−ピーンポーン−
 インターホンの音に顔を上げる。
 −ピーンポーン−
 だが、まあいいやと考えたらしい、放っておいた。
 ところがだ。
 −ピーン……−
 ん?、っと思う。
 後半が来な……
 −ぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽん!−
「だぁ!、誰だよまったく」
 ガタンと椅子から立ち上がったのはケンスケだった。
「はぁい!、どちらさんで」
 かったるく扉を開けたケンスケだったが。
「もうおっそーい!、留守かと思っちゃったって感じでお邪魔しま〜っす!」
 まだ何も言ってないって感じなのだが、両手に重そうな袋を提げて入って来たのは……
「和子ちゃん?」
「おじさんから電話があってねぇ、ケンスケを一人にしとくと勝手に仕事のデータ盗むから見張ってくれって、はいこれ、お土産」
 何か言おうとする鼻先にディスクを垂らす。
「和美ちゃんから、ケンスケお兄ちゃんにってさ」
 ケンスケは釈然としないままに受け取った。


 ぺちゃ……
 現実から遊離しかけていた薫を引き戻したのはそんな音だった。
 カヲルが一歩踏み出した音だ。
「あ……」
 しかし危機感は無い。
 ただ戸惑う。
 カヲルの顔には何も浮かんでいなかった。
 欲望も。
 からかいも。
 笑みも。
 なにもかも。
 ただ見下ろすように立っている。
「カヲル、君?」
 唇が動こうとしている、その気配はある。
 何を言おうとしているのだろうか?
 薫はそれまでのカヲルの様子から待ってしまった。
「君は……」
 ちょっとだけ怪訝そうにしてしまう。
「君は僕が……、人間に見えるのかい?」
「え……」
 カヲルは軽く腕を広げると、その中に少女を収めた。
「あ……」
 服に湯が染み移って来る、気持ちが悪い。
 裸同士ならともかく、濡れている人の肌というのは、例え思い人であっても気持ちの悪いものだ。
 これは生理的な嫌悪感であるから仕方が無いが。
「あの、ちゃんと拭かないと……」
 そんな常識的な言葉で逃げようとしてしまう。
 それ程にカヲルが恐かったのだ。
 抱きすくめる腕には力が篭められていない、逃げようと思えばいつでも逃げられる、しかしだ。
 拒絶してはいけないものを感じる、これはなんなのだろうか?
「カヲル、くん?」
 薫の鼻先はカヲルの顎に擦れるような位置にある。
 こんなにカヲルは背が低かっただろうか?
 あるいは自分が伸びたのかもしれない。
 遅れを取り戻すように自分は大きくなっている。
 薫はその事を理解していたし、この誰もが持っているはずの当たり前の将来を感受出来る様にしてくれたのが誰なのか?
 十分過ぎるほどに感謝していた。
 だから……、と言う分けでも無いのだが、カヲルは自分を傷つけない。
 そんな確信を持っていた。
「せっかく、お風呂……」
「いいよ」
「でも……」
「いい、風邪なんて引かないからね……、いや、引けないのか」
「え……」
「僕は人間じゃあ、ないからねぇ……」
 結局、その一言が言いたかったのかもしれない。
 ぎょっとして、脅え、拒絶の反応を示してくれればありがたいと。
 それで自分の心の一端が欠ける。
 人としての見切りが付けられる。
 鳥と魚のように。
 猫と鼠のように。
 人と蟻のように。
 違う生き物の命を奪う事に、何の呵責があるだろうか?
 生まれるだろうか?
『僕は人間ではない』
 その暗示を掛けてもらいたかったのかもしれない、人を殺せるように。
 しかしだ、だとすれば彼女を利用するのは卑怯だろうか?
 けれどそれは杞憂に終わる。  彼女は脅えたりはしなかった。
 今更そんなことで驚くほど、カヲルを遠くは感じていなかった。
 キョトンとした後で、なぁんだと何でも無いような口ぶりで薫は告げた。
「知ってた」
 にこりと微笑み、カヲルの首に腕を回す。
「カヲル君は、神様だって」
 抱擁。
 自分がしたものと同じ行為でありながら、ここまでどうして、違うものを込められるのだろうか?
 何かで殴られた様な衝撃を受けた。
 神様と言う。
 薫は。
「僕は……、神様なんかじゃ、ないよ」
「なら、なに?」
「なにって、それは……」
 背伸びをして囁く。
「そこに居てくれるだけで安心出来るの、あ、笑ってるって幸せになれるの、困っていると助けてくれる、でも頑張らないと見てくれない、捕まえてないと何処かに行っちゃう、ほら、神様じゃない」
 その場で思い付いたような羅列だった。
 だが、それは……
「神様、か……」
「うん、別にね、カヲル君に何かして欲しいことがあるってわけじゃないの」
 薫は絡めていた腕を外すと、カヲルの二の腕に這わせて両方ともの掌を包み、掴んだ。
「でもね、いつも忙しそうだから……、こっちから見ていて下さい、傍でってお願いしないと、他の人の所に行っちゃいそうだから……」
 俯いた薫に掛ける言葉が見つからない。
 そんなに、この自分を頼りにしてくれていたのだろうか?
 それは初めての感慨だった。
 シンジはこんな風に助けを求めたりはしない。
 他の子もだ。
 助けを差し伸べればその手は握るが、無視をすれば自分で解決しようともがき、足掻く。
(この子は……)
 なんて儚く、脆いのだろうか?
 自分で立てないほどに?
 そうかもしれない。
 いつか誰かに言われた言葉を思い出す。
 この子には、自分の形が転写してある。
 そうして体を、病から癒した。
 その繋がりが、この一体感を生み出しているのなら。
 喪失は寂しさを、虚しさを生み出してしまうだろうと。
 責任を取る、と言う意味では、決して無下には出来ない存在だった。
 そうであったはずなのに。
(僕は、忘れていたのか……)
 自分自身を叱咤する。
 風呂に入っている間までは、最後まで責任を取る、あるいは責任を取れるようにするための方法を考えていた。
 その結果、彼女を傷つけてでも利用しようとした自分が居た。
 好意を向けてくている相手を、蔑んで。
 それはあの男とどこが違うのだろうか?
(僕は!)
 そう、少なくともここには既に責任が発生している。
 これからする事に対して責任を取れるようにする、それは確かに大事であるが。
 一方で、これまでして来た事を無視しても良いのだろうか?
 この子に対しては、未来を与えたと言う重大過ぎる責任があるのに。
(僕は……)
 そしてまた思い出す。
 あの時のことを、だ。
 薫を癒した時。
 シンジはただ、見守っていてくれたのでは無かっただろうか?
 ではあの時、シンジの力は誰を包み込み、支えていたのだろうか?
 彼女では無いのだとすれば。
(僕を?)
 それもまた衝撃になる。
 守っていたと思っていた人に。
 既に守られていた事に。
(そうか、そう言う事か……、シンジ君)
 カヲルはどこかで、自分がシンジに似ていると感じた。
 あるいは似て来ていると感じた。
 それは誰しも、人が通る苦悩なのかも知れないが。
 踏み越えてしまってはいけない一線があるのだと、カヲルはその境界線を見いだしていた。
 ……誰かの代わりでなく、代わりを為せる自分ではなく、自分なりの方法で、彼ら以上になるために。








 ところで。


(きゃーきゃーきゃーきゃーきゃー!)
 ついつい雰囲気で俯いてしまったものの、そこにあったブツに薫は鼻血を噴きそうな程にのぼせていた。



続く







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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