綾波レイと霧島マナはどこか似ていた。
 声や言葉遣いではなく、人に対するじゃれ付き方がそっくりだった。
 その特徴を上げるなら、人に対する馴れ馴れしさだろう、警戒心が薄く感じられるのだ。
 それは裏返してみてもやはりそうだった、共通している物がやっぱりあった。
 霧島マナは少年兵である、綾波レイ同様に憧れがあった。
 そしてまたレイ同様に、人に付け込まれない強さも兼ね備えている。
 その二人だが、この頃は明確に差が出て来ていた、とにかくレイだ。
 誰が見ても様子がおかしい、シンジの横に居たレイが、何かに脅えるように斜め後ろに居る、付き従っている様にも見えるし、様子を窺っているようにも見える。
 そんなレイだからと言うわけでも無いのだが、シンジの変化にはかなり過敏になっていた。
「やっぱりあれかな?」
「あれって?」
 校舎の屋上、他にも人が居る隅で話しあっているレイとマナだ。
「う〜んとね?、浩一君が好きって言ったの、シンちゃんに」
 がびんとマナ。
「へ、変態……」
「そうでもないよ?、シンちゃん、カヲルにも同じこと言われてたから」
「ますます変態……」
「シンちゃんって、どっか男の子にウケが良いのよね、鈴原君や相田君とか、なぁんかどの輪にも居るし、外れる事もないの、喧嘩になっても絶対に嫌われることってないし、得な性格してると思わない?」
 マナはぷるぷるとかぶりを振った。
「変態は変態じゃない」
「だからそうじゃなくてぇ」
 ちょっと焦り気味に言う。
「浩一君もシンちゃんを気に入っちゃったんじゃないかって事、みぃんなでシンちゃんを大事にしようとするのよね、見守ったりとか」
 マナはふむふむと頷いた。
「じゃああの見つめ合いって?」
「そう言う事、シンちゃん、浩一君を頼ろうとしてるのかも」
「浩一もそれを断るわけないってことか」
「どうしよう?」
「なにが?」
 言い澱むレイに、マナは険しい目つきをした。
「余計な事を、ってこと?」
「……それもある」
「まあねぇ、シンちゃん、前向きに戦って現状を変えてくってタイプじゃないもんねぇ」
「うん……、無理しても駄目だって事あるし」
「無理が祟る事もある、か……」
 苦笑して吹く。
「でも……、心配してないのね」
「え?」
「レイちゃんがどこでどんな風に育って来たかって事」
 マナの言葉に目を細める。
「知ってたの?」
「ん〜ん、想像できる程度」
 肩をすくめるマナだった。
「こっちはプロだもん、いくつかの研究所のデータは回って来てる」
 でもと言う。
「同情はしないよ?、今は幸せそうなんだし」
 レイはかぶりを振った。
「浩一君もそんな事言ってた、あたしは甘えてるって、シンちゃんに甘えたい、慰めてもらいたい、……同情してもらいたいんだろうって」
 レイは何故だか、『綾波』が聞いたはずのことを口走った。
「『あの子』は慰めて貰いたいんじゃない、居て欲しいと思ってもらえてる、求められてる、その幸せは望んで得られる物じゃないから、ここに居るべきだって思ってたって、『言ってた』」
 怪訝そうにするマナを置いて続ける。
「必要とされてる、だからもっと必要とされるように努力する、あたしはシンちゃんの力になりたいの、頼られて支えられるようになりたい、甘えてもらえる様になりたい、甘えた言葉に答えて上げたい、でも今のあたしじゃ見てる事しか出来ない、強くなりたい、強く変わりたいんだと思う、ここに来た頃のあたしは、やっぱりシンちゃんよりも仲間のことが大事だったの」
 レイは幾つかの過去の出来事を思い浮かべた。
「でもどこでだって、音楽をやり始めた時だって、シンちゃんはあたしの声が『みんな』に届けば良いねって言ってくれた、意識してないのかもしれないけど、シンちゃんはまだあたしがシンちゃんよりも『みんな』を優先してるって考えてる、考えをどこかで持ってる、でも今はシンちゃんが好きなの、一番なの、でも今の幸せなんて、何も感じられない、味気ないものなの、だってシンちゃんが苦しんでるから」
 目が赤く変化していた。
「シンちゃんが喜んでくれる事をしたいんじゃなくて、シンちゃんと喜び合いたいだけ、ねぇ?、これって贅沢かな?」
 マナは呆気に取られたままで答えた。
「……言い切れるだけ、凄いと思う」
「うん……、でも言い切らなくちゃいけないと思う、気持ちに嘘を吐くのは止めてるから、素直じゃなきゃいけないと思う」
 ふっと笑う。
「シンちゃん、すぐに勘違いしちゃうから」
 目の色も戻った。
「だからね、浩一君が言ったこともマナが言ったことも、当たりだけど外れてる、別にシンちゃんに知られたって構わないもん、どんな目で見られたって構わない、今更だもん、けどそれで首を突っ込んで怪我されちゃったら?、多分ね、多分……、多分あたし、それを止めたくて仕方ないんだと思うの」
「思ってるだけ?」
「そう……、どう止めたらいいのか分からないから、その話しには触れないでいて欲しいんだと願ってる、でも知って欲しいとも思ってる、このままじゃ上辺だけになっちゃうから」
 ああそうか、とマナは悟った。
「つまり、責任を持てない事を知られるのが嫌なんだ、自分のことなのに気を遣わせるだけで、今はもう大丈夫だよって安心してもらう事が出来ないんじゃ、どうしたってシンジ君にいま幸せだよって信じてもらう事が出来ないから」
 こくんと頷く。
「やっぱりね、どうしようもないくらいシンちゃんが好きなの、アスカはあたし達が大体どんな風に育ったか知ったみたいだけど、だからって自分のことじゃないもの、ミズホもそう、記憶が無いから他人事になってる」
「そう言う意味では、カヲル君とレイだけか」
「うん、でもカヲルは違う、違うと思う、カヲルは一人でも生きて行けるから、生きて行くことができるから」
「レイは?」
「多分……、もう無理」
 だが寂しそうではない、嬉しそうだった。
 それはそうだろう、シンジの元でないと生きられないと言うのは、甘美な喜びにまで昇華されてしまっているのだから。
「だから……、ね?、シンちゃんがどうするか決めるまでに、覚悟と態度を決めたいの、そうでないとまた見てるだけになっちゃうから」
 思い出したのは二人でアスカの悲鳴を聞きつけた時のことだった。
 アスカの元へ真っ直ぐに向かうシンジ。
 その後ろ姿を見ている事しか出来なかった。
(何も出来なかった、何も、何も、何も!)
 その悔しさは静かに根付いてしまっている、焦りから旅行にまで着いていってしまったが、それでも何かが出来たとは言い難い。
(このままじゃあたし、浩一君の言う通りの人間になる)
 居心地が良いからと、ただそれを貪るだけの。
(アスカは知ろうとした、進もうとした、負けてられない、あたしも)
 人に話している内に高揚したのか、あるいはすっきりしたのか、レイは唐突にそう決意していた。
 話していて気が付いたのかもしれない、もやもやした物の正体に。
 アスカがどんなつもりで知ろうとしたのかは想像に過ぎないし、今話していて初めてそうだったのかもしれないと思っただけだが、それで十分だった。
 経過はどうあれ、アスカは一歩進んだのだ、進んで、そしてそれでも今まで通り、いや、今まで以上の姿を見せている。
(あたしも)
 負けてはいられないと思い込むには、実にそれだけで十分だった。


 喧嘩と言えば定番は夕焼けの空き地だろうが、生憎と第三新東京市にはそんな時代錯誤な場所は無い。
 と言うわけで手短な第二候補に校舎裏が上げられる。
 踏み荒らされた足場が戦いの激しさを物語っていた、その上に大の字になっているのは、なんとシンジだった。
「無茶をするね」
 呆れた物言いをしたのは浩一であった。
「彼に勝てるはずないだろうに」
 傍の花壇の縁に腰掛けている。
「それとも納得してくれるなら良いとでも思ったのかい?」
 シンジは顔をしかめた、喋ろうとして口の中が染みたからだ。
 どうも切っているらしい、顔にも幾つか痣が出来てしまっていた。
「ああ、喋らなくてもいいよ」
 浩一は優しく笑った。
「『考えて』くれれば僕には読み取れるからね」
 じゃあ、とシンジは力を抜いた。
(気になったんだ、浩一君、言ってたよね?、僕にはレイを守れないって、守る力はあっても、あるだけだって)
 浩一は頷いた。
「そうだね、君は持っているものの使い方を知らない、……それが目覚めるとでも思ったのかい?」
(違うよ、僕が確かめたかったのは、そんなものがないと僕は人を守れない、戦えないのかなって事さ)
 苦笑する浩一だ。
「それも違うね、君は知りたかったんだ」
(何を?)
「力が無いと主張してはいけないのか、守りたい人が居る、大事な人が居る、傍に居たい人が居るのに、守れない、力が無い、情けない、じゃあ守りたいと口にしてはいけないのか、存在を望んではいけないのか、絆を求めてはいけないのか、それを確認したかったんじゃないのかい?」
(そうかもしれない)
「でも」
 浩一は吹き出した。
「何も彼で試すことは無いのに」
(そうだね、……リー君もマナが好きなら浩一君に言えば良いのに)
「僕にかい?」
(だってそうなんでしょ?)
「そんな事になってたんだ、知らなかったな」
 くすくすと笑う。
「でも違うよ、そうじゃない、マナが好きなのはシンジ君じゃなくて、シンジ君と共に居る事で得られる物さ」
(レイと同じって事?)
「もうちょっと遠いね、シンジ君が絶対じゃない、シンジ君でなければいけない理由が無いからね」
(そっか)
「レイちゃん、惣流さん、信濃さんもだね、彼女達はそれぞれ君に信じられる物を見せられて来た、だからこそ君を信じている、そうだろう?」
(そうかな?)
「そうだとも、でも「僕が喧嘩したからって、マナが喜ぶはずないじゃないか」、か」
(あれは……)
「僕としては、その意見はどうかと思うな」
(どうして?)
「だってマナは喜ぶからさ」
(え?)
「男の子、それも自分の好きな子が自分との関係を守るために立ち向かった、それは喜ぶべき事なんじゃないのかな?」
 シンジは全身から力を抜いて、目を閉じた。
(そうなのかな……、そうなのかもしれない……)
 告白を断るレイ、手紙を捨てるアスカ、見向きもしないミズホを思い出す。
(僕だって、嬉しいものな)
 浩一はそんな事を考えるシンジに苦笑した。







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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