本来であればアスカよりもレイの方が、その悩みには合っていただろう。
 しかしレイは既にそれを忘れかけていた。
 いや、実際に覚えていないのかもしれない、気が付いたら『あそこ』に居た。
 しかし今ではもう解放されているのだし、漠然とだが不安よりも幸せな将来を夢見るくらいには、楽観的になり始めている。
 対してアスカだ。
 先日、まざまざとそれを『体験』させられただけに、不安に思わないはずが無い。
(この中に赤ちゃんが居るんだ……)
 ミサトが触らせてくれたお腹は衝撃的だった。
 中に確かに何かが居て、蠢いているのだ。
(命、か……)
 ミサトを見ていると恐くなる。
 命を宿していながら平然と歩き回る、あのような振る舞いもする。
 母の強さとかそう言った言葉だけでは納得出来ない芯を感じられた。
(なんだっけ……、どっかのサイトで読んだんだ、論文、母親が重度の喫煙者だった場合、その胎児は脳障害を被る可能性が高いって、六歳児程度には普通に発達するから、下手すると一生障害を持っている事が発覚しない場合が多いけど、確かに正常な子に比べると頭の回転の遅い子になるって……)
 つまりは。
(あたし達は子供が生まれる前から……、ううん、子供を生めるようになる前からもう、将来に対する責任を負わされてるんだ、考える、考えないは別にしても、自分の無責任は子供にまで影響するんだ、自分の子供に)
 ではどうすれば良いというのか?
(出来る限り自分の未来を……、将来を、夢を想像しなくちゃいけない、そのために必要な事を調べなくちゃいけない、出来る事をやらなくちゃいけない、知らなかったって言うのは言い訳でしか無い、だって調べることは出来るんだから)
 なのに知らないままで済ませてしまうのは、ただの怠惰だ。
(あたしは……、パパやママに、そんな不満を持ったことはない、それはパパやママがあたしに対する責任をちゃんと果たしてくれたからなんだ)
 考えてみればゾッとする話しだろう。
 特にシンジなどはそうだ。
 レイ、カヲル、ミズホ、それに自身のことについてもだ、相当危険な目に合っている。
 なのに不思議なくらいに、シンジはそれを他人のせいにはしていない。
 一つ間違えば父親や母親に対して、生み落とされたこと自体を呪っていてもおかしくはなかった。
(レイ達が居てくれたおかげ、か)
 それを否定するつもりは無かった、自分とシンジだけではとっくに潰れていただろう。
 壊れて、ではない。
 潰されてしまっていただろう。
 そんな事を考えているアスカと言う少女は、家庭願望、あるいは結婚願望が強いのかもしれない。
 女の子だから、と単純に決め付けることは出来ないだろうが、不安の裏返しも少しはあろう。
 そんな心情に陥っている一方で、シンジとカヲルはアスカの言葉に激しい動揺を感じていた。






「護魔化すことが出来て良かったよ」
 シンジとカヲルは一旦自宅に戻った後で、ゲンドウとユイ、それにアスカ、レイ、ミズホを置いて再び外出していた。
 もう時間は遅く、晩の十一時を過ぎている。
 みんなは疲れて、のんびりと風呂待ちをしているだろうが、こちらはそうもいかなかった。
 ガス抜きと言うほどでは無くても、気を落ち着けなくては眠れもしない。
「アスカちゃんがどんなつもりで口にしたのかは分からないけど、あの心配は僕自身のものでもある」
「カヲル君……、好きな人が居るの?」
「おかしいかい?」
 シンジは苦笑し、足元を見た。
「何だか想像出来ないや……、カヲル君って、誰かと付き合ってても家庭に落ち着くって感じに見えないから」
「そうだねぇ」
 カヲルは逆に空を見上げた。
 歩く速度に合わせてホンの少しだけ動いて見える。
「確かにね、好きな人は居るよ……、でも子供が欲しいかと問われると、どうかな」
「え?」
「好きな人との間に必ずしも子供が居なければ幸福ではない、そんなことは無いんじゃないのかい?」
「あ、えっと……」
 流し目に困って護魔化しをくれる。
「じゃあ、カヲル君は何を困ってたの?」
 調子に乗り過ぎたか、と反省するカヲル。
「もっと大きなことさ……」
「大きなこと?」
「例えば……、そうだねぇ、薫とか」
「薫……、ナカザキさん?」
「そうさ……、覚えてるかい?、彼女の病気が悪化してしまった時の事を」
「うん……」
 忘れられるわけがない。
「あれは、ある種僕が原因だったよ、今でもその責任は取ったと言い難い……、知られてしまうと彼女の身にも危険が及ぶだろう、なら、僕は責任を取り続けて上げなくてはならないと思う、それは子供が必要かと言う問題と同じだよ、結婚して上げると言うのとは、また別の問題になるだろう?」
「そうだね……」
「それが僕に与えられた役割だと思う、シンジ君には……、もっと難しくて、直接的な関り合いが必要だろうけどね」
「難しい、か……」
「誰かを選ぶことができるのかい?」
「選ばなくちゃならないのかもしれないけど」
「そう、選ばなくてもいい、そんな選択肢もあるんだ、彼女達がそれを許容するかどうかは別として」
「卑怯、かな?」
「どうかな?、レイ達はむしろ安心するかもしれないよ?」
「え?」
「現状の維持は、一番安心出来る状態でもある、無理な変革を望んだ所で、今以上に幸せになれる保証なんてどこにも無いんだからねぇ、あるいは今こそが一番幸せな状態であるのかもしれないよ?」
「僕だけじゃ……、わからないな」
「そうだね……、話し合うべき問題の一つではあるだろうね」
「ふざけるなって、言われそうだけど」
「特にアスカちゃんなんかはねぇ」
 そう言ってふざけた笑いを漏らす。
「ところで」
 カヲルは立ち止まった。
「悪いね、今日は、付き合わせて」
「……僕も、気にはなってたから、それに」
 シンジも合わせて立ち止まり、顔を上げた。
「いつまでも放っておける問題でもないんだろうし、なら」
「なんだい?」
「まだ……、カヲル君が居る時の方が、堪えられそうだから」
「……その期待には、応えるよ」
 二人が顎を引くように見据えているのは、学校に侵入していたあの謎の三人だった。


 クルス浩一はアダムカドモンと呼んだ。
 他方で同じ呼称を用いている老人達が居た。
 そして同じ雰囲気を彼らは醸し出していた。
 左半身に構えるカヲル、シンジも倣って、対照的に右半身を前に構えた。
 シンジの右拳とカヲルの左拳の甲が僅かに触れる、その様はまるで敵に放たれる一つの矢じりの様を思わせた。
「呼吸を合わせよう」
「うん……」
「緊張し過ぎることは無いよ、……そうだね、手、触れているね?」
「うん」
「呼吸に合わせて上下に動いているのが分かるだろう?、それに合わせるんだ」
「分かった」
 そんな事をやっている間にも、正体不明の三人はそのフードを持ち上げて顔を晒していた。
 髪は長い様だ、が、ローブの中に仕舞われていて分からない。
 そのローブの下なのだが、これまでの連中とは違うのかもしれない、簡素な布服を纏っていた。
 映画に出て来るような、古いヨーロッパの衣裳である。
 短衣を腰帯で締め付けている、足も麻を編んだようなサンダル履きだった。
 体つきも違う、女性の象徴としての胸が無い。
 彼らは一様に手を持ち上げると、何かの小瓶をちらつかせた。
 それぞれに色の着いた物が納められていた、金、乳白色、それに濁った白。
 なんであろうか?
 三人はしゃがみ込むようにしてそれらを足元に置いた。
「何だろう?」
「さて……、ね」
 立ち上がると、そのまま背を向けて去っていく。
「……持って帰れ、ってことなのかな?」
「多分ね」
 カヲルは手で制すと、自分だけそれらを拾いに歩み寄った。
 そして後悔する事になる。
「あっ!」
 シンジの慌てた声に振り返る。
「シンジ君!」
「カヲル……」
 シンジの声は闇に浮かぶ月に消える、その光に紛れるように飛び去る何かに。
「くっ」
 カヲルは飛ぼうとしたが、さらに現れた何者かによって邪魔をされた。
「この間、の……」
 それはシンジを襲った方の、あの二人組の片割れであった。



続く







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