暗闇の中に三人の影が浮かび上がる。
「少々、やり過ぎのきらいがあるな」
 口火を切ったのはゲンドウだった。
 中央に黒い、大きなテーブルがある、彼はその向こうを睨み付けた。
「どういうつもりだ?、アレク」
 足を組み、悠然とした態度を見せるアレクである。
「ボクにはボクの考えがある、と言った所かな?、俺には俺なりに指針を示したつもりだが?」
「その結果がこれか」
 もう一人に目を向ける。
「貴様が絡んで、この始末か」
 はぐらかす。
「レリエルが世話になっているようだね」
「ああ、ユイと仲良くしているよ」
「タブリスが会いに来たよ、殺されそうになったけどね」
 くつくつと笑う、甲斐だ。
「あの程度とは、育て方を間違えたんじゃないのか?」
 ぴくりと眉に反応が現われる。
「彼は彼の望む姿を手に入れようとしている、わたしが手を出す余地は無い」
「勝手だな」
「なに?」
「なら呼び寄せるべきでは無かった、手元に置いたのは何故なんだ?」
 とアレク。
「責任放棄か?、親としては最低だな」
「ふん、貴様に言われるとはな」
「タブリスは捨て置く」
 二人の言い合いを諌めて言う。
「これが実体で無ければ、迷わず黙らせているところなのだがな」
「お前は彼と違って、躊躇せんだろうな」
「当たり前だ、俺はまだお前を飽き足りないほど殺したくて堪らない」
 笑い顔なのだが、その目は凄惨な色合いを湛えていた。
「懲りん男だ」
「ああ、だがまだその時ではない、アレク、お前に協力しているのがなんの為なのか、分かっているんだろうな?」
「勿論だとも」
 パンと手を打ち、嬉しそうに擦り合わせる。
「ゲンドウをその手で殺すためだ、そうだろう?」
「ああ、しかし今はそれが許されない、許されない状況にある」
「老人方か」
「そうだ、今や邪魔なだけの存在だよ」
 邪悪に顔を歪める甲斐だ。
「彼らは余計な事をし過ぎる、目障りだ」
「だが今以って俺達の上にいる存在だ」
「この所、声が遠くなっている様な気がするが?」
 ゲンドウの探りに薄く笑う。
「ああ、俺が抑えている」
「けど完璧じゃあないな、それに、余計な漏洩が続いてる」
「アダムカドモンのことか?」
「第三新東京市に来た『あれ』のこともだよ、あれは俺の計画に無かった」
「イレギュラーは常に起こりうるものさ、あの程度のことに対処できないようでは困る」
「最終的には、自分達の身は自分達で守らせるか……」
「ゲンドウ、お前をあの街から離したのはそのシュミレーションのためだ、レリエルも付けている、万が一の時には対処できるようにな」
「分かっている、ユイを守るための決意が子供達を含むようになって、大きく広がり過ぎた、もはや俺一人では不可能だ」
「そこに弊害があった、俺達はそれぞれがそれぞれに手段を求めた、結果俺達無しでは何もかもが成り立たず、何も立ち行かぬようになってしまっている」
「お前は誰を立てるつもりだ?」
 ゲンドウの問いかけに、にやりと笑って甲斐は消えた。
 答えもせずに。
「ふん、相変わらずだな」
 アレクを睨む。
「甲斐とつるんで、下らない事をする」
「俺はアスカが心配なだけさ」
 睨み返す。
「何しろどこぞのむっつりすけべの小倅に騙されている最中だからな」
「ほう?」
「血の繋がりと言う物を感じるなぁ、どこぞの誰かも気が付けば美人をトップに据えて身の回りを固めていたものなぁ」
 いつものようにいがみ合うかと思えば、ゲンドウはふっと勝ち誇った笑みを浮かべた。
「ならば手を引かせればいい」
「なに?」
「シンジにはまた別の子を紹介するだけだ、そうだな……、サヨコ君などは良いかもしれん」
「本気か?」
「ああ、シンジはあれで居てやはり母親に甘えている面があるからな、母性に惹かれるのかも知れん、アスカ君では面倒を見切れまい、それに」
「なんだ」
「サヨコ君もユイと打ち解けている、共に子供の世話をしている様など微笑ましいものだ」
「ちょっと待て!」
 慌てふためく。
「子供だと!?」
「ああ、赤ん坊だ、可愛い物だぞ」
「それは誰のだ!」
 にやりと笑って護魔化す。
「貴様!、この犯罪者が!、まさかユイさんに!」
「可愛かったぞ、ユイはな」
 ぶつんと消える。
「待て!、ゲンドウ!、貴様、殺してやるから帰って来ぉい!」
 暗室に一人残ったアレクの叫びが木霊する。
 まさに魂からの絶叫、聞いているだけでも血の涙を流しているのが想像できる程震えてもいる。
 ところで、絶対君主制には弊害があることをご存じだろうか?、二世が育たない事だ。
 あまりにも立派に過ぎる存在の元では、その王を目標にする事しか知らず、倒すなどと発想する人間は誕生しないのである。
 またその周囲も王を恐れる余り己の才能を封じ込む、王を越えてはならないからだ、その才覚は死を招く。
 いくら王直々に、そのような心配はせずとも良いと口にされようとも、強者の前に臆病物は畏まってしまう、これはもう本能だ、覆し様が無い。
 ゲンドウ、甲斐の元に居る子供達もそうであった、どこか大人を当てにするきらいがあり、逆に嫌悪し、疎ましく思い、独り立ちしようとはしない傾向にある。
 このためにゲンドウ無くして、現在、子供達は平穏を守れずに居た、甲斐ではない、ゲンドウなのだ。
 このバランスの配分がどう作用しているかは分からない、だが身軽になった甲斐は水面下で行動し、お互いの上層部を押さえに掛かっている。
 アレクはアレクで、子供を育てようとしている、後継者をだ、だが自分達の経験から中心を据えた上での側近を構築しようとしていた。
 中心を無くしても有能な側近が居れば国政は維持できるからである。
 これの女王はアスカであった、老中はカヲルだろうか?、だから例のシステムでカヲルが出て来たのかもしれない。
 甲斐にとってはゲンドウを殺すための算段であるようだ、後の面倒を考えると、その前段階、準備が何かしら必要なのだろう。
 それを知っていて、なおゲンドウは未だ動かず、北海道の奥に閉じ篭っている。
 あるいは子供達に未来を任せているのかもしれないが。


Neon Genesis
EvangelionGenesisQ'139

「マスカレード」


 第三新東京市。
 街並みはいつも通りの穏やかな顔を見せている。
 青い空に白い雲が流れていく、もう寒くもなく、昼間であればシャツ一枚でも過ごせる陽気だ。
 シンジはぼんやりと外の景色を眺めていた。
 授業中なのだが、シンジ達のクラスにおいて必須科目は形骸化しており、意味は無い。
 だから誰も聞いていないし、先生も前の席の数人との雑談に励んでいる。
 途中にカヲルの席があるのだが、姿が見えない、もう何日休んでいるのだろうか?
 そろそろ出席日数が足りなくなるはずである。
(でも気にするかな?)
 あの調子では、と考えた。
(僕にはカヲル君が何を悩んでるのか分からないよ、けど)
 カヲルにとって、今抱えている悩みはとてつもなく大きいのだろうと、それだけは分かっていた。
(カヲル君、何が言いたかったんだろう?)
 ごめん、とまるで自分のように呟いて姿を消してしまった。
 だが心配はしていない、悩みたい時、一人になりたいこともあると知ったからだ。
 だから、ゴールデンウィークに旅に出ようと思ったのだから、それに。
(会いたくないんだ……、僕に、僕達に)
 これもまた自分もそうだった、悩んでいる時、悩みの種になっている相手の顔など見たくないものだ。
 落ち着かず、焦りだけが募り、考えが纏まらなくなるから。
(この手が血に染まってもって、どういう意味なの?)
 考えるまでもない。
(そうだ、これまでにもそんな事はあった、これからもあるのかもしれない……、僕は考えたことが無かった、その時その時でなんとかなって来たし、……危機感足んないのかな?)
 アスカ、レイ、ミズホの顔が過る、笑顔だった。
(その時その時が楽しかった、楽しかったから嬉しかった、でもアスカが居なくなりそうになった時、恐くなったんだ、だから僕は逃げ出した、逃げようとした、考えもせずに、真っ直ぐに向き合おうともせずに)
 浩一の姿を視界に収める。
(浩一君、怒ってた……、僕が立ち向かっていれば、逃げなければ、向き合っていれば、アスカが傷つくことは無かったって、そうだ)
 再びカヲルの席を見る。
(考えなくちゃいけないのかな?、カヲル君が何を悩んでいるのか?、知らなきゃいけないのかな?、カヲル君が何を辛そうにしているのかを)
 出口の見えない思索を続ける。
 それでも前に踏み出せないのは、もう一方で知っていたからだ。
 無神経に踏み込む事の厭らしさ、それが心を傷つけてしまう事もあるのだと。
 人には知られたくない、気付かれたくない事もあるのだと。
(僕だって隠している事が沢山あるから)
 あれが初めてではない、受験の時、あの時逃げ出して、どうしていたのか、何を考えていたのか?
 不意に思い出したのは、商店街のショーケースに入れられていた仔猫であった。
(あの子、飼い主見つかったのかな?)
 まだかもしれない。
 やたらと汚れていた、元気も無さそうだった。
 箱の中に閉じ込められ、走り回る事も許されないで、無邪気さを封じ込められたまま生かされていた。
 野生や本能に基づいた行動を禁じられた動物は、与えられた限定空間でただただ息だけをして、飼い主の気に入るように大人しく振る舞い、歳老いて死んでいく。
 シンジもそれぐらいの事は知っていた、テレビを見ていれば特集番組で仕入れられる程度の情報、知識であったから。
(可哀想だと思った、自由を知っているように見えたから、暴れる元気さを持っているのに、あんな所に閉じ込められて、発散できないで、叶えられない望みに、希望に、夢に絶望して潰されているように見えたんだ、もういいや、どうでも良いって、諦めてるみたいに)
 そしてカヲルだ。
(カヲル君はどうなんだろう?、本当はやりたい事があって、それが出来ないで苦しんでいるのかな?)
 一面では当たっているかもしれない。
(でも今は閉じ込められてる?、……父さん達が守ってくれてる、僕はそれを知っていて、深く考えたことは無かった、カヲル君はそれを考えているのかも知れない、そうでないと、あの猫のように諦めて生きるしか無いから)
 ふっと視線を感じて元を探る、浩一だった。
 にこりと微笑まれてしまう。
(浩一君……)
 見つめ返すシンジ、視線が交錯し、絡み合う。
 そんな二人の様子を探っている人物が二人居た。
 霧島マナとレイであった。







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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