「ふぃい、ですぅ」
 割りと細かい作業に移って来ると、途端に暇になってしまったのが彼女であった。
 料理も出来るし裁縫も出来るが、宴会料理は畑違いであるし、今更裁縫の出番でも無い。
 飾るための花は会場入り口からテーブル、ブーケに至るまで準備万端である、ここまで仕事が堆積していた分、もうゆっくりとしてもいい筈なのだが、周りが働いていると自分だけがのんびりとするのは落ち着かないものだ。
 手持ちぶさたに校舎を回り、ミズホは退屈凌ぎに屋台を覗いていた。
「あ、シンジ様ぁ!」
 見付けた人物に大きく手を振る。
 その声と元気の良さには、思わず通りがかった人達が振り向いた程である、だが。
「ほえ?」
 シンジは気付かずに屋台の陰へと消えてしまった。
 気付かなかったのだろうかと首を捻って、すぐに追いかける。
「ふぇえ?」
 しかし……、居ない。
 見間違いでは無かったと思うのだがと、ミズホは二度三度首を傾げた。


 シンジは……、確かにそこに居た、ただミズホの声は本当に聞こえていなかったのだ。
(サヨコさんか)
 不便だったから。
 今ひとつ意味が分からなかったが、あの様子だと北海道でも一緒だったのだろうと推測出来る。
 以前電話で聞いた声のことも、これでようやく合点がいった。
(でもどうして?)
 ろくな考えが浮かばない。
 どれだけ鈍かろうと、これだけ経験させられてしまっては邪推も働く。
(僕達と同じって事か)
 シンジは自然と認めていた、レイやカヲルと言った『存在』の中に自分も組み込まれているのだと。
 素直にではないが、レイ達が保護を受け入れているのにゴネた所で仕方が無い。
 ふらふらと歩いている内に、シンジは行き先を見失っていた、別段行く場所など無い、その点ではミズホと同じで、もはや仕事らしい仕事は無いのだ。
 様々な人達が色々な準備をして、今まさに解き放たれる時を待っている。
 引き絞られる弓を見ているかの様な心境、だがシンジはそれを遠い世界のことのように感じていた。
 ざわめく人々の声が段々と遠くなる、何故自分がここに居るのか?、何をしているのか、様子を眺めながらただ歩き続ける。
 休む場所も見つからない、その内、人に当てられて、焦点が合わず視界がぼやけるようになって来た。
 ざわめきは過ぎると神経を麻痺させて、静寂と同じ孤独感を味合わせる、混ざり合う事の出来ない不協和音、それが自分なのだと落ち込ませていく。
(いつもこんな感じだったのかな……、レイ、カヲル君も)
 愚にもつかない事を考えてしまう。
(浩一君に怒られたって言うのに)
 本当はアスカがらみであったのだが、ちゃんとレイに対する彼の言葉も自分なりに聞き入れていた。
(恐いんだな、結局、僕は)
 この間の……、正体不明の存在に出くわして以来、恐くて一人で出歩けない。
 めったに一人にされることがないだけに、自然に振る舞っていれば気付かれることは無かったが、それでもやはり、カヲルが傍に居ないと落ち着かなくなっていた。
 雑踏の中に現われ、他人に意識されることなく追いかけて来た。
 その事が恐怖心に繋がっている、あの時も、こんな人気の中で遭遇してしまったのだから。
(遭遇?)
 シンジは違うと感じた。
(あれは僕を探してたんだ、でも、どうして……)
 いつもそうだ、どうして、何故?
 それに答えてくれる人は居ない、答えられる人はいるのかもしれない、けれど気にしてもしようがないからと何処かで割り切って来ていた。
(違う、僕のことじゃなかったからだ)
 他人事であったから……、と冷たくは思わない、他人のことであったなら関り合いにならずに逃げ出していたはずだから。
 どこかでレイ達の問題であると言う意識があった、そう自覚せずには居られない、だが今回のことは明らかに自分に対する問題なのだ。
(なんとかしなくちゃ、なんとか)
 無事にここまでこぎつけたのだから、後はもう自分は必要ないだろうと思う。
 後は普通にお祝いして過ごしていればいいだけだからと、心の何処かで意識を棚上げしていた問題に切り替える。
(父さんは知ってるのかな……、知ってるのかもしれないな)
 だからサヨコなのかもしれないと考える。
(守る力があってもそうそう張り詰めていられないもんな)
 戦う力があっても気を抜いてしまう時だってあるだろう、それはレイを見ていれば良く分かる事だ。
(だから、僕なんだろうけど)
 となると、ちょっとだけ悔いが生じてしまった。
(レイに話すんじゃなかった)
 詳しくは教えていない、だが何かがあったことは告げてしまっている。
(心配させるだけじゃないか、まったく)
 歯を噛み締めるのは不甲斐なさだ。
(駄目だな、まとまってない)
 心が落ち着かない、集中していない自分を感じる。
 やはり恐いからだろう、余計な事まで考え過ぎて、思索に一貫性が見られなくなってしまっていた。


 多少の問題を孕みつつも、ほぼ事は予定通りに進行していた。
 会場の準備から始まって不審者に対する対応に至るまで、だがそれらに関わる問題は最初から想定された物であり、逆を言えば対処方法は始めから確立されていて、予測し易かった事からもさしたる問題ではないと言えた。
 では、何が問題になるのか?
 それは突発的な予測不可能の事態だろう。
 先程、とある銀行で強盗事件が発生していた。
 普段であれば即座に警察も動いた筈なのだが、その目は『何故だか』この高校に向けられていたため、対応が遅れがちになってしまっていた。


「ここに居たのかい?」
 シンジはトイレ前の洗面所で顔を洗っている所を発見された。
「カヲル君?」
 手で拭って水気を切る。
 目にしみるのを我慢して、シンジはカヲルに目をやった。
「どうしたの?、確か浩一君と」
「任せて来たよ、僕はむしろ会場にこそ居るべきだからね」
 ああ、と何処かで納得してしまう。
 シンジはそんな自分に嫌悪を浮かべた。
「どうしたんだい?」
 もちろん、表に出てしまうほどのそれをカヲルが見過ごすはずが無い。
「酷い顔をしているね……」
 シンジは伏せるようにして顔を逸らした。
「自分でもそう思うよ」
 話してはくれないのかい?、そうは訊ねない。
 自然と話してくれる、隠したりはしない、それが互いの間に通じている信頼だから。
「納得してる自分が嫌いなんだ」
「納得とは良く分からないね……」
「カヲル君達のことさ」
 シンジは洗面台の縁に腰をかけた。
「会場に居るべきだって聞いて、ああ、守るためなんだなって納得してる、それは良いんだ、けどどうやって守るのか、そこまで考えて、ああするんだろうなって」
 それは幾度か見た『力』の形。
 金色の壁。
「使う事がどうとかじゃなくて、それでも人前では使わないようにしてることぐらいは分かるよ……、でも何かあった時には後悔するより使うんだろうし、僕はそれを当てにしてる」
「迷惑なのかい?」
「そうじゃないよ、当てにして他にも出来る事が……、何かやっておかなきゃならないこととか有りそうな気がしてるのに、簡単に任せてしまおうって、思っちゃってる」
「嫌いなのかい?」
「そんな自分に、腹が立つんだ」
 カヲルは首を傾げた。
「おかしな事を言うんだね、君は」
「そうかな?」
「シンジ君の言う通り、僕は迷うつもりは無いよ、後悔するよりは余程良いからね、でもそれは僕が決断する事で、使い時もあると思っているからそれ以外の手も打っているし、使ってもいる」
「浩一君と……、何かやってることとか?」
「そうだね、それはシンジ君が気にしても仕方の無い事さ、そうだろう?」
 だがシンジはその考えこそ嫌らしい。
「今までずっとそうだったじゃないか」
「シンジ君?」
「何をやってるんだか良く分からなかった、突然落ち込んでるようにしか見えなくて……、レイだってそうだ、カヲル君だって……」
 悔しいのかもしれない。
「守らせて欲しいとか、そんなのじゃないんだ、でもいつまでも慰めてなんて居られないよ、傷つけてる事も結構ある、そうでしょう?、落ち込んでる時に余計に傷つけちゃう事だってあるんだ、でもどうしたら良いのか分からない」
 言ってまたかぶりを振った。
「結局そこなんだよね、どうしたら良いのか分からない、これって逃げてるだけなんだ」
 唇を噛み締める。
「分からないから頼れば良いって思ってる、人が優しくしてくれるからって甘えてるんだ、そんな自分に腹が立ってるのかもしれない、どうしたらいいってまた聞きそうになってる、そんな自分じゃいけないって分かってるんだ、分かっちゃったんだよ、でも」
「気にしてるのかい?」
「……うん」
 この間のこと。
「偉そうなこと言って、考えたって、恐くなって逃げ出してばかりだ」
 アスカからも。
 どんな事からも。
「勇気と無謀は違うよ、それに、心の強さと弱さも腕力とは違う」
「それでもだよ」
 シンジは言う。
「今だって……、恐くて、震えてるんだ」
 ほら、とシンジは手を見せた。







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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