−バキ!−
 痛いと思った、だが痛みは無い、どうしてだろうか?、踏みとどまれた。
「マナがお前を好きなのは知ってるよ、けどなぁ!」
 その叫びに聞き覚えがあって、だから、あ、夢なんだな、と感じられた。
「他に好きな奴が居るんなら、ちゃんと言えよ!」
 ぐいと口の端を袖で拭う、血が付いた。
「マナには言ってる!、それに、知ってるよ!」
 その台詞が激怒を買って二発目を食らってしまった。
「なにするんだよ!」
「ちゃんとフれって言ってるんだよ!」
 声の勢い……、いや、真剣さに負けてしまう。
「あっちともこっちとも仲良くしようとしやがって、だからマナだって期待して待っちまうんだろうが!」
 一理ある、あるかもしれない。
「好きな奴が居るならなぁ!」
「だからって!」
 どうしてそんな事が出来たのだろうか?、大振りのパンチにショートフックを合わせてしまった。
 ガキンと顎に良い音が鳴った、自分の拳にも感触が響いた。
「あ、ごめん……」
 ぽけっとしたシンジは、ついストンと腰を落としたムサシにそう謝ってしまったていた。
 当たるとか当たらないとか以前に、そのような激情に慣れてないのだ、感情の昂ぶりを途切れさせてしまっていた。
 間を空けてしまった。
 またそれが、こういう場合には逆効果過ぎた。
 カーッと赤くなるムサシだ。
「てめぇ!」
「わぁ!」
 今度はちゃんと避ける。
「危ないだろう!」
「危ないようにやってるんだよ!」
 その言い草にムッとなる。
「マナが好きなら好きって、そう言えばいいじゃないか!」
「言ったんだよ!」
「フられたからって、僕に当たるなよ!」
「お前が居るからだろうが!」
「マナと付き合うつもりなんて……」
「マナが悪いってのかよ!」
「誰もそんな事」
 −言ってないだろう!?−
 夢の中で叫んだつもりが、つい口に出してしまっていた。
 瞼を開くと、きょとんとした顔でミズホが見下ろしていた。
 エプロン姿で枕許に座り込んで。
「え……、っと、あ」
 シンジは自分が何を口にしたか気が付いていた。
 だから無視して欲しかった、しかし。
「シンジ様ぁ……」
「はい……」
 ちょっとした間。
ひれふひゃいはほーって何ですかぁ?」
 本当に、本当に素朴に訊ねるミズホであった。


Neon Genesis
EvangelionGenesisQ'140

「センチメンタルグラフィティ」


「ん〜〜〜、結構酷い、かな?」
 顎先を持って左右に動かす。
「痛い、痛いって、レイ」
「もう!、喧嘩なんかするからでしょ」
 ぺしっと音は立てても痛くないように叩く。
 シンジの顔にはまだ擦り傷と痣が少々残っていた。
(シンちゃんに傷が残るんだから……)
 それは相当の具合を指す。
 何しろ癒りにかけては並み大抵ではない体を持っている。
 回復力も十人並みでは利かない。
 そのシンジが丸一日経っても治り切っていないとは。
「ムサシとやり合うなんてねぇ」
 呆れたのはマナだった。
 教室である。
 普段は騒々しいのだが、今日はシンジの痛々しい姿に皆静かであった。
 何より、今時力に任せて女の子を諦めさせようと言う人間が居るなどとは。
 ちょっと考えれば、その子にも嫌われてしまう事など、分かりそうなものなのだが。
「ムサシってあれでも色々やってるんだから」
 色々と言えば色々だった。
 その内訳を知っていれば、シンジもここまで無茶な事はしなかったかもしれないが。
 ちなみに余所のクラスでは、この仕打ちが分からないではないだろう、同じように付け狙っている人間は数多く居る。
 しかしだ、シンジのクラスは違う、特別なのだ。
 ほとんどが芸能界関係で、一定レベル以上の女の子と付き合いがあったり、あるいはアスカ、レイクラスの少女のファンを持っていたりする。
 有り体に言えば、彼らにとってマナはシンジの取り巻きの一人にしか見えないのだ。
 アイドルにはファンが付くものだし、ファンは大事にするものだし、好意好感は当然のごとく受け取らなければならない立場だ。
 それに嫉妬されては商売にならない、もっとも、それが本物になってしまっては問題なのだが。
 あくまで偶像としての付き合いである。
 その点で言えばシンジは彼らにとっての普通に見えた、マナもまた、そこまで本気でなかろうと頷けた。
 世間では通用するムサシの感性も、ここ、特別クラスではむしろ異常として受け取られていた。
「下手したら殺されてたかも……、ってそこまでやんないか」
 シンジはマナの言葉を受け流そうとして、苦笑した。
(あの調子じゃ、どうかな?)
 そう思ったのだ。
「ムサシ君、マナのことが好きだって言ってたけど」
 げぇっとマナ。
「やめてよぉ、あたしが好きなのはぁ」
 しっしっとシンジの頭を抱くレイだ。
「イケズ」
「だってマナって嘘くさいんだもん」
「あーーー!、それって偏見!」
「だったらきっちりとリーくんふってくればぁ?」
「はぁ!?」
 仰天驚愕。
「ふったっての!」
「へ?」
「ふったの!、って言うか元から相手してないの!」
「そうなの?」
「そうなの!、ってシンジ君もそう思ってたの!?」
「うん」
 素直に頷くシンジである。
「だってムサシ君って真っ直ぐだしさ、マナのことしか見てないんだよね」
「うん、シンちゃんとは違うよねぇ」
「もう、からかわないでよ」
 ちょっとだけ笑う。
「僕もさ、喧嘩はちょっと嫌だったけどね」
 そう言って見守るような目をするシンジだ。
「あ、本気なんだなって分かったから……」
「リーくんが?」
「うん、話せば分かってくれるなんて雰囲気じゃなかったけど、それでもね、適当に護魔化すのは悪いことだって、それぐらいは分かったから」
「だから喧嘩までしたの?」
「したくは無かったけど、それでもマナがどれくらい好きかって言うのをさ、そうやって口にするから、付き合ったって言うか……、上手く言えないけどね」
 笑う。
「本当にマナのことが好きなんだって言うのは分かったよ」
「え?」
「どれぐらい好きかとか……、そうだよね、僕なんかが邪魔してちゃ悪いかなぁって言う気はしたよ」
「ちょ、ちょっと待ってよ」
 レイのにやにやに嫌な予感が増大するマナだ。
(ちょっと待って、ちょっと待って、ちょっと待って!)
 盛大に汗を掻きつつ、世間話のようにムサシを応援するシンジを見る、見ているしか無い。
 確かにムサシの『言葉』はシンジに伝わったらしい。
 拳で伝えると言う言葉通りにだ、それも奥底に叩き込まれたようである。
 シンジが少女達から受け取っている感情などは、次のように現せる。
 レイの好きになっちゃった。
 ミズホの好きになりました。
 アスカの好きになったんだから。
 これに対してマナの気持ちなどは、「好きって感じぃ?」程度のものとして感受しているだけだった。
 これはあくまで、シンジの主観であるが。
 三人が自分に対して持っている物に対して、マナのそれは大多数に対して抱くような感情に見えてしまっていた。
 誰とでもデートするし、彼氏も二・三人キープしている。
 その中での仲の良い友達の一人が自分だと、その程度に感じていた。
 好きは好きだが本気の好きではない、遊びの好きだ。
 そう見えてしまう言う点では、マナは迂闊過ぎた、損をしていた。
 しかし重大な問題ではある。
 実際の所、マナがアプローチをかけているのはシンジだけなのだ、男友達は多いにしても。
(むっさっしっのやつぅうううう、余計なことして!)
 当然、その怒りのベクトルは彼に向かっていくのだが。
「もう!、シンちゃんのイケズぅ」
 とりあえず、シンジに対してのポイントを稼ぎ直しておくのであった。


「もう、便所だけっつったでしょうが」
「むぅうううん……」
 そんなシンジ達の教室を覗いている女の子二人連れが居た。
「で、居たの?、先輩」
「今日も来てないみたい」
 薫と和子であった。
「捉まらないからって毎時間覗きに来る?、普通」
「だってぇ」
 ぷうっと、長い髪の内側で頬を膨らませる。
「和ちゃん冷たぁい」
 年上のくせに妹のように感じてしまった。
「あんたねぇ」
 ちょっとだけ嫌になる。
「薫のせいで友達が出来ないの、分かってんの?」
 薫はじとっと和子を見た。
「嘘吐き」
「なぁにが」
「和ちゃんが心配してるのは『売り上げ』でしょう?」
 ぎくっと聞こえた。
「な、なんのことかなぁ」
 右肩上がりに裏返る声。
「もう!、注文なんてメールで入るんだから良いじゃない」
「へぇへぇ」
 どうやら諦めてしまったようだ。
「けどねぇ、こうも居ないってなると」
 和子は首を傾げた。
「あんた、嫌われてんじゃないの?」
「どうして?」
「いや、逃げられてんじゃないかと」
「そんなの」
 キョトンとする。
「別に前からじゃない」
 どうやら問題にしていないらしい。
(あんたそりゃストーカーだよ)
 その一言を、なんとか飲み下す和子である。
 当然、口にすると洒落にならないなと、気が付いてしまったからではあったのだが。







[BACK] [TOP] [NEXT]


新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
内容の一部及び全部の引用・転載・加筆その他の行為には
作者である私と原作者naryさんの許可または承認が必要です、ご了承ください。

本元Genesis Qへ>Genesis Q