−ミツケタ−
 その『言葉』が聞こえた時、シンジは足を後ろに引いていた。
 何考えず、何も思考せずに駆け出していた。
 一方で浩一のことが思い浮かんでいた。
 思考を読む能力。
 だから沸き上がる恐怖心で、全てを塗り潰そうとした。
 もしシンジに振り返るだけの余裕があったなら、これまでの経験が無く相手が醸し出す空気を読み取る事が出来ず、振り切れたかどうか安心しようと確認していたのなら、きっと気が付いていただろう。
 その『存在』を押し止め、立ちはだかってくれている……
 黒い綾波レイ。
 あのアスカの前に現われた彼女が、ここにも出現した事に。


Neon Genesis
EvangelionGenesisQ'143

「ゲートキーパーズ」


 −第三高校校長室−
「やれやれ、波乱の幕開けですよ」
 加持は誰かと電話していた。
「分かっています、俺達の式がただの式で終わらないことくらいはね」
 葛城ミサト、加持リョウジ。
 この二人の名は、そう非凡なものではないと言うことだ。
「俺達の結婚式にあなた方他、様々な方が顔をお出しになられる事で、後ろ楯があるのだと圧力に変える、しかしそれは危険な行為ですよ」
 電話の相手は笑ったようだった。
 くすぐったそうに加持は首をすくめる。
「そのためにこの高校で、と言うお考えは分かりますがね、主役に働かせるおつもりで?」
 返事が聞こえた。
 女の声だった。
「まあ、そのための戦力の増強は分かりますが……、もう子供ではない、そうかもしれませんね、では」
 かちゃんと電話を切る。
「でもその内に彼らのことが入っているのは……、知らないんだろうな」
 手元のファイルには、マナやムサシのプロファイルが纏められたファイルが広げられている。
「大人の踏み込めない領域は彼ら自身でガードしてもらうしかないとしてもだ、さて」
 悩む。
「極東の大御所が勢揃いか、これで狙われないわけがない、今やこの街の警備はザルだ、どこまで葛城に嗅ぎ取られずに、式の準備を進めることができるのやら」
 どこかとほほと溜め息を吐く。
「俺も歳だな」
 胃の痛みに対して、老いを実感してしまう加持だった。






 暗闇に一人の姿が浮かび上がる。
 浩一だ。
 その前に金色の水を湛えたシリンダーがあった。
 かつてはレイとマユミが沈んでいたそれに、今はカヲルがシンジの前で確保した、アダムカドモンと呼ばれた存在がたゆたっていた。
「動き出したみたいだよ」
 浩一の言葉に反応を見せる。
 薄く笑う、裸体のまま、張り付くように絡んでいる黒髪は、まるで海藻のようで人魚姫よりも水死体を思わせた。
 やはり精気と言うものが感じられないからだろう。
「だがまだ数が足りない……、七体が揃っただけだというのに、何故動き出したのか?」
 −ココニ、イルカラ−
「呼んでいるんだね、仲間を」
 苦笑する。
「でも七ではいけない、九と言う数字は神の計算においてとても重要な数字なんだよ、東の地に新たな信仰が生まれる遥か以前から、九つの言葉に裏の意味を合わせた十八の真理を持って世界の理としていたくらいだからね」
 彼、あるいは彼女は微笑を浮かべ、狭い中で泳ぐように身を翻した。
 どうやら話が退屈であったらしい。
「後二つは、どこに?」
 浩一には何かの確信があるらしい。
「そして滅んだと見せ掛けて逃げた彼は、今何処に居るのか」
 それはこの間ドームで暴れた、あの怪物のことのようだった。






 シンジは逃げていた、まだ逃げていた。
 それは逃げ場所が見つからないためでもあった。
 家には帰れない、考えてみれば家は関係者だらけだ、自分が狙いであるのなら、他の全員にそれが及ぶ可能性がある。
 先日の温泉旅行で痛感した事でもあるから、無意識よりは少しばかり浮上した部位で、それを強く意識していた。
 一方で助けを越える相手を探していた。
 浩一、カヲル、レイ、マナ……、あるいは?
(駄目だ!)
 誰を取っても巻き込むと言う感じが否めなかった、いや、分かっていたのかもしれない。
(『あれ』が捜してるのは、僕だ!)
 存在感の感知、自分の中に眠っている者、もしそれと同質の物を目の前に据えたなら?
『あれ』は興味を移してしまう、そんな気がする、いや気のせいではない。
 確かな『興味』を、『声』の中に響かせていたから。
(くそっ、結局逃げる事しか出来ないなんて)
 ムサシとの喧嘩を思い出す。
(安全だって分かってる相手としか殴り合えないんじゃ、意味なんて無いじゃないか)
 立ち向かわなくてはならないというのに。
 その考えが浮かんだのは、相当走って心に落ち着きが生まれて来たからだろう。
 声を聞いた瞬間の恐怖心は薄らいでいた。
 体が普通でないということは不便かもしれない、疲れが来ないからいつまででも走り続けられる。
 本能的に家とは逆方向に走っていた、学校にも近付いてない。
 そこはシンジの知らない地区だった。


「シンちゃん、遅いね」
 ぽつりと言ったのはレイだった。
「事故かな?」
「嫌なこと言わないの」
 こつんと小突く。
「ミズホ、学校の方は?」
「もう出られたそうですぅ」
 携帯を切る。
「カヲルさんもその後すぐに帰られたそうですぅ」
「なぁんか余計な事やってんじゃないでしょうねぇ?」
「まさか……、カヲルが?」
「そうよ!」
「してないって、そんなこと」
 はぁ?、っとアスカは剣呑な目を向けた。
「なぁに?、あんた信用してるわけ?」
「そうじゃないって、ただカヲルって……」
「なに?」
「あたし達の前だからからかってるとか……、その場の空気を軽くしようとしてやってるってとこ、あるみたいだから」
「……」
 そうかもね、と心で思うアスカだ。
 シンジ同様に本当に人が嫌がるような事は、絶対にしない、そんな気がする。
 シンジほど信用出来ないにしてもだ。
「でもシンジの携帯だけ繋がらないって、変じゃない?」
「電波の届かない所に居るってなってるもんね」
「電源が切られてるってんじゃないみたいだし、街ん中で繋がらない場所なんて、そうそう無いのに」
 ちらりとミズホに視線を送る。
「うう〜〜〜」
 ミズホはミズホで、もう何度目になるか分からないシンジへの呼び出しを行っていた。


「おかしい……」
 カヲルは呻いていた。
 アスカ達同様に、カヲルも異変に感づいていた。
 ただその感じ方は違っていたが。
『カヲル?』
『……甲斐さんは、動かないと言うんだね?』
『ううん、動かないとは言ってない、あたし達に何かをさせるって事は無いってだけで』
『他の人間を……』
 やはりおかしいと感じて月を見上げる。
 またどこかのマンションの屋上だった。
 縁に座って片膝を立てている、風に吹かれて髪がなびいた。
「声に、ノイズが混じる?」
『ミヤ、何か変だとは思わないかい?』
『え?、……そう言えば、いつもより声が『曇ってる』感じがするけど』
『やっぱりそうか』
『なに?』
『僕達の声はある種の『意志』だ、思考の波長とも言える』
『うん』
『これは距離や空間に関係せずに届けることができる、そうだね?』
『うん、だから昔は……』
『そうだね、囚われていた頃は、こうして心を繋げて励まし合っていた』
 全世界中の、自分と同じ境遇の人と。
『だけど今、僕達の間に何者かの存在が横たわっている』
『存在?』
『何者かは分からないけど、かなり強力な意志力を持った存在のようだね……、僕達の思考波はその存在の放つ『声』に影響を受けてしまっているらしい、そう、ラジオがテレビの傍では受信出来ないように』
『影響!?、声って!』
『僕達の『声』は特殊なものだよ、これに干渉出来るのもまた『声』だけだ』
 立ち上がる。
『悪かったね、余計な手間を掛けさせて……、これから少し調べに行くことにするよ』
『気をつけて』
『ありがとう』
 カヲルは通話を断ち切って顔を上げ、苦笑した。
「ありがとう、か……、感謝の言葉を送り合う様になれるとはね」
 これもここに来て受けた影響であろうかと考えて、カヲルはふと気が付いた。
「ここに居るとみんな変わっていく、嫌い合っていた相手とでも心を交わすようになっていく、不思議な街だね、この街は」
 そしてカヲルは、トンと夜空に向かって足を蹴った。







[BACK] [TOP] [NEXT]


新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
内容の一部及び全部の引用・転載・加筆その他の行為には
作者である私と原作者naryさんの許可または承認が必要です、ご了承ください。

本元Genesis Qへ>Genesis Q