「シンジ君は、本当に早とちりが得意だね」
「え?」
 困惑するシンジを楽しげに見つめる。
「いつもそうだ、確かめもしないで、自分の中で結論付ける、でもね?、それが人の心を傷つけることがあると、考えた事があるのかい?」
「何を……、君が何を言っているのか分からないよ、浩一君」
「これはね」
 浩一は答えずに、奇妙な軟体動物を良く見えるようにした。
「人間なんだよ?」
「人間?、それが!?」
「そう、正しくは人間になるはずであったもの、アミノ酸から組み上げられた純然たる合繊蛋白質の結晶体、その遺伝形状には、君達のものが参照された」
「僕達?」
 怪訝そうなシンジと違って、綾波の目に剣呑な物が過った。
「何故?」
「それは難しい問題だね」
 面白げに語る。
「かつてこの地には、先史文明と呼ばれる超古代文明があった、もちろん、そんな胡散臭い呼び方をしたのは現代の学者諸氏であって、彼らは特に自分達が超が付くほど凄いとは思っていなかったけどね」
「何が……、言いたいの」
「その中にあって、王、あるいは王となろうとした人物が居たと言う事さ、両雄並び立たずと言ってね、力ある者同士で力尽きるまで戦った」
「それが?」
「それからのことは、僕は知らない、僕が知っているのは万が一を考え、一人が己の知と、存在の全てを託した記録を残したと言う事だけだよ」
「記録?」
「かつて人は天上へ登る頂きを築こうとした、名をバベルと言う、だが一方で人は地の底の底へ潜る階段を設けていた、これはバベルに対してリバースバベルと呼ばれる事になった」
「リバース……」
「神話はいつしかねじ曲がり、人の間にはバベルは天の怒りに触れて雷を受け、崩壊し、リバースバベルは悪魔を封じるために蓋をされたのだと言う、逸話が残される事になった、しかしね、十数年前、偶然にもその扉に亀裂の入る、とてつもない事象が訪れてしまったんだよ」
「それは……」
 ごくりと生唾を飲み下すシンジ。
「そう、ジャイアントシェイクさ、偶然にも大地震によって隠されていた扉が人の目に触れてしまったんだよ、そして多くの人が死ぬ事になった」
「どうして」
「大半は自業自得だよ、最初の侵入者は多くの学者、探検家だった、彼らはあっさりと仕掛けられていた罠に掛かってね、誰一人として帰らなかった、だけどね、誰もそれがリバースバベルである事を疑わなかった、どうしてだと思う?」
「え?」
「その存在については、大昔から伝えられていたからさ、神、悪魔と言えば今も昔もヴァチカンだよ、彼らはいつの時も、歴史は一つで無ければ困ると考えていた人種だからね、ただ、その動きは性急に過ぎた、大勢の組織が嗅ぎつけ、ついには軍隊が出動し、奪い合う事態にまで発展した」
「そんな……」
「時はジャイアントインパクト直後の混乱期だよ、地球規模の磁気異常は衛星探査を困難にしたからね、それはもう部隊の派遣、派兵は簡単な事だっただろうね」
「それで、どうなったのさ」
「結果から言えば、地下も地下に、目的のものはあった、最初は土をくり貫いただけの階段だった、その後は人工の、そして組成の分からない合成物質で作られた施設が存在し、そしてそこにこれが納められていた」
 浩一はポケットから赤い玉を取り出し、見せた。
「それは……」
「コア、と呼んでいるけどね」
「コア?」
「そう、太古の知恵、知識の全てを凝縮した、情報の究極結晶体、言霊、と言う物を知っているね?、ああ、君は見た事があるかな?、血が生き物の様に蠢く様を」
 シンジには分からなかったが、綾波には覚えがあるようだった。
「血文字を固めた物だと思ってくれていいよ、この中には彼の知識と、魂と、精神の一部が封じ込められていた」
「知識と、魂と、精神……」
「不幸の始まりは、それらが違う組織の手に渡ってしまったと言う事さ」
「え?」
「その内の知識は日本に渡った、戦略自衛隊の手にね、彼らはこの知識の中から断片を拾い上げて僕を……、僕達を作った」
「浩一君、達?」
「そう、僕の前にも数体居たんだよ、ところがみんな自我を持つには到らなくてね、それでも人体としては人間を遥かに凌駕するスペックを兼ね備えていたから、人工知能と組み合わせる事で僕のためのサポートシステムとした」
「そんな」
「だが彼らは創造主である自分達の所業を、僕が正しく、それも極当たり前の倫理観に基づいた目で見るとは思わなかったらしいよ、作り物は人形のように言うことを聞く物だと、何の根拠も無く信じていたらしい、僕はある程度の力を持つに至って、脱走し、国連に身を寄せた」
「初めて、芦の湖で会った時は……」
「逃亡の途中だった、話しを戻そう、次に魂だけどね、これは解放と同時に飛び去ってしまった」
「飛び去ったって……」
「だけど魂が崩壊しない限り死とは言えない、魂は、それに相応しい器を求め続ける、十分な許容量を持った、空の器をね」
 ばっと顔を上げる綾波。
「まさか」
「そう、君達だよ、君達をコピーし、クローニングし、その果てにようやく魂の宿らない器を作り出した、時にはぶつ切りにし、繋ぎ合わせてまでね」
 その言葉に、シンジはあの男を思い出した。
 ドームで暴れた、あの男を。
「実験と研究と拷問の果てにようやく魂を宿さない肉体の開発に成功した、ところがだよ、肝心の魂を降臨させる前に、肉体には多くの魂が縋り付いてしまった」
「魂?、多くの?」
「その肉体の開発のために、犠牲にされた子供達のさ」
「そんな!?」
「彼らは己の体を主張し合った、その一つが、この子だよ」
 愛おしげに、蛭を撫でる。
「彼女に取り付いたのは、魂の形質が似ていたからだろうね、もっとも、復讐のための力を求めたのかもしれないけれど」
「復讐?」
「そうさ、分からないかい?、綾波レイ、渚カヲル、もっと言えば碇ゲンドウを巻き込んだ組織で無ければ持ちえないデータが、君の中にあるものだよ」
「僕の……」
「エヴァンゲリオン、この名前は覚えておいた方がいい」
 その目に息を呑まされる。
「分かるかい?、この世に本当の僕はただ一人だよ、だけど彼らにはそれを蘇らせるつもりは無い、ある組織は大いなる知恵を手に入れようとし、あるいは力を欲しているだけだ、彼らが蘇らせようとしている物こそ、悪魔であるというのにね」
「悪魔……、って、そんなの」
「いない?、でもいるんだよ、悪魔は確かに、この世にね?」
 綾波レイを見る。
「君は知っているはずだ、この世の地獄、悪魔と呼ばれるに相応しい所業の数々を」
「綾波?」
 彼女は珍しく目を背けた、余程思い出したくない事があるのだろう。
「とまあ、こんな風にね、僕には僕の事情がある、真実がある」
「へ?」
「なのに君は、真っ先に僕を疑い、決め付けたね?」
「……ごめん」
「謝れば良いと言う物ではないよ、特に、彼女の場合は」
「彼女?」
「惣流アスカ」
「え?」
「彼女もね、一つの地獄を見せられたんだよ」
 浩一は淡々とした口調で、真実を告げた。


「カヲル……」
「久しぶりだね」
 アスカはぶるりと顔を振って気を取り直した。
「何が久しぶりよ!、シンジは?、シンジは何処に行ったのよ!」
「さあ?」
「さあって……」
「だって、シンジ君には嫌われちゃったからね、誰かさんのおかげで」
 アスカはぐっと詰まった。
「……悪かったわよ」
 言ってからはたと気が付く。
「あんた……、知ってたのね」
「何を?」
「知ってて、黙ってたんでしょ!」
「いいや?、僕が知ったのは君が僕の……、僕の姿似を用いて作られた彼に付けた名を叫んでから、一週間ほど経ってからだよ、その間は、僕も随分と悩んだからねぇ」
「この……」
「シンジ君なら、傷心旅行だよ」
「は?」
「傷心旅行、失恋したからねぇ」
「失恋したって、誰に」
 アスカは指差されて焦った。
「あたし!?」
「そうだよ?」
 アスカはミヤから聞かされた話しを思い出した。
「だって、あれは!」
「僕に説明したって何にもならないよ、僕にとっても、君と通じ合っているだなんて、鳥肌が立つような話しだからね」
 と言って生白い腕を見せる。
「だったら……、だったらシンジに言うわ、直接!」
「そうかい?」
「ええ!」
「でもそれは難しいと思うよ?」
「どうして!」
 鋭い目を向ける。
「シンジ君は……、いいさ、ミズホもね?、でもレイにはなんて言うつもりなんだい?」
 アスカはハッとした。
「それは……」
「レイと同じ体験をしてしまったから?、その中で僕に良く似た子を見付け、名前を付けてしまっていたから?、それで?、今迄の様に付き合えなくなってしまった?」
 ぐうの音も出ない、今まさに責められたばかりのことだから。
 幻影のような、少女に。
「だって……、だけど」
「そうやって、自分の気を晴らしたいがために行動する、身勝手だね」
「じゃあ、どうしろってのよ!」
「知らないよ」
 突き放した物言いをする。
「余計な気を遣わずに、最初から打ち明けていれば良かったのさ、ねぇ、どうすればいいのかな、ってね、それとも、不安だったのかい?」
「不安?」
「そうだよ?、これから、あんな目に合わされるかもしれない、とね?」
 アスカは蒼白になった、そこまでは考えていなかったからだ。
「あた、しは……」
「君達を守るために、あの人はこの街を作り、治めている、いや、治めていた、けれどこの頃は余計な人が出入りし過ぎてね、正直、何度も君は、いや、シンジ君は危うい目にも会って来たよ」
「あ……」
「今君が抱えている想いは、正直古過ぎるのさ、少なくとも今の僕は、その思いだけで精一杯なんでね」
「精一杯?」
「僕達が居るから、敵が来る?、かといって僕達が居なくなれば、外敵は来なくなるのかい?」
「それは……」
「僕達が居るから迷惑を掛けているのか、僕達が居るからこそ平穏が守られているのか、このジレンマの抜け道の答えを、君は知っているのかい?、それとも、知らないままに、ここに居ればいいなんて口にしているのかい?」
「シンジは、どうなのよ……」
 アスカは自棄気味に叫んだ。
「だったら、シンジはどうなのよ!」
 すっと細くなる、赤い瞳。
「だから君は、好意に値しないのさ」
「あ……」
「シンジ君は、口に出さずとも答えを出してくれている、違うのかい?、今まで迷惑を掛けて来たよ、それでも僕達のせいだと責めたことは無い、今度だって、自分一人が傷つき、我慢する道を選んだ、他人がどうだろうと、居て欲しいから、その想いと、君自身の考えに、何か関係があるのかい?、シンジ君がどうであろうと、君自身の問題については影響は無いはずだ、だって答えは君だけのものだから、それとも、人がそうするから、人もそうしたから、僕達は憐れだから、だから憐れむべきだとでも考えたのかい?」
 蔑み。
「最低だね」
 窓枠の向こうに消える。
 アスカは肩を抱いてうずくまった。
「いや……」
 そんなつもりではなかった、つい勢いで言ってしまった。
 しかしその言葉が、不興を買ってしまったのは事実で。
「あたし……、どうすれば、いいのよ……」
 一人アスカは、うずくまった。



続く







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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