「ただいま」
 言葉はいつも通り、だが反応は違う。
 家の中は真っ暗で人気は無い。
 しんと静まり返った空間は、耳に痛いほどの静寂を生み出している。
「ミズホはお稽古、レイは本屋か……」
 意識的にアスカは避けて、靴を脱ぎ、家へと上がる。
 二階までは良い、だがその先の自室には嫌なものを感じる。
「ただいまぁ」
 どれ程そうしていただろうか?
「シンちゃん?」
 帰って来たのは、レイだった。


Neon Genesis
EvangelionGenesisQ'135

「天に轟く神々の詠」


「シンちゃん……」
「うん……」
 シンジはロフトへの階段を見上げた。
 それだけでシンジの悩みは見て取れる。
 どう言葉を掛けるか迷っているレイに苦笑し、シンジは自分から告白した。
「恐いんだ」
「え……」
「カヲル君が、居るんじゃないかって思うと、どうしていいんだか、分からなくて」
「そう……」
 レイの瞳に写るシンジは、何も考えないように努めていた。
「学校じゃ……」
「うん?」
「学校じゃ、普通にしてたよね?」
 レイの質問に苦く笑う。
「だって、他にどうしようもないじゃないか」
「ほんとに?」
 縋るように問いかける。
「ほんとに、そう思ってる?」
 顔を伏せるシンジ。
「前に……、言ったかな?、思ってたことがあったって」
 寂しげな目で言う。
「その内……、みんな僕に愛想をつかして、きっと離れてくんだって」
「シンちゃん……」
「それでも僕を嫌わないでいてくれるのかなって、最後まで残ってくれるのは誰なのかなって、……結局自分では決められないんだなって、ずっと前の話しだけどね」
 笑って護魔化す。
「今……、そうなのかもしれない、たまたまアスカが、一番早くそうしようって思っただけなのかもしれない、だから我慢しようって、決めたんだ」
「我慢?」
「うん……、好きとか、嫌いとかじゃなくて、きっと今は辛いけど」
 レイにまで、アスカに向けたような目を作る。
「だってさ、みっともないでしょ?、嫉妬して……、自分が悪いのに、勝手に恐がって、避けて、嫌な感じだよね」
 諦めと呆れを混ぜ合わせる、自分に対して。
「だから平気な振りをしようって思ったんだ、普通にしてようって……、そうすればきっと、それが当たり前になるから……、慣れるから」
「でも、それじゃあ……」
「嫌われた訳じゃないって、思いたいんだ」
 シンジは本音を吐いた。
「もっと好きな人が出来たんだって、応援してあげたいんだ、良い人で居たいんだよ!、嫌われたくないんだ……」
「シンちゃん……」
「もう良いんだ……、疲れた」
 そう言って、気怠く柱にもたれかかる。
「楽しかったと思う……、ううん、楽しかった、けど今は辛い事ばっかりで苦しいんだよ、学校でさ」
 薄く笑う。
「アスカを見かける度に、隠れてるんだ」
「え……」
「隠れたり、別の廊下を使ったりしてさ、避けてる、でもそうでもしないと、話しかけて、また……」
 その先は切った、思い出したのは先日泣かれた事についてだ。
「喧嘩したくないんだよ」
「うん……」
 同意ではない、ただ理解したと言う返答だ、しかしシンジは強引に話を進めた。
「だからさ、少し、頭を冷やして来ようと思ってる」
「頭を?」
「もうすぐ、ゴールデンウィークでしょ?」
「ええ」
「けど……、一日中顔合わせてるなんて、そんなの無理だよ、今は我慢できないよ」
 レイは悲しげな顔をした。
「そう……」
「うん……、きっとアスカも嫌がる……、と思う」
 嫌悪に満ちた顔が思い浮かんだ。
「息が詰まるでしょ?、レイだって……」
「そんな……」
「ううん、気を遣ってくれてるの、分かってるから」
 優しげに微笑むが、悲しい笑みだ。
「だからね、ゴールデンウィークの間……、旅行してこようかと思ってる」
「旅行……、って、どこに?」
「まだ決めてないけどね」
 シンジは冗談めかした。
「あんまり良い所って思い浮かばないんだよね……、そんなに遠くに行けるほどお金無いし、ちょっと泊まりで出かけて来るくらいしか」
「だったら!」
 レイは焦るように訴えた。
「あたしも行く!」
「え?」
「良いでしょ?、貯金なら、結構あるから……、足りない分、出してあげるから、シンちゃんの好きな所で良いから、それに……」
 顔を伏せる。
「邪魔……、しないから」
 きゅっと胸元で手を握り込む、その仕草は罪悪感を感じさせるものだった。
「うん……」
 だから、シンジは頷いた。
「ありがと……、心配してくれて」
 シンジはそう答えて、了承した。






 ピンポーン。
 緊張気味の指でインターホンを鳴らす。
 アスカは一歩下がって、ドア向こうから自分の顔が確認できる様にした。
 頬が強ばっている、緊張から握り込まれた手は汗ばんでいた。
 反応が無い、アスカはもう一度鳴らそうと動いた。
 がちゃりと……、悪い間で扉は開いた。
「あ……」
 アスカは何かを口にしようとして、言えず、口ごもった。
 しかし相手の方は、彼女が来た理由も、何もかも、承知しているようだった。
「良くここが分かったわね」
「え、ええ……」
 ミヤである。
「ま、上がって」
 躊躇するアスカに冷たく言う。
「先に言っておくけど、ここでの会話、盗聴されるから」
 アスカは二の足を踏んだが、結局は意を決して飛び込んだ。


「で」
 ミアは一応、お客さんとして扱った。
 コップに氷とオレンジジュースを入れて、ガラステーブルの上、コースターを敷いて置く。
「何が聞きたいの?」
 アスカは正座の上、顔を逸らしていたが、ややあって口走った。
「どうして……」
「ここに来るって、分かったかって?」
 こくんと頷くアスカに、ミアは苦笑した。
「見張ってるから」
「え!?」
「って言うのは、嘘」
 ぺロッと舌を出す。
「単なる消去法、何かあったのは分かってたし、知ってたから、連絡が取れる中で何とか聞けそうな相手って、あんまり親しくないあたしを選ぶだろうなって思ったの」
「そう……」
「事情が事情みたいだし、レイやカヲルには聞けない、ミズホは当てにならない」
「事情?」
 アスカはキョトンとした。
「事情って……、あんた、知ってるの?」
「詳しいことは知らないけど……、あれは強烈だったもん」
「あれって?」
「分かってないの?」
 ミアは驚きつつも口にした。
「カヲル!、って、惣流さん、叫んだじゃない」
「え!?」
「凄く強い声だった……、はっきり知らなかったし、そうなのかなって疑ってたけど……、惣流さんもあたし達と同じなんだって」
「ちょ、ちょっと待って!」
 アスカは焦った。
「叫んだ、ってなによ?」
「へ?」
 何を今更と言う顔をする。
「『声』を使って……、声って、その、テレパシーみたいなものなんだけど、あたし達の間だけで使える」
「そんなの使って、あたしが叫んだっての!?」
「そうよ?、それもカヲルって、はっきり」
 口を尖らせて言う。
「凄く切羽詰まった声で、助けてって……、あれって普通じゃなかった、普通、あんな風に叫ぶ相手って、一番の人なんじゃないかな?」
 アスカは葛藤を感じた。
(一番?、あたしの一番は……)
 シンジが思い浮かぶ、小さな頃から、鼻を垂らしていた頃から、泣き虫の頃からの。
 だがその姿は非常にぼやけていた、それ以上にくっきりとした映像で、あの『カヲル』が浮かび出てしまった。
(あた……、し、あたし?)
 アスカはここに来て、ようやく自分の異常を悟った。
「惣流さん?」
「え?、あ……」
「大丈夫?、顔色悪いけど……」
「ええ……、大丈夫よ」
 大丈夫、とくり返し、ジュースのストローに口をつける。
「あたし……、カヲルって、そう叫んだの?」
「ええ」
「それが、あんたにも聞こえたっての?」
 ミヤは下唇と顎先の間に拳を作った。
「あたしに聞こえたって……、言うんじゃなくて」
「え?」
「あたしにも、聞こえちゃったって感じで……、だからみんなに聞こえたんじゃないかな?」
「みんな?」
「そう……」
 探るような目をしてミヤは告げた。
「力を持ってる、みんなに」
 アスカはそれこそ、蒼白になった。







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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