「ひとーつ切ってはシンジ様のため」
 ばつんと。
「ふたーつ切ってはシンジ様のため」
 ばつんと。
「みーっつ切っては」
「……ミズホさん」
 柔剣道場の隅に畳を敷いての華道教室。
 小和田奈々は、眉間に小皺をよせて非常に深い溜め息を吐いた。
「その無表情な笑いはお控えなさい、……恐いから」
「はう?」
 ミズホは鋏と向日葵を手に、きょとんとした顔をした。
 その向こうでは、剣山に刺された向日葵が三つ、びよんびよんと左右にそれぞれ踊っていた。






「アスカ達にも困ったものねぇ」
 やけに大人びた感想を述べたのはヒカリであった。
 髪を伸ばしているのかもう背の半ばに達してしまっている、この辺り女の子なのだろう、伸びが速い。
 また幾つかの点で急激に変化を見せていた、まずそばかすがもう見えなくなっている、体つきも一年生の時よりもさらにふくよかさが増していた、物的にではなく、物腰にだ。
 柔らかで当たりが軽い、それでいて受け流すのではなく、受け止める、愛では無くても情は見られる。
(センセも大変やで……)
 トウジは箸を咥えたままで、比べた感想をぼんやりと述べた、ちなみに中学時代からのアルバイト人生が功を奏して今や気軽な一人暮らしだ。
 家を出る際、妹から「ほな兄ちゃんの部屋あたしのもんや!」と喜ばれ、ちょっと家族愛についてさめざめとしたのは内緒である。
 極普通の学生用ワンルームマンションの一室、目前のお膳にはヒカリがタッパ等で家から持ち込んだ肉じゃが他、惣菜数点。
 この状態、ケンスケいわく。
『通い妻』
 と言う、まあ、それはともかく。
「なぁにをそないに焦っとるんや?」
 素朴な疑問を抱くトウジに苦笑する。
「トウジも、人のことなら分かるのねって思って」
「はん?」
 向こう側でくすくすと笑い続けるヒカリを見咎める。
「そないにおかしいか?」
「ええ、だって、なんとなくアスカ達の気持ちが分かるもん」
 ちなみにヒカリの分のおかずは無い、家で済ませて来るからだ。
「あたしだって家で食べて来るより、ここで食べたいし」
「関係ないやろ?」
「あるのよ」
 ふっと寂しげに笑うヒカリだ。
「分からないでしょうね、要するに落ち着かないのよ、好きって事を隠してた時から、今でもそうなのよ?」
 トウジは答えない、と言うか、答えになる言葉が見つからなかった。
「もどかしいのよね、言ってしまえば楽なんだけど、つい緊張しちゃって、護魔化しをかけちゃう」
 思い出したのか、ヒカリは失笑をこぼした、自分に向かって。
「その後だって、一つ一つ、ね」
 トウジの箸が休んでるのを見て、慌てたように急須を持って湯呑みに茶を足してやる。
「お弁当だってそう、ちゃんと渡したかったけど恥ずかしくって隠しちゃう、一緒に食べたいけど人の目が気になる、本当はこうしたいって言うのとはズレてるのよ」
「そやけど」
 ようやくトウジは反論した。
「ヒカリん家な、おかんおらんで、おとんは仕事やろ?、コダマはんかて忙しいみたいやし」
 遠回しの言葉に、誰の心配をしているのか苦笑する。
「ノゾミも子供じゃないんだから」
「そやけど」
「ハルカちゃんだってそうでしょ?、もういい加減家族家族って一緒に居ると鬱陶しがる歳よ?」
 これに関してはトウジも口を噤んだ、自分にも覚えがあるからだ。
「うちはおじんが居るからええけど、何かあったらどないするんや?」
「ほら、そう言って追い帰そうとしてる」
 笑みが寂しげな物に変わった。
「ヒカリ?」
「一緒に居たいし、傍に居たいって言うのはね?、具体的にああしたい、こうしたいって想像があるから、そう言う気持ちが膨らむの」
 ね?、と目で諭しを入れた。
「こうやって準備をして上げるだけじゃなくて、一緒に食べたいって思うし、その方が楽しいんじゃないかって思うわけ、そうやってね、もどかしかったり、切ないって思う部分を探して、本当なら満足させて欲しいのよ」
「満足、してへんのか?」
「ぜぇんぜん」
 おどけた調子で場を軽くした。
「もちろん、トウジがうちの事まで考えてくれるのは嬉しいけど、それって自分の家の事を考えてる裏返しでしょう?、少しだけ……、ほんの少しだけど、それが優しさだって分かってるけど、良いじゃない、放っておいてよって思う部分あるもの」
 トウジは感慨深げに言った。
「そうかぁ……」
「うん、落ち着くってね、結局そう言う事なのよ、やりたい事がいっぱいあって、我慢できない、でもやりたいことをやりたいようにして消化しちゃえば、不満なんて無くなっちゃうでしょ?、だから焦って求めたりしないで、腰を落ちつけることができるのよ、分かる?、でも現実には色んなしがらみが合ったり、立場があったり人の目があったりして、好きな事を、好きなようには出来ないから、結局想像するだけになって、それで想像に想像が積み重なって、膨らんでいっちゃうのよね」
「ヒカリもか?」
「あたしは……」
 赤くなる。
「そうね、適当な所でガス抜きしてるかな?」
 トウジもその目には赤くなった。
「さよか」
「うん」
「……」
「……」
「……」
「で、でもね?」
 気まずさを護魔化す。
「アスカ達って、どうだと思う?」
「そりゃあ……」
 ケンスケの馬鹿な話しを思い出してしまった。
「そうか……、そやなぁ」
 納得する。
「二人やったらともかく、三人おったらどっちかの目ぇ盗んでなんて出来んもんなぁ」
 その言い草には苦笑いを浮かべた。
「目を盗んでって言うのはどうかと思うけどね……、でも好きになってく、近付いてくためにはきっかけって必要だと思うの、アスカには悪いけど……、この間の、良いきっかけだと思ってたんだ」
「喧嘩がか?」
「うん、レイかミズホと近付いてく、その分アスカは置き去りになる、気まずくなってもっと遠ざかる、その分……、シンジ君はレイ達をもっと求めるんじゃないのかな?」
 トウジはヒカリの言葉に、湯呑みの中の揺れを見た。
「……そやけど、仲直りしおったなぁ」
「うん、レイ達にしてみればせっかく気持ちが近付いたのにまた元に戻っちゃって、アスカにとってはもう嫌だって気持ちがあるのかもしれない、……勝手な想像だけどね」
 当たりかどうか、その判断はトウジにもつけられなかった、だが。
「シンジは……、恐い言うとったなぁ」
「でしょうね、焦りがもう限界なんじゃないかな?、想像って妄想にもなるし、不満にもなるのよね、我慢が利かなくなっちゃって、もうどうでもいいやって自棄も引き起こしちゃうから」
「あったんか?」
「あたし?、あった……、かな?、そうね、遊園地で、デートしたことあったでしょ?」
 懐かしい話しだ。
「中学ん時のか?」
「うん、あれね、断られるなら、それでもいいやって思ってたの」
「あん?」
「曖昧なままだと期待もしちゃうし、諦め切れないの、それ以上に本当はどうなんだろうって不安になるし、自分の想像が凄く都合が良いだけの嘘に過ぎないって事にも嫌気が差して来ちゃうのよね、それでこんなもやもや、もう堪えられないって、ね?、いっそすっきり出来ればって、結果なんてどうでもいいから解放されたいって……」
「ヒカリ……」
「今は違うけど、アスカ達だって同じだと思う、違うかもしれないけど、同じ部分もあると思う、好きだからこんな風に、あんな風に付き合って見たかったのにって、でももう終わっちゃう、このままだと何も出来ない、出来なかった事だけが山積みになってく、だったら何て思われてもいい、すっきりしたい、吐き出したい……、今、そう言う時期なんじゃないのかな?」
 トウジはヒカリの言い分にも一理あるような気がしたからこう答えた。
「ほなら、落ち着くんは大分先やな」
「そうね、溜まった物が抜け切るまでは……、シンジ君には可哀想だと思うけど、自業自得って部分もあるからね」
「センセには頑張ってもらわなしゃあないか」
「……忠告してあげたら?」
「あん?」
「セ・ン・パ・イ・として、話し聞いてあげた方がいいんじゃない?」
 両手で橋を作って微笑むヒカリに照れてしまう。
「あ、あほか!、そんなもん、話せるかい!」
「どうして?」
「ど、どうって……」
「そう言う話し、しないの?」
 トウジはすうっと息を吸い込んだが、深く、とても深く吐き出した。
「そう言う話ししたらヒネる奴がおるからなぁ」
 もちろん、誰のことだか言う必要は無いだろう。







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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