暗い海底を航行する艦があった。
 全領域対応高速潜水母艦、ディバスナーガ。
 現在存在している『はず』の潜水艦とは似ても似つかない流線型をしている、三百メートル級ながら水上、及び『空中』戦闘時には上部構造を展開し、戦闘指揮所及び砲台として機能する構造を有している。
 現在の深度は『四千』メートル。
 この巨体でこの深さを潜れる艦は事実上この船だけであろう。
「すみません、新婚旅行の最中に」
「構わないさ」
 栗色の髪の少女に男臭く笑ったのは加持だった。
「除け者にされてたら、後で嫌がらせでもしてるところだよ」
「その通り」
 身重でありながら着いて来たミサト、何故だか艦長席に陣取っていた。
 ミサトを中心に、放射状に六席設えられている、もちろん正面が操舵主の席だ。
 そこに座っているのはマユミであった。
「反応、ありました」
「お願いね」
「はい」
 ミサトの言葉に素直に応じる。
『力』を用いて周囲地形を探索しながら航行させているのだ、これ以上の操舵主は他にはそうそう居ないだろう。
 マナはミサトの横、加持の逆側に立ちながら多少の不安を感じていた。
「信じていいのかなぁ?」
「何だい?」
「あの人達のこと、あたしは懐疑的です」
「いい子達よ、とってもね」
 ミサトは微笑んで言うが、マナが目配せした加持はむしろマナ寄りだった。
 加持には過去、彼らに関わる幾つかの事件に巻き込まれた経緯があるからだ。
(さて、どうだかな)
『子供達』による探索は確かに驚異的だが、それでも限られた能力でしかない。
 頼り切った所で『たかが』知れている、最後の最後で勝敗を決めるのはヒューマンパワーだと決まりきっているからこそ、自分はここに居るのだし、また誘われもしたのだろう。
(信じ切ることも、頼り切る事も出来ない、それでも今は力を合わせるしかない)
 その折衝のためにミサトを連れて来ている自分は何なのだろうか?
(子供達は、こいつの腹を前にして嘘を吐き切ることは出来ないからな)
 平然と自分の子供すら道具にする。
「もうすぐ、ランデブーポイントです」
 そんな卑怯さと卑劣さを持ち合わせた姿こそが大人だとは、むしろ思われたくない加持ではあった。






 家に帰ったら好きな人がいつでも居る。
 笑って、お帰りなさいって言ってくれる。
 たっそれだけのことが一体どれだけ嬉しい事なのか。
 力になるのか。
 感動していたはずのことがいつの間にか当たり前になっていた。
 だから気が付かなかったのかもしれない。
 その人が居なくなった時。
 抜け殻のようになってしまうということを。
「……」
 暗くなった部屋の真ん中で、レイはぺたんと座り込んでいた。
 朝、出掛けた時にはこんなことになっているなんて、思ってもいなかった。
 いや、本当にそうだろうか?
 シンジがいない。
 アスカもいなくなってしまった。
 カヲルは帰って来ない。
 ゲンドウも出掛けたままだ。
 力の源、エネルギー源を失ったエンジンは、出力を落として鉄屑になる。
 こんな簡単な理屈、ずっと分かっていたはずなのに。
「何やってるんだろ……」
 だが、まだ空になったわけではない。
 ミズホが居る。
 母もだ。
 だからまだ動き出せる。
 セルを回せばエンジンは掛かる。
「何処行っちゃったんだろ」
 ただ、向かうべき場所が見つからない、地図が無い。
 レイに必要なのはコンパスと、宝の場所の記された地図の二つであった。


 惣流アスカが誘拐された。
 それは正にミステリーであった。
 体育、更衣室、彼女が着替えに後れたのはただの偶然。
 だが最後に入って来たはずの彼女が出ていった所を見た者は居ない。
 そしてそのまま放課後を迎え、夜になり。
 ようやく事態が発覚していた。
 校内の監視カメラ、カヲルにとって見覚えのある風体の『敵』
 内の一人が、アスカを捕えて連れ去ってしまっていた。
「シンジ君の次はアスカちゃんか」
 何が目的なのか?
 彼らに知る術は無い。


「この遺跡が……」
「そう、丸ごとお墓だよ」
 シンジは再び彼とこの世界を散歩していた。
「海の底なんだね……」
「海水を支えている粒子の帯電現象が、この世界の明かりになっているんだよ」
「粒子?」
「方舟の……、ま、一種のバリアだね」
「ふうん……」
 シンジはそののどかとも言える風景を見渡した。
「草はどうなの?、太陽の光じゃないのに」
「光合成に必要なものはあの塔によって生み出されてるんだよ」
 世界の中心に在る塔を指差した。
(東京タワーくらいかな)
 知識で知っているだけの建物を引き合いに出す、その先端が明るく輝いていた。
「灯台みたいだ……」
「この世界を照らし切るには弱いけどね」
「何が光ってるの?」
「光そのものだよ」
「光?」
「そう、原子も分子も目には見えないけど、塊にすれば見えるだろう?、こんな風にね」
 そう言って、彼は足元の石を拾い上げた。
「光も同じことさ、光を凝縮すればそれ単体で存在する事が可能になる」
「凄いんだね……」
「そうでもないよ、土を握ってどろ団子を作った事があるかい?」
「あるけど」
「それと同じことさ、同じ程度のね」
 優しい目を向ける。
「君にも出来る事だよ」
「僕にも?」
「その気になればね」
 彼はもう、人格が完全に成長し切っているようで、流暢に人の言葉を操るようにまでなっていた。
「僕には出来ない事だから、君に任せたいのかもしれないな」
 苦く笑う、そんな表情まで手に入れていた。
「君なら簡単に言うんだろうな、世界を救う事が出来るならって」
「何を言ってるの?」
「この世界に救うだけの価値があると思う?」
 冷たい顔で、彼はシンジの瞳を見つめた。
「この汚濁にまみれた世界を」
「どういう意味?」
「だって人は死を感受出来ないから、未来を残す、未来に繋げるなんて奇麗事を言って、仕方ないって何万もの、ううん、何億もの人を殺して、それを知ってる子供達が幸せを受け入れられるはずが無いのに、殺された子供達だって幸せになりたかったはずなのに」
「何を言ってるの?」
 シンジは戸惑ってしまった。
「分からないんだ……、選別の基準なんて何処にあるんだろう?、そんな人達と、そんな人達に選ばれた子供達が生き残った未来にどんな希望があるんだろう?、救う価値が本当にあるの?、この世界の未来には」
「泣いてるの?」
「え……」
 シンジは手を伸ばして彼の頬に触れた。
 親指で目元を拭ってやる。
 するとどうだろうか?
 彼は突然、涙腺を壊してしまったかの様に涙を溢れさせた。
「どうして……、泣けるんだろう?、僕は涙なんて知らないはずなのに」
「君の言った通りなんじゃないのかな?」
「え?」
「……人と会話するだけの力かもしれないけど、嬉しいとか、悲しいとか、苦しいとか、そんな僕の想像を君が受け入れてくれたなら、君の心が形作られて来たのかもしれないよ?」
「涙も?」
「泣くって事を、僕が想像したから」
「僕は、泣けた?」
「かもしれないね」
 シンジは笑う。
 どうしてだろうか?、こんなに暗い世界なのに。
 太陽を背負ったように眩しく、輝いて見える。
「助けるとか、選別の基準とか、そんな難しいことは分からないよ、けど、僕はまだ悩んでる事がたくさんあるんだ」
「あの女の子達のことかい?」
「そうだよ?、僕は何をどうしたらいいのか、何をどうしたいのか、まだ何にも分かってないんだ、闇雲に手段ばかり手に入れようとしてた事もあったけど、結局なんにもならなかったよ」
「だから?」
「それでも僕はまだ悩む事を諦めてない、諦めようと思ってないから、それを中断させられるのは嫌だ」
「そう……」
「幸せがどこにあるかなんて分からない、それでも僕は悩み続けたいんだ、これからもずっと……、多分、そうしていられる間は、きっと本当に幸せだから」
 エヴァンゲリオンと名乗り直した彼は、涙を自ら拭って口にした。
「そうだね、だから僕は生まれたのかもしれない」
「誰とも分かり合う必要がないなら、きっと生まれて来る必要性なんてないよ」
「死んだ子供達は?」
「可哀想だけど……、運が悪かったって言いたくは無いな、せめて分からせるためだったとは思いたい」
「誰を?」
「僕を」
 シンジは強く、唇を噛んだ。
「君を?」
「うん……、だって僕はまだ、それを分かっていないから、レイの、ミズホの、カヲル君の、みんなの苦しみを分かってない」
「分かりたい?」
「分からなくちゃいけないと思う、どうかな?」
「君がそう望むなら」
「え?」
「君に苦しみを見せてあげるよ」
 そう口にした彼の右手には。
 赤い玉が転がっていた。







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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