思ってた、ずっと思ってた。
 アスカはずっと側に居る人だって思ってた。
 根拠なんてなかったのに、どうしてそんな事、信じていられたんだろう?
 アスカは……、あんまり帰って来なくなった、良く泊まりに出る。
 カヲル君は全く帰って来ない、二人揃って何処へ行ってるのか、考えるのが辛い、だから知りたくなかった、知ろうともしなかった。
 だから時間だけは、凄く単調に流れていった。


Neon Genesis
EvangelionGenesisQ'136

「白い迷宮」


「シンジ様ぁ!」
 四月の終わりでまだ水も冷たいというのに、ミズホははしゃいで波打ち際で遊んでいた。
 フリルの着いたチェック柄のスカートをたくし上げ。
 それを苦笑して見ているシンジの隣にはレイが居た、寒さと暑さが入り交じる季節だからか、ランニングシャツの上に皮コートと言う出で立ちだ。
「ねぇ、シンちゃん」
 潮風に暴れる髪を邪魔っけに弄る。
「こうしてると、ミズホが子供で、あたし達夫婦みたいだと思わない?」
 シンジは苦笑した。
「子供って言うのは、いくらなんでも酷いと思うよ?」
「きゃう!」
 ミズホは言ってる側から波を浴び、ひっくり返って濡れていた。


「うきゅ〜……」
 びしょびしょのミズホを宿に連れ帰る。
 二階建の民宿だ、旅館と言っても差し支えない大きさの、和風の木造建築である。
 玄関から入って受け付けを通って、ようやく中に入ることができる。
 シンジは風呂が使えるかどうか聞こうとして立ち竦んでしまった。
「おや、どうしましたか?」
 皺が笑っている様な作りをしている、この宿の主人だ。
「あ、あの……」
「ああ、大変だ」
 先にミズホを見付けてくれた。
「あ、でもまだボイラー入れてないんだよ、でも露天風呂は六時まで女湯だから、そちらで暖まるといい」
「すみません」
「ありがとうございますぅ」
「さ、行こ、ああ、シンちゃん、悪いけど部屋からタオルと浴衣、持って来てくれる?」
「うん」
 シンジはそれでも立ち去らずに、思い切って訊ねることにした。
「あの、なにかあったんですか?」
 つい警官の方に目をやってしまう。
「ああ、浜にね、妙な物が打ちあがってねぇ」
「妙な物って」
「カプセルとか、コンテナだとか、まあ大慌てだよ、中に生き物が入ってたんじゃないかって、そう言えばさっきの子、海で濡れたんだろう?、おかしな物は見なかったかい?」
「はぁ、別に、大した物は」
「他の人にも聞いてるんけど、目撃したって話しはないし、まあ、大丈夫だろうとは思うんだけどね、一応人気の無い所や、岩場なんかの隠れ場所の在る所には、余り近付かないように注意してくれるかな?」
「分かりました」
 シンジは素直に頷くと、ちょっとだけ胸を撫で下ろした。
「考え過ぎ、かな?」
 自分達の出張る所で常に事件が起きるなど、と、シンジは自嘲気味の笑みを漏らした。






 無機質なだけの四角い空間には、ただ執務用の机が置かれているだけだった。
 隅にある観葉植物が、部屋の主ではなく、代行管理者の努力を窺わせる、もっとも、その植物も作り物ではあったが。
「久しぶりだな」
「そうですね」
 二人はそれぞれに、似たような笑みを浮かべあった、相手を皮肉り、からかう物だ。
「ここへのルートは、誰に聞いた?」
「言う必要が?」
「イロエルとアルミサエルか……」
 その呼び名に少年は顔を歪める、一方で男の隣に控えていた女性は、秀麗な顔に多少の困惑を浮かび上がらせていた。
 カヲルと、甲斐と、カスミ。
 カスミの顔にだけは、緊張感が漂っていた。
「それで?、用は何だい?」
 かれは気軽に訊ねた、椅子に腰掛けたままで足を組み、その膝に手を掛けて。
「何故……、あなたは、あんなものの用意を」
 甲斐は口元に笑みを浮かべた。
「それは違うな」
「違う?」
「必要だと頼まれたから、作ったに過ぎない」
「詭弁ですね」
「そうかい?」
「だったら、何も僕の姿似を使う必要は無かったはずだ」
 それはアレクに渡された、アスカが体験させられた擬似空間についての基礎データのことである。
「なるべく再現率の高い物と言う注文だったのでね、手持ちに在るデータの中では、タブリスの物が最も多かった、それだけのことだよ」
 カヲルは笑いを潜めた。
「つまらない言い訳ですね」
「そうか?、作る側としては面白い作業だったがな、それをどう使うか興味もあったしね」
「その結果が、あれですか?」
 肩をすくめる。
「それは責める相手が違うな、俺はあれを、誰に、何のために使用するのか、それは聞いていなかった」
「無責任な」
「苦労したんだがな、君達の誰が知っても思い出したくないと怒るだろうからね」
「カヲル」
 カスミが動いた。
「これから、どうするの?」
「さあ?」
 薄く笑う。
「今度のことで良く分かりましたよ、結局あの人達も、甲斐さんと変わらないと言う事がね」
「ほう?」
「放っておいてくれればいい物を、薮をつついて蛇を出す」
「傲慢だな」
 怪訝そうな顔をさせる甲斐。
「見守ってやっている、守ってやっている、そうやって優位性を示す事で、自分の足場を手に入れて来た、だから怒っているんだろう?」
「違いますよ」
「いいや違わないな、お前は今まで自分と彼らとの間には一線を引いて来た、笑いの仮面は、苦痛と苦悩までも分かち合わないため、違うかい?、しかしその努力を無にされた、守れなかった、存在価値、レゾンデートル、お前にはそれが無くなった」
 ビシッと音がした。
 机の角が切れ落ちる。
「……この机、据え置きだから修理が難しいんだがな」
「言うことはそれだけですか?」
「意味の無い脅しは止めた方がいいな、安っぽくなるだけだ」
「何を……」
「あちらでも同じことをしたそうだな」
 ニヤリと笑う。
「俺とお前との差はそこにある、ゲンドウ、アレクともな、上辺だけの覚悟を語るだけでは何も変えられんぞ」
 吐息をつき、背もたれに体を預け、目を閉じる。
「帰りなさい、タブリス、お前はゲンドウはおろか、俺にも、アレクの代わりにすらなれない」
 歯噛みし、身を翻し出て行く。
 それに薄目を開いて甲斐は呟いた。
「買い被り過ぎだな、ゲンドウ」
 まるで友に語りかける様な口調であった。


「薄情、なのかな」
 シンジは一人呟いた。
「なんだか、いつもと変わんないや」
 居るはずの人が居なくても。
 大袈裟に逃げて来たわりには、大した心の変動はない。
 部屋は和室で、四人部屋だった、割と広くてくつろげる。
 夜、並べられた布団はシンジを真ん中に、右にレイ、左にミズホ。
 レイは起き上がると、うにゅうにゅと口をもごもごさせているミズホに目を向けた。
 幸せそうに布団を抱き込み、股で挟み込んでいる。
 はだけた浴衣は色っぽいというよりも、目が当てられない。
 シンジの布団は空だった、襖で仕切られた向こうに人影が見える。
 シンジはくつろぎ、月を見上げていた。
 ちょっとした間の椅子に座って。
 レイ、ミズホと違って、一人浴衣ではなくスウェットを着込んでいた。
「眠らないの?」
「うん……」
 シンジは振り向かずに答えた。
 ぱたんと閉じられ、仕切られる。
「心を開かなければ、悲しみからは逃れられないわ」
 固い声に苦笑する。
「綾波なの?」
「ええ、……寂しい?」
「……うん」
「辛い?」
「そうだね……、だから、面倒になって、もう何も考えないようにしてるのかもしれない、何も考えられないんだ、何にも思い付かないんだよ」
「嘘」
「え?」
 彼女はシンジの隣に立った。
「心を凍てつかせれば、悲しくも辛くも無くなるわ、でも、永遠に寂しさから逃れられなくなる……、あなたは、それでもいいの?」
「良くない……、良くないけど、でも、どうしたらいいのか分からないんだ」
「疲れたのね」
 そっと、シンジの肩に手を掛ける。
「……ギター」
「え?」
「もう、弾かないの?」
「……分からない」
「歌わないのは、あの人を思い出すから?」
「多分……、だって、最初に誉めてくれたんだ、一番聞かせたいと思った、ガンバレって応援してくれて……、嬉しかったな」
「今は?」
 答えられない。
「嬉しくないのね」
「うん……、でも全然嬉しくないわけじゃないんだ、でもトウジや、ケンスケ、洞木さんや、みんなが応援してくれるのと、アスカの応援をこれからは同じに感じろって、今更無理だよ、そんなの」
「だから、弾かないの?、歌わないの?」
「かもしれない、だって弾かなきゃ、感じる必要ないから、感じたりする事も無いから」
「そう……」
「もう……、なんだか、どうでも良くなっちゃってさ」
 自嘲気味に笑う。
「本当は何でも良かったんだ、誉めてくれるから、みんな期待してくれたから、僕自身、人に自慢できる物が欲しかったんだ、アスカにも、レイにも、ミズホにも釣り合えるだけの自信が欲しかった」
「手に入れられたの?」
「結局は……、中途半端で」
「あなたは人が誉めてくれるから、歌っていたの」
「それは違うよ、違うはずだ」
「そうね、誰も誉めてくれなくても、あなたの歌は、あなたの歌だわ、あなたが心から、歌う限り」
「うん……」
 再び月を見上げる。
「そうだね……、そうかもしれない、けど」
 ゆっくりと呟くような、囁くような旋律が耳に入る。
 それは彼女が紡ぎ出した唄だった、が……、その背後、襖には、ゆらりと立ち上がるミズホの不自然な挙動が映り込んでいた。







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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