シンジが目を覚ました時、見えたものは石作りの壁だった。
 映画に出て来る西洋の牢獄を思わせる、しかしそれにしては柔らか過ぎるベッドが不釣り合いであった。
 体を起こす、窓枠があった、微風が差し込んで来る、潮風だった。
 外を見る、廃墟だった、瓦礫が何処までも積み重なっている、しかし草や蔦、苔に覆われている事から、そう最近の惨状ではないのだと窺い知れた。
「まるで遺跡だ……」
 空は水色ではなくて青色だった、さらに目を凝らせば星があり、ちらちらと瞬いては不規則な動きを見せていた。
 帳が降りる頃の藍色に固定された空は異様だ、不安が鎌首をもたげて、シンジはまずベッドから下りた。
(歩きづらい……)
 肩に掛けるような具合の服は肌触りは良かったが、下着を剥ぎ取られてしまっていたためどうにも落ち着きに欠けていた。
 廊下を抜けると、突然に丘だった、ここもやはり倒壊した建物の中であったらしい。
 遠くに屹立している柱はなんだろうか?、まさかと思う、それは昆布やワカメに似た海藻だった、天と地を繋いでいる。
「それじゃあ……」
 空を見上げる、海藻の柱の部分で波紋が生まれていた。
「水の、底なの?」
 と、藍色の空に白いものが舞っていた。
「鳥?」
 すぅっと下降して、それはシンジの視界に納まる瓦礫の上に舞い降りた。
「人だ……」
 鳥が下りたのはその人間の指先だった。
「人が居る……」
 いや、人間なのだろうか?
 着ている服をはだけるように、多くの翼が羽根を休めていた。
『僕をヒトと呼ぶの?』
 はっとする、いつの間にか彼はこちらを向いていた。
 頭の中に直接響く声、しかし浩一との『会話』のように、頭を探られる不快感は無い。
「人じゃ……、ないの?」
 おずおずとした口調に、彼はどうだろうと悩んだ様子を見せた。
『分からない』
「分からない?」
『ヒトの定義が、分からない……』
 シンジは恐れもなく、歩み寄る事に決めた。
 素足に石が痛かったが、逆に地面がこんなに心地好い物かと言う感動を得てもいた。
 砂と石と、草の感触。
「名前はないの?」
『無い……、生まれた時からこの姿だった』
「君が僕を、ここに?」
『そうしろって、聞こえたから』
「聞こえた?」
『そう……、頭の中で声がするんだ、仲間を集めろ、未来のために生き残れ、だから君を連れて来た』
 シンジは首を傾げる。
「何故……、僕なの?」
『君に未来を感じるから』
「え……」
 シンジはとうとう、彼の腰かけていた張り出しのような岩の下にまで辿り着いてしまった。
「未来……」
『希望、でもいい……、大きの期待が君に対して集まっていた……、だから君を選んだ』
「分からない……、分からないよ」
 訴える。
「だからって、こんな所に連れて来て、一体なんの意味があるのさ!」
 彼はシンジに顔を向けた。
『だって、君が死んでしまうから』
「え……」
『あの世界は、滅ぶから』
 愕然としたシンジは、青い顔で言葉を失い、引く血の気の音を聞いた気がした。






「素体か」
 ゼーレ極東支部、その地下にあるネルフ本部。
 ゲンドウは報告書に目を通して吐き捨てた。
「老人方も余計な事をしてくれるな」
「そうだな」
 付き合っているのは冬月とアレクだ。
「基本的な行動原理の解明だけでも出来ないのかね?」
「赤木博士が『子供達』を通じて送って来た、生存本能以上に個体種の保全と存続に意義を感じているらしい」
「擦り込みか」
「その順番を間違えたのだろう」
「ふむ……、下手な自我意識や人工人格の形成は、本来の目的と干渉し合う可能性があるからな」
「ふっ……」
「皮肉なもんさ、人はいつまでも人以上の力を追い求める、御せる能力も無いと言うのにな」
「人は火を扱う事で進歩を覚えた、だが火は火事を起こし、文化を灰にする力もある、人類は核の扱いを覚えた事で、飛躍的に科学力を伸ばしたが、その精神は何千年の太古とさほど変わりはせん」
「ジャイアントシェイクでは核施設だったな……」
「そのアレルギーがクリーンエネルギーの発達を促した、今度は生体、生物だ、何処までも切りがない」
「しかし過ちをくり返す事で学んで来た事もある」
「上は良い、今しばらく甲斐に押さえさせる」
「俺達はどうする?、シンジ君か」
「いや……、これを見ろ」
 ゲンドウが手渡したファイルは、老人達が問題にしていたのと同じ物だった。
「碇、これは」
「フォッサマグナが異常活性している」
「冗談じゃないぞ、おい」
「問題が巨大過ぎるな、この規模では休眠中の火山のほとんどが火を噴くぞ」
「最悪のシナリオじゃ……、世界沈没か」
「ああ……」
「どう処理する?」
 アレクは即座に実務的な協議に変更を申し出た。
 問題が大きいからと言って、どうしようもないと投げやりになることは許されない。
 その自覚が無ければ、ここに居ることは出来ないのだから。
「上の気持ちも分からんではないな……、人類存続のための方舟計画か」
「アスカ達には気の毒だが、シンジ君の事を考えればむしろ放置した方が安全か」
「保証は無い」
 ゲンドウは断言した。
「本能のみで動く奴等に、方舟の価値が分かるとは思えん、ともかく、今は研究チームを早急に組んで、来たるべき時に対処する」
「出来るのか?」
 アレクは言う。
「どれ程お前達の力が人知を越えていようが、あれを食い止められるのか?」
「さあな」
 ゲンドウは薄く笑った、いつもの父としての姿でも、会社で見せる顔でもなく、不敵に笑った。


 シンジが案内されたのは、半ば埋もれている巨大な船だった。
(見えてる部分だけで、学校の倍はある……)
 その表面に触れて驚く。
「痛い……」
(凍ってる?)
 ふと見て、彼が待ってくれている事に気が付いた。
 慌てて追いつく。
(そう言えば……)
 最初から彼の裸を目にしていると言うのに、全く気恥ずかしさを感じないのは何故なのだろうか?
 男性でありながら、女性でもあり、顔はその両方であるのに、奇麗とも、人形とも感じない。
 連れ拐われた時に出会った彼らからは、どこか人間以外の無機質な感じを受けたものだが。
『君は……、君が何者であるのか、気にした事が?』
 唐突な問いかけに、頭の中を覗かれたのかと慌ててしまった。
「ううん!、……考えた事なんて、ないよ」
『何故?』
「だって……」
 僕は、僕だから。
 そう答えようとして改めた。
「僕の周りには……、色んな人が居たんだ」
『ん?』
「とてもじゃないけど、人間だなんて思えない人だっていた、でも、その人は人間で、けれど人間じゃないって感じなのに、人間だとしか思えない人だっていた……、ごめん、何言ってるんだか分からないよね」
 彼は足を遅くして隣に並び、微笑んだ。
『分かる』
「え……」
『君の言葉は、感情が満ち溢れている、だから、分かる』
「そう……」
『人の声は、難しい……、意味と、表現が噛み合っていない時がある、人はそれを嘘と言う』
「……人間は、本音と建前のある生き物だって、前に誰かが言ってたよ」
『そう……、だから僕達には分からない』
「え……」
『人の心は、難しい……』
 シンジには分かりづらい事だったが、それは一時期、レイが悩んでいた内容だった。
 いつしか本音で語り合うことなく、誰にでも明かしていた胸の内を、読まれないように壁を作って隠してしまったこと。
『声』よりも肉声を使い出した天使達。
(単純、って事なのかな?)
 首を捻るシンジに彼は『苦笑』した。
 裏表がある事と、心の内に秘めることは違う、都合の悪い事を隠す事と、語らず実行することは違うのだ。
「これは、なんなの?」
『方舟だよ、本物のね?』
 彼はシンジと会話をくり返す度に、いつしかシンジの様な物言いを手に入れ始めていた。







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Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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