その玉を見た瞬間、引き込まれるように意識が遠のいていった。
 見えたのは何だろうか?、玉に写った自分?、その自分の瞳に写っている自分の顔?
 合わせ鏡のようにくり返された鏡像?、違う、そんなものでは無かった。
 血の池の中、もがき天に手を伸ばす子供達が居た、目玉がこぼれ、顎が外れ、耳が、鼻が削がれ、あるいは骨の突き出した腕を伸ばした者も居た。
 池は彼らの流している涙が溜まったものであった、こんこんと溢れ続ける血の雫が、彼ら自身を溺れさせていた。
 凄惨な、地獄と言う名の光景だった。
「……!」
 がくんと膝を突いてシンジは我に返った、彼が支えてくれていた。
「大丈夫かい?」
 寒気に体を抱き締める、自分の体はこんなにも細かっただろうか?
 いや、実際に憔悴し、頬も痩け、目元も落ち窪んでしまっていた。
 体を揉みほぐすようにマッサージして温めながら、彼はシンジを抱き締めた。
「彼らの、悲しみだよ」
 シンジの頭を胸で挟み込む、いつの間にか、やけに豊満になっていた、いや、体つきもだ。
 それに合わせて体全体が女性に変化していた、性の象徴は両方携えたままであったが。
「ほんのコンマ何秒か接触しただけで気が狂いそうになってしまう、君達の大人がやったことは正に悪魔の所業だった、彼ら自身の魂はちゃんと召されたのか、それともまだここにあるのか分からないんだ」
「ここって」
「僕の、中に」
 シンジは彼の鼓動が複数聞こえた気がした。
「ここに……」
「そう、僕は君達の中にあるもの、そのものだ、だから通じている、全ての悲しみと苦しみは内包されたままなんだよ、これが解放された時、人類は狂い死にしてしまうだろうね」
 シンジは、それはいけない事だと言えなかった。
 言えるだけの権利を見いだせなかったから。
 贖罪であるから、未来に生き残ろうと醜く足掻く人達に課せられた。
 罰だから。
「これは君に上げるよ」
 そう言って、彼はシンジに握らせた。
「これを、僕に?」
「同時に、僕、自身もね?」
「え?」
 すうっと、彼の姿が薄れ始めた。
「どこに……」
「僕は、何処にでも居る」
 はっとする。
「そう、だったね……」
「そうだよ?」
 ぐっと珠玉を握るとそれは消え失せてしまった。
 自分の中に。
「君も?」
『取り合えずは、僕は君になろう』
 再び肉声ではなく、思念になる。
『僕は君で、君が僕だ』
「分かったよ」
『でも、君がこれからのことを決めるには、足りないものが幾つかある』
 伝わって来るイメージ。
「信念、決意?」
『その両方さ、そのために、彼女もここに来てもらった』
「彼女?」
 完全に姿が消えてしまった、それでも暖かみは感じているから、シンジはもう脅えることなく立ち上がれた。
「アスカ……」
「シンジ……、なの?」
 気が付けば自分が立っているのは初めて彼に会った場所で。
 見上げるアスカはあの時の自分のように戸惑っていた。



続く







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