そんな風に時間は飛ぶように流れていく。
 あるいは足りないと焦りも生まれる。
「普通こういうのって、もっと前から準備するもんだと思うけどねぇ」
 聞こえた独り言にシンジは反射的に謝罪した。
「ごめん」
「シンちゃんのせいじゃないでしょう?」
 マナだった。
 学校の講堂は既にお祭り準備のために封鎖されてしまっている、そこら中でグループが生まれ、まるで学園祭のノリでそれぞれに準備を押し進めている。
 その数だけでも数十人、実行委員会を名乗る面々がそれぞれに抱えている兵隊だった。
 それにしてもだ。
 講堂を私用で独占されていると言うのに、誰も苦情を訴えないあたりが生徒の質と言うか、気質や性格、校風を表しているだろう。
 一応校長から当日の式のことは話はあった、女生徒からの質問が返り……、アスカだったが、見に来ても構わないのかとの質問に対し、校長はもちろんだ、と答えている。
 当日は本校の生徒も相当数加わる事になるだろう、その友人もだ。
 ちくちくとブッとい針でカーテンを縫うマナである。
 これは緞帳の代わりに壇上の左右を彩る物なので重要なのだが、それ以上に大きの都合もあって布が厚いのだ。
 畳を縫うような力仕事であるのだが、かなり軽快に飛ばしている。
「いやぁ、パラシュート縫うよりは楽だしぃ」
 それを聞いた時、どう答えれば良い物か困ったシンジだ。
「これも情操教育の一環って事かもねぇ」
「情操教育?」
「そ、やっぱり夢とか憧れってあるし、男の子だって目の前で見せられたらちょっと将来とか付き合いとか考えちゃうんじゃない?」
「そうかもね……」
 同じよな事をカヲルも言っていたなと思い出す。
「マナもやっぱり憧れってあるんだ」
「こういうのはちょっと」
 苦笑いする、と言うか引きつっている、笑いが。
「ふっつうで良いんだけど、シンちゃんは教会と神社とどっちが良い?」
「どっちだろ?」
「最近の結婚式じゃヴェール付のウェディングドレスってないのかな?、こう上げてもらってキスしてもらうの」
 ちょっと恥ずかしげに待つ振りをする。
「それからこうやって」
 唇を突き出し……、てやめた。
「でもシンちゃんは角隠しの方がいいかもね」
「え?」
「角付いてる相手だと様になんないから」
「誰の頭に角があるってのよ、あんたわ!」
 −またか−
 そんなどっと疲れた空気が、講堂の中をひたすら満たした。






「なんだか物々しくなって来たな」
 準備は一気に進んでいく。
 生徒たちも授業に身を入れるよりも、放課後の、あるいは当日のことを考えるのが楽しいのだろう。
 かなり浮ついた調子が漂っていた。
 しかしそうなるとつまらない事をしようとする人間が出て来るもので。
「おい!」
 忍び込もうとしていたのは良い歳をしていた大人だったのだが、あっさりと御用になってしまった。
 この時は事情を知っていた近所の派出所の警官が、巡回の回数を増やしていたから良かったものの……
「こりゃ、やらなしゃあないなぁ」
 との言葉によって、自警団が組織された。
 単純に泊まり込みの見張りなのだが、それを知った加持は苦笑するしか無かった。
 この高校は特定の少年少女を守るために相当数の警備防衛システムが導入されている、警官の到着も決して偶然などではなかったのだ。
 だがあえて止めようともしなかった、勘繰られても仕方が無いし、それ以上に余計な口出しをしない方が盛り上げるだろうと考えたからだ。
 この点、やはりミサトを選ぶ人間である。
 シンジは学校からの帰り道一人でぼやいていた。
 帰り道と言っても授業はとっくに終わっている、もう晩の十時前だ。
 トウジとケンスケは泊まり込みだった、トウジは警邏のため、ケンスケは学校の電算室を借りて数人と様々な処理対策に当たっている。
「平和、か」
 この間以来、少しは考えるようになっていた。
 何も無く日常が進行していく、だがそれが焦燥感に繋がっていく。
「何も無い、ってことは何も感じて無い、学習してないって事なんだよな」
 無駄な一日を過ごしたとも言える。
「あの子……」
 シンジの脳裏に蘇るのは、あの海辺の温泉街で生まれた少女、あるいは少年のことだった。
「どうしたんだろう、あの子」
 浩一の元に居るのだろうか?
 聞けば教えてもらえるだろうが、シンジは知ろうとはしなかった。
 余計な事を言いたくなるのが分かっていたからだ。
(打開策も良策もないのに、驚いて、文句だけ付けて)
 それを言わなければならない時があると言う事も勿論知っている。
 それでもだ、浩一が間違ったことをしているかどうか、それ以前に。
(悪いこと……、酷いことはしない、してないよね?)
 希望的観測だが、信じるしかない。
(そう、信じるしか無いんだ)
 カヲル、ミヤ、マナ、浩一……
 幅を広げればレイだけでなく、父もだろう。
(信じるしか……)
 しかし根拠は欲しいものだ。
(誰も何も話してくれない、なんて思わない)
 そんなものは言い訳だからだ。
 痛感した出来事が続き過ぎたのかもしれないが。
(でも僕に出来る事ってなんなんだろう?)
 精神的なケアだけなのだろうか?
 それでも良かったのかもしれない。
 何かが起こる、その狙いが周囲にあって、それを阻止し、何かを守ろうとし、そして傷ついたみんなを癒す。
 その最後の役割のために自分が居るのなら、それはそれでよかったかもしれない、しれないのだが。
「え?」
 シンジはトンネルに踏み込んだ時のような、気圧の差を食らった時のように耳に痛みを感じてよろめいた。
「あ、あれ?」
 なんとか踏みとどまって顔を上げる。
 先程まで歩いていた道だ、何も変わらない。
 車も人も通り過ぎるのに……
(変だ)
 シンジは心理的な恐怖を覚えた。
 光も音もぼやけて見える。
 現実がどこか消失している。
 ややあってシンジは行き交う人の狭間に立っている少年に気が付いた。
 歩き行く人が重なって視界から見えなくなる度に、数歩遠く、あるいは近くに移動して人を避けている様に見えた。
 だがシンジには分かってしまった。
 彼はそこに立ち尽くしているのだと。
 移動などしていないと、そう見えるだけだと。
 存在しているだけなのだと。
 ゾッとする。
(存在!?)
 生きている、と自分は認識していない事に気が付いた。
 まさしく存在しているように感じられるのだ、それは何処かで似た物に触れていたから。
(あの子と同じ!?)
 その考えを浮かべた途端。
 彼はにぃと唇をつり上げた。
 −ミツケタ−
 間違いなくその『声』は。
 シンジの頭に、慣れ親しんだ感覚として飛び込んだ。



続く







[BACK] [TOP] [notice]


新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
内容の一部及び全部の引用・転載・加筆その他の行為には
作者である私と原作者naryさんの許可または承認が必要です、ご了承ください。

本元Genesis Qへ>Genesis Q