シンジ達の側で祭りが盛り上がっている頃、日本のとある山中に何者かが佇んでいた。
 言葉は無い、ただ足元の、素足の沈む腐葉土をじっと見つめているだけだった。
 暗い森の中、虫の音が騒がしく耳障りである。
 彼は少年ではなく、少女でも無かった。
 長い髪が垂れ下がり、開かれた黒マントの前には貧弱ながら性別を主張する胸が見て取れる。
 だが、そこから続く下腹部のさらに下には、また違った性が見て取れた。
 だらんと垂れた男性生殖器、だが精巣は無い、体内にあるのだろう。
 陰茎の根元は左右に割れていた、女性生殖器になっている。
 それは胎内において性別の決定期を逃した、奇形児の証しでもある。
 ローブをマントのように左右に分け広げているのは、今は休めるように下げられている翼であった。
 良く見れば手の甲からも、足のくるぶしからも生えている。
 その総数、三十二枚。
 彼は顎を上向けた、空を見上げて虚ろに星のすうせいを見定める。
 彼は何を見たのだろうか?
 一方。
「碇ではないのかね」
 老人が声を荒げていた。
 それは世界の何処かの、何処かの誰か。
「彼に動きは無い……、純然たる事故だよ」
 場は緊張感に満たされていた。
「だが決定的ではあるな」
「うむ、やはり」
「方舟、かね」
 共犯者達は理解を示す。
「既にエクセリヲン級の竣工式にはこぎつけている、残るは」
「選別か」
「さよう、そして気にすべきは時計の針だよ」
 何のことであろうか?
「先程、日本から報告があった」
「フォッサマグナかね?」
「うむ、微震の回数が増大している、間隔も短くなっている」
「それに連動して、各プレート上の幾つかの土地にて地震が発生している」
「次回はただの地震ではすまんな、やはり」
「その通りだ」
 最も重々しい声が答える。
「要の地の封印が割れた時、滅びの時が始まるだろう、フォッサマグナの刺激によって荒れた各プレートは、他のプレートへの刺激を派生させ、その地震の規模は相乗効果により全世界的規模のものとなる、休眠中の火山は再び火を噴き、海は荒れ、津波は湾岸のみならず内陸部にまで多大な被害をもたらすだろう、これから逃れられる場所は無い」
「軌道衛星は……」
「もはや見捨てる以外にあるまい……、二十世紀末より始まった各国の共同による軌道ステーション開発、その基礎母体がジャイアントシェイクに伴う地球規模の磁気嵐によってどうなったか、口にする必要も無かろう?」
「しかし月基地は見捨てるには惜しいが」
「確かに」
「物資の貯蓄には限界がある、自足も出来ぬ灰色の世界では未来は無いよ」
「やはり我らの希望は方舟のみか」
「そうだ」
 その声が決定づける。
「方舟に乗せるべく用意されるはずであった生命の種子、その元祖たるアダムカドモンの生成に失敗した今、方舟にはこの世の証しと成りえる命の限りを詰み込まねばならん」
「昆虫はいい、ある程度の数を揃えれば自己進化によってその世界に適した種族と生って分化しようが、人間はそうはいかん」
「その基準を何処に据える?」
「……やはり、碇かね」
「碇ゲンドウ、彼ではいかんだろう」
「何故だ?」
「細胞には分裂回数に限界がある、クローンは分裂回数を消費した細胞より、さらに無理な過度の分裂を促して生成するために死期が早い、彼の細胞は我ら『ヒト』種族よりも長らえるものとなっただろうが、後に定着、変異させたものだけに安定性に欠けている」
「ユイと言ったな」
「彼女もまた同じことだ、成長期を越えて安定したが、現在では老化が再度進行し始めていると検査結果が出ている」
「だがその論理で進めるのならば、第一世代型には全て共通する問題となるぞ」
「甲斐君の手合いかね、あれは」
「プロトタイプに過ぎん」
「生物は必ず生きる道を探し出す、そうだな」
 男の言葉は、全員に共通した意味をもって行き渡った。
「二世代目か」
「碇ゲンドウと、アレクサンデル・ジークフリード、彼らの息子と娘は『自然出産』であったはずだ」
「それだけに生体としても安定していると言う事か」
「紛い物の歪んだ構造をしてはいない、やはり実験体には構造上の無理が生じているからな」
「碇シンジだったか?、彼の数値は未確認ながら、我らの持つ最高記録数値の五十倍もの値を弾き出したというが?」
「未確認、か、ふん、胡乱な事だ」
「情報操作は彼の十八番だからな」
「今追及している余裕は無い、全てが無に帰せば意味は無くなる」
「碇シンジのパーソナルパターンの入手は困難なのかね?」
「検査は済んでいる、流石に美しい螺旋を描いていたよ、望まれた命として生まれた事が違いを生んだな、やはりエヴァは周囲のATフィールドと同調するらしい、健やかな環境であればあるほど、自我形成は健全に行われる」
「アダムカドモンの製造に関してはやはり」
「同じ理由ではあろうな、だが未練だ、失われてしまったものは良い、今必要なのはそのあ代わりのものを用意することだよ、既存のものを利用するしかない」
「第三新東京市への進攻かね?」
「我々の持つ全戦力を投入し、彼らを捕縛する、我ら『人類』に残された希望は僅かなのだからな」
「方舟の封は」
「およそ一千年を見ている」
「どちらか一方でも生き延びてさえくれれば」
「人の生きた証しは残ろう……」


 祭りの様子は夕方、晩のニュースとしても流された。
 その中で一際目立ったのは、この風変わりな結婚式の模様である。
 特にとあるテレビ局だけがその会場である講堂にまで踏み込んでいた、そのプロデューサーの名前はタタキと言う。
 結婚式で知人が即席バンドを組んで演奏する事などそう珍しくは無い、だが、その顔ぶれを見た一般人は、多少ならずとも唖然とする事になる。
 一時期ネット経由でやけに賑わせていた面々だったからだ、特に、第三新東京市、あるいはケーブルテレビ関係でその『番組』を見ていた者達にとって、レイとカヲル、それにアスカの目立つ髪は僅か数秒であっても鮮烈だった。
 特にカヲル関係の、ケンスケによるローカル出版物は一部ながら全国に流通している、ネット経由での販売も上々だ。
 ちなみにアスカやレイについては現在でも新規フォトアルバムの発売が行われている。
 当然のごとくテレビ局に対して、情報を求める声が殺到した。
 全てはタタキの計算通りであった事を知る者は少ない。
 彼はその電話の鳴り響く編集部にて、一人悦に入っていた。


「ところでさぁ」
 とアスカは言う。
 色々な所で大きく騒動になっている訳だが、表面に出ない限り、所詮は彼らの目には入らない他人事だ。
「なぁんで結婚式の最後がキャンプファイヤーなわけ?」
 シンジは苦笑する。
「色々ゴミが残ってるからねぇ」
「だからってねぇ、こんな事やったらダイオキシンとか、有毒ガスとか出て大変なんだから」
 片方でカヲルが肩をすくめた。
「夢のない発言だねぇ」
「なによぉ」
「少しはミズホを見習ったら?」
「奇麗ですぅ」
 ほぇえっとしているミズホだ。
「レイだって似たようなもんでしょうが?」
「ん?」
 売れ残りのたこ焼きの舟を片手に持っているのだが、その上にはてんこ盛りに積まれていた。
「だってもったいないじゃない、はい、シンちゃんあ〜ん」
「うん、……焼き過ぎで堅いね、これ」
「売れ残りだからねぇ」
「じゃなくて、タダだからって、良く食べるわ、そんなの」
 言いつつもアスカも欲しくなったのか、ひょいっと一個摘まみ取った。
「……でもまあ、これで終わりか」
 ポツリと漏らした一言を聞き咎める。
「終わりって?」
「ん……、ミサト先生と加持さん、新婚旅行に行っちゃったし、後片付けしてなんだかんだやっても、後は想い出って感じじゃない?、だから、ね、なんとなく」
「そっか……」
「うん……」
 赤々とした火が二人の顔を照らす、揺らめく光が二人の顔も、髪も、瞳さえも、全く同じ色に染め上げる。
「ミサト先生……」
「え?」
「幸せになれるといいわね」
「うん……」
「赤ちゃんも」
「そうだね……」
「けど」
 アスカはこぼした。
「あたし達の子供って、どうなんだろう?」
 ぎくりとさせられた。
「あー!、アスカ、あたし達のって、どういう意味よ!」
「べっ、別に意味なんて」
「じゃあそっぽむくなー!」
「ですぅ!」
(アスカ?)
 シンジは顔を背ける事ができなかった、ついでに動揺した内心を押し隠す事もだ。
「シンジ君」
 カヲルの小さな声にはっとする。
「うん……」
 今、この場で三人には知られるべきではないのだと。
 シンジは何とか押し込んだ。







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Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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