されたらどうするのよ)
 アスカには想像も出来ない。
 親も、家も、友達もおらず、たった一人で生きる事など。
(傲慢だっての?)
 優しくしたいと思う事が。
 優しくされたいと思う気持ちを重ねる事が。
 二つの感情が同時にせめぎ合った。
『何よ!、転がり込んで来といて、何勝手な事言ってんのよ!、だったら出てきゃ良いじゃない!』
『何でそんな事が言えるの?、じゃあ、あんた好きでも無いのに、嫌々ここに居るの?、シンジの側に居たかったんじゃなかったの?』
 好意を無下にされたことと、好感を裏切られたことによる感情、しかしそれすらもこれまでには無かった物だ。
 ここに居るのも、側に、一緒に住んでいる事さえ当たり前と受け入れられていたのに、何を今更、理屈付けて難しく考えることがあるだろうか?
 現実と仮想、二つのアスカが交錯し、混乱を引き起こしている。
 他人事であったからこそ、深く考えずに居られた事が、自分のことであるから、考えずに居られない。
 その点においては、開き直っているとも考えられるレイは、強いとも言える。
 あるいはその強さも、シンジの許容があってこそのものなのだが、アスカがそこまで思い至ることは無い。
 アスカはただ、先程のレイに、自分の知らない姿を見て、その点に思考を集約させた。
(さっきのは、一体?)
 冷めた態度だと思う、そう、あの施設に、居た子供達のような……
 アスカは顔を上げ、レイが去った方角を見やった。
「あたしの知らないことが、まだあるんだわ」
 それは確信に近い感覚だった。






 人が忙しなくすれ違う街中であっても、彼女の足早な歩は明らかに異常であった。
(そう、わたしは、頼まれているから、ここに居る)
 言ったのは誰か?
(最初は、あの人)
 碇ゲンドウ。
(今は、あの子)
 碇シンジ。
(そう、ここに居てもいいと、許されているから、ここに居る)
 ここに居られる、とは考えない。
(許される限りは……)
 何があろうとも、居続けるだろう。
 それは『自分』の『意志』だから。
(あの子が居て欲しいと言ってくれる限り、その甘い言葉には逆らえない、でもそれはあの人の言葉とは違う、居場所を失う事を恐れて媚を売ることとは違う、彼は居て欲しいと言ってくれる、居て欲しいのは同じ、居てもいいと考えてくれている、居てくれて構わないのも同じ、あの人はその関係を理解していない、いいえ)
 彼女は立ち止まると、半身だけ、振り返った。
「分からなくなったの?」
 その視線の先、人ごみに紛れるように……
 赤い髪の少年が、埋もれていた。


 カラオケから帰還したシンジは、出迎えた幼馴染に戸惑った。
「アス、カ……」
「お、おかえり、早かったのね」
「え、うん……」
「マナの二人っきりだって言うから、ご飯、食べて来るのかと思ったわ」
 そっぽを向きつつの言葉に、またシンジも顔を背けた。
「なんだよそれ……、別に、いつも帰って食べてるじゃないか」
「いつも?」
「そうだよ」
「あんた……、ねぇ」
 引っ掛かりつつ、それでも言い諭す。
「少しは、レイとか……、ミズホのこと、考えなさいよ」
「……なんだよ、それ」
「あんたが居なきゃ、……二人とも、不安になるじゃない」
「不安?」
「そうよ」
 シンジはきゅっと唇を噛んだ。
「別に……、良いじゃないか」
「良い?」
「そうだよ」
 顔を上げる。
「別に、友達と遊んで来るぐらい、良いじゃないか、ずっと一緒に居なくったって」
「あんた」
 アスカは目を細めた。
「本気で言ってるの?」
「なんだよ」
「本気で言ってるのかって聞いてるのよ!」
「何怒ってるんだよ!」
「あんたねぇ!」
 鼻息を吹く。
「こんな!、誰も居ないような家、お帰りなさいも言ってもらえなくてっ、必要ないとか!」
「アスカ?」
 泣き混じりで、どこか不安定に揺れて、言葉が怪しい。
「それなのにっ、一緒に居なくても良いなんて!」
「何泣いてるんだよ?」
「泣いてない!」
「泣いてるじゃ……」
「泣いてないわよ!」
 癖……、なのだろうか。
 手を振り払うように腕を振った。
 シンジは手を差し伸べていないと言うのに。
「どうして、放っておけるのよ!、なんで安心してられるのよ!、なんで!」
 訴える。
「勝手してられるのよ!」
 シンジは黙り込んだ。
 言い返せる雰囲気ではなくなったからだ。
「何とか言いなさいよ!」
 アスカは苛立って、シンジの胸を突き押した。
「あんたがしっかりしないから、レイも、ミズホも寂しがって、泣くんじゃない!」
「泣いてる?、二人が?」
「そうよ!」
 叫ぶ。
「そんなこと……、ないよ」
「なんで!」
「分かるよ、だって」
 アスカはハッとした。
 レイとの話しを思い出したのだ。
「そう……」
「なに?」
「そういうこと!」
 パンッと叩く、シンジはよろめき、背を柱にぶつけた。
「アスカ?」
 アスカはキッと睨み付けた。
「あんた達だけ、勝手に分かり合ってりゃ良いのよっ、ばかぁ!」
 どたどたと階段を駆け上がっていく。
 シンジは頬をさすった。
「……シンジ様ぁ」
「ミズホ?」
 奥から顔を覗かせている。
 アスカの去った上を見てから、ミズホは口にした。
「今日のアスカさん、変なんですぅ」
「……みたいだね」
「何か御存じありませんかぁ?」
「ううん」
 シンジはゆっくりとかぶりを振った。
「知らないよ」
「そうですかぁ……」
 残念そうにするミズホ。
 シンジはまだ、頬をくり返し、さすっていた。



続く







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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