−はぁ、はぁ、はぁ−
 男は決死の形相で走っていた、肩に担いだバッグの中には、本来は札束がひしめく予定だったのだろうが、空である。
 ジージャンにありふれた野球帽、端から見れば良く居るような青年だ。
 強盗に入った男であった、その腰には銃が差し込まれているのだが、生憎と人の目に止まるほど目立ってはいない。
 顔には後悔と怒りと憤りが渦巻いていた、成功して追われるのならまだしも、何も手に出来ずに逃げるだけになってしまっているのだから。
 ややあって朝にしては多い人ごみに流れが生じ始めた。
 追っ手もこの人の多さで見付けられずに居るようだ、ならばと彼は流れに乗った。
 その人々は皆、とある高校へ向かって蠢いていた。


『新郎新婦の入場です』
 と言っても垂れ幕の陰からの登場なのだが、それはともかく。
 出口側の垂れ幕の左右からそれぞれ新郎と新婦が歩みだし、中央の小道でお互いの顔に苦笑を浮かべた。
 ……苦笑、だった、微笑みでも照れ笑いでも幸せでも無く。
 気恥ずかしさが無いでも無いだろう、だがお互いに分かり合っている目をしていた。
(俺達がなぁ)
(ねぇ?)
 そんな感じだ。
 ちなみにミサトの後ろでは子供達の代表としてハルカとノゾミが従っていた。
 左右のテーブルに着席しているのは大人ばかりで子供は少ない。
「もうっ、シンジのバカ、何処行ってんのよ」
 隠れてこそこそとリダイヤルを掛けるアスカだ。
「ミサト先生、大丈夫かなぁ」
「奇麗ですぅ……」
 ほうっとするミズホの横で、レイは倒れてはしまわないかとはらはらしていた。
 大きなお腹で、しずしずとと言うよりもぽてぽてとペンギンのように歩く姿が恐ろしい。
 危ういバランスに階段は失敗だったかもと思わなくも無かった、だが階段を上っていく時には霧散していた。
 一段だけ先に片足を乗せ、タキシード姿の加持が手を差し出したのだ。
「ばぁか」
 それを当然のように受け入れて、手のひらを乗せてリードを任せる。
「最初の共同作業と言う訳か」
 聞こえた養父の声にレイは赤くなってしまった。
 しかし続いた言葉が気にかかる。
「一度は別れた二人がな……」
 やけに親しげに聞こえた、別れた、とはどう言うことなのだろうか?
 だがそれを訊ねられる雰囲気ではない、後で聞いてみようとこの場は抑えた。
 神父だけは代役を立てる訳にもいかないので、ちゃんとした人間が選ばれていた。
 右目の下に傷がある、丸眼鏡の神父は加持の知り合いということしかレイ達は知らない。
 細く笑っている目が傷のせいで泣き出しそうな感じに引きつって見えた。
「では、誓いの口付けを」
 向かい合う二人、ベールを持ち上げられるまでの間ミサトは目をつむっていた。
 頬に触れる手の肌触りに薄目を開く、潤んでいるように見えるのは気のせいではないだろう。
「一人ででも育てるんじゃなかったのか?」
「バカ……」
 大人のキスとしては比較的大人しかったし、それに不器用でもあった。
 ミサトのお腹を気にして、正面からでなく多少体を横にずらしていた、ついばむ様に一度だけ、すぐに傍から離れていく。
 感動の一瞬、拍手が起ころうとする、ミサトが何かを言いかける、誰しもが祝福を送ろうとしたその時。
 −バタン!−
 講堂入り口が派手に開かれた。


 誰も何が起こったのか分からなかった、気が付けば野球帽を被った男が誰だか分からない少女を小脇に抱えて銃を突きつけていた。
 最も早く反応したのは加持だった。
 すっとミサトの前に立ち、後ろ手に下がれと指示をする。
 ミサトは加持がタキシードの下に防弾効果のあるシャツを着ている事を知っていたから素直に従った。
 加持の顔には油断が無かった、余裕も消えていた。
 相手が何者か判断がつかなかった、諜報機関やスパイ、その種類も危険な物からただの企業の手合いまで様々だ。
 だがこのような人質を取って乗り込んで来るような類の奴には心当たりが無かった、暴力団関係かとも訝しむ、だがそれなら人質など持ち出さずに、問答無用で二・三発撃ち込んで逃走するはずだ。
「用件は?」
「逃走用の車を用意しろ!」
 は?、と全員が首を捻った。
 やって来るなり何をする訳でも無くそのまま逃げるための車を寄越せとは、これまた意味不明な行動である。
「人質を離せ!」
 男の後ろからの声、即座にその青年は式場の中央に後ずさった。
(余計な事を)
 警官だった、刑事も混ざっているようだ。
 加持の目には彼らが追い込んだ様にしか写らなかった。
「皆さん下がってください!、強盗犯です!」
 まずその手の荒事に慣れていない人間が悲鳴を上げて逃げようとした。
 警官を押し流す勢いで出口に向かって殺到する。
「大変だな」
「ああ」
 その中にあって、冬月はゲンドウのテーブルに落ち付き直していた、リツコもだ。
 アスカはミズホと共に迷ったが、レイが動かないので留まっていた、ユイとサヨコもだ。
「だが都合が良いとも言えるな」
「どうするかね?」
 ゲンドウはちらりとサヨコを見やった。
 気が付いていたのだ、青年が人質にしている少女、その左右、色違いの瞳を持つ、幼く見える子の正体に。



続く







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