カチャカチャとキーボードを叩く音。
 暗い室内に灯っているのは、数台のマシンのアクセスランプとモニターの明りだけ。
 その明りがまた眼鏡に反射して光っているものだから非常に怪しい。
 ケンスケだ。
 画面はホームページらしい、オンラインなのかただのチェック中なのか?
 ともかく表示は、アスカをメインに複数の女の子で構成されていた。
「ふう……」
 物憂げな吐息をつく、もちろん似合っていなかった。
 使用した画像は背景だけを消し、アスカだけにして貼り付けてある、その顔は憂いを帯びている、ついこの間までの脅えた顔だった。
 在る種の人間にとっては触手をそそられる物だろう、しかし。
「なぁにやってるんだろなぁ……、俺」
 ちょっと空しさなんかを感じたりしていた。
「惰性、だよな、絶対」
 ついで自己分析もしていたりする。
 分かっているのだ、中学生の時には熱いパトスを感じたりもしていたが、毎日、毎時間、毎分ファインダーを覗いて見続けて来たのだ。
 見飽きないはずが無い、誰を、ではなく、もっと漠然としたものを、そう女子を、だ。
「限界、かな?」
 そんな風に言っても見る、顔には自嘲が浮かんでいた。
 女の子だ、と言うだけで興奮する精神年齢を抜け出してしまうと、後はもうただの被写体に過ぎない、山景色と同じだ。
「はしゃいでみたって、ノリがいまいちなんだよなぁ……」
 中学の頃は楽しくてしょうがなかった、金儲けは手段の拡張のためであって、それで豪遊するためでは無かった。
 だがある程度機材が整って来ると金は必要なくなる、なら純粋に撮ればいいわけで、なにもこの様な販売ルートを維持し続ける必要はなくなってしまうのだ。
 売れ筋の女の子を撮る必要は無い。
 なら今やってるこれは何なのか?
 買い手の期待を裏切れない?、客から逃れられない?
 いや、それ以上に何かもっと純粋な空しさがある、面倒臭さがあるのだ。
「なんだかなぁ」
 オンラインではなかったらしい、せっかくの作業分を保存する直前で、思い直してそのままマシンに終了を掛けた。
「やりたい事が違ってるのか?」
 もちろん、答えを返してくれる人間はいなかった。






「結局、こういうのがいけないんだって、分かってるんだけどな」
 いつかのように、いや、デジャヴなどでは決してない、実際に以前にもこういう状態の時があった。
 状況は違っているが。
 家の近所の公園で。
 シンジはブランコに腰掛けていた。
「お尻、狭いや……」
 キィコと揺らす、鎖と鎖の幅が狭くて体がとても窮屈だった。
「好き……、好きか、好きってなんだろ?」
 夜月を見上げる。
「僕は……、アスカが、好きだ」
 正面きって言えばいいような事を、一人の時に限って告白していた。
「レイも、ミズホだって好きだけど」
 では好きとはなにか?
「キスすること?、お風呂に入ること?、一緒に寝ること?、面倒を見てもらうこと?、仲良くすること……、どれもちょっと違う気がする」
 それは贅沢なのだろうか?、まあ、人から見ればそうかもしれない、間違いなくだ。
「でも違うんだ……、何か、何か違うんだよなぁ……」
 シンジはあまり表面に出ないようにして悶えていた。
「アスカが……、居なくなるのは、嫌だと思った」
 ぎゅっと拳を握って素直に認める。
「相手がカヲル君でも、『取られる』のは嫌だと思った」
 声に力がある。
「あの時の想いは、本物だと思うから……」
 真っ直ぐに見つめる。
「カヲル君……」
 久々に見るカヲルは、何処か固い表情をしていた。
「シンジ君……」
「カヲル君」
(何故だろう?)
 シンジは妙に、心が穏やかになって行くのを感じていた。
(あれは、別に……、カヲル君のせいじゃない)
 それは理性的な判断であって、感情ではない、それでもだ。
(心が冷めてる……、それは、多分)
「久しぶりだね」
「うん……」
「元気だったかい?」
「うん、……カヲル君は?」
 カヲルは苦い笑みを浮かべて月を見上げた。
「良い月だね……、こんな月の夜は、色々な事を思い出すよ」
「色々って?」
「色々さ……」
 護魔化しに近いようなやり取りなのに、その中には重い響きが込められていた。
「色々あってね」
「そう……」
 シンジはいつもの調子で場を取り繕おうとして……、やめた。
「カヲル君」
「なんだい?」
「何処に……、行ってたの?」
 それは珍しい光景だった。
 カヲルが言い篭り、シンジが見つめて答えを待っているなど、これでは立場が逆転してしまっている。
「責めて……、いるのかい?」
「違うよ、そうじゃない」
「じゃあ、なんだい?」
「どうして……、僕達と暮らそうって、思ったのかなって」
 カヲルはその質問に息を呑んだ。
「それは……」
「それは?」
「それは」
 迷いながらも口にする。
「帰るべき場所……、ホームに憧れたのかもしれない」
「ホーム?」
「そう、おかえりなさい、その一言と共に迎えてくれる場所をね」
「……そうなんだ」
 シンジは上の空で呟いた。
「でも、レイ達はどうなんだろう?」
「レイ、かい?」
「うん……」
「さあ?、でも、聞いたことはあるんだろう?」
「え?」
「レイが、あの人に……、シンジ君のお父さんに、何て誘われたのかをさ」
 ああ、とシンジは頷いた。
「でも、今でもそうなのかな?」
「聞いてないのかい?」
「アスカもそうなのかな?、ミズホは……」
 シンジは自分で答えを見付けて、微笑みながらかぶりを振った。
「そんなに深く考えてるわけ、ない、か」
 カヲルもまた微笑んだ。
「そうだろうね、ただ君と居たい、だから選んだ、僕だってそうなのかもしれない……、一人は嫌だから、君達の傍に近付いた」
「どうしたの?」
「え?」
「なんだか、迷ってるみたいだ」
 カヲルは苦笑した。
「そうだね、迷ってるよ」
「何を?」
「君達の傍に居ても、良いのかを」
「カヲル君?」
 カヲルはポケットから出した両手のひらを見つめて言った。
「この手が血にまみれたとしても、僕は笑ったままで居られるだろうか?、君に仮面を見破られずに居られるだろうか?」
 重い響きが旋律となって間に漂う。
 シンジはカヲルの問いかけに対する答えを、何らと持ち合わせてはいなかった。



続く







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