少年は瞳を閉じたまま黙考する。
全ては何処から始まっていたのかと。
一体何処で間違ってしまったのかと。
とある場所でとある遺跡が発掘された。
南米の密林の中で。
その血を引く少年が居る。
あるいはその血を用いて形作られた者が居た。
場所、少し上がってメキシコ湾海上。
プラットフォームの上で男は潮風に白衣をたなびかせていた。
その顔を覚えている者は少ないだろう。
かつてはオルバと呼ばれた少年を死地に向かわせた男。
トレーズ。
「レディ……」
彼は海に流した彼女を思いやった。
「生物は必ず生きる道を探り出す」
だがそれも試験管と人工の環境刺激では何も結果を得られなかった。
「だから、この海に帰そう、そして」
彼は足を蹴って海に身を投げた。
(僕も君の血肉の一欠けらとなろう)
幻。
甲斐の看取った儚げな女性が両腕を開いて待ち受けていた。
(マリア姉さん!)
ゴンッと基部の張り出しにぶつかり……
首を折った彼の遺体は、さらに飛沫に飲み込まれ。
波間の底へと沈んでいった。
目を開く。
彼の望みとはまた違った形で、彼の妻はここに居る。
娘もまた、生きている。
「どうすれば良いと思う?」
彼女は曖昧に、感情のない笑みを浮かべるだけで答えてくれない。
彼は、浩一は強く呻いた。
珍しく。
「地球制止作戦!」
吐き捨てる。
「バビロンプロジェクト!」
唾棄する。
「この手でDG細胞を!、あの狂気のナノマシンをばらまけというのかっ、僕に!」
周囲に様々な情報が表示された。
地中潜航艇バビル、その内部に蓄積されたナノマシンは、既に規程容量を越えている。
ロデム、ロプロス、ポセイドン、三つの僕は自己進化によってそれぞれ、アキレス、ガルーダ、ネプチューンと名前を変えていた。
浩一は彼らが自己進化を始めるきっかけとなった戦いのことを思い出して苦笑した。
レイ、カヲル、シンジ。
あの時カヲルに向けて投げ付けたトライデント、ロデムから成っていたLODEMの頭文字から構成される五種類のナノマシン。
DG細胞はこの世に蔓延する全てのものを分解するだろう。
それが目的で作られているのだから。
災厄の後の地球の惨状は計り知れない。
科学と言う名の悪夢は、二万年の時を経ても消えない毒を風の中に、土の中に、水の中に行き渡らせて、生き残った全ての生物を汚染するだろう。
DG細胞はプラスチックからコンクリートまで、あらゆる無機物を分解し、大地に還元して行くはずだった。
それこそ、毒すらも、だ。
そしてその後に、ロデムのナノマシンが世界の再構築を始めていく。
死んだ世界に、花咲かせて。
緑の地球を再生していく。
DG細胞すらも作り替えて、有益なナノマシンとして取り込んで。
その作業工程を総称してバビロンプロジェクトと呼んでいた。
インターフェイスとなって、光の翼を広げ、悪魔の細胞を振りまく巨人、ネプチューン。
その巨人の翼となって、エネルギーを受信、供給する巨鳥、ガルーダ。
そして悪魔の細胞を死滅させる槍、黒い豹、アキレス。
槍を大地に突き刺すまでの長き時を眠るための棺、バベル。
この破滅に向かって汚れていく世界を浄化するために作られたシステム。
だが全てを止めるということは、全てに死を与えるに等しい行為なのだ。
「僕にそれを行えと言うのか……」
友達を救うために、だが。
「どの道、このままでは……」
ジャイアントシェイクが起これば、どの道ばらまくしかなくなる。
そうしなければ人類は滅んでしまうから。
例え千年、二千年眠ったとしても、大地は再生していないから。
毒の溢れた世界のままだから、だから。
「誰か、助けてくれ、誰か……」
浩一は『彼女』がたゆたう管を強く叩いた。
●
「僕達がこうしてまた集う事になるなんてね……」
少年と少女達は一堂に介していた。
その場所は遥かな海の底である。
潜水艦の中にしてはやけに大きなスペースがあった。
大型可潜艦リヴァイアス。
ツバサ、テンマ、カスミ、リキ、マイ、メイ、アラシ、イサナ、ヨウコ、ライ、タイジ。
それに向かい合う形で立っているのはレイ、カヲル、ミズホ、ミヤ、サヨコの僅かに六人だけ、一人、余分にサヨコの胸に抱かれている赤子には名前が無い。
「ほんとに……、サヨコ、子供」
かろうじてその先を飲み込むカスミ。
含み笑いを必死に堪えているツバサ辺りが、何を吹き込んだのか雄弁に物語っていた。
「ここには……」
カヲルが口を開いた。
「サヨコに頼んで連れて来てもらったよ」
「そう……」
カスミはちらりとリキに視線を送った。
このでくのぼうに片足を突っ込んでいる男が、いざとなると猪突猛進と見紛うはしっこさを見せる事を忘れていたのだろう。
彼の独断専行に、少し不本意の色が見えていた。
「そちらは、どうなんだい?」
カヲルの問いかけに代表してカスミが頷く。
「今は、協力を……」
「なら問題無いね」
マイとメイに頼む。
「サヨコが疲れてる……、少しお願いしていいかな?」
「はいはいはーい!」
嬉々として赤ん坊を受け取りに走るマイだ。
「ごめんなさいね、すぐに……」
「ううん!、ゆっくり休んでね」
その言葉がサヨコを思いやってのものでは無くて、赤ちゃん可愛さから来たものだとは誰の目にも明らかだったが、にちゃらっと相好を崩したマイを見れば誰も口は挟めなかった。
「赤ちゃんを抱くマイ」
ぼそっと呟かれた言葉にリキは激しく動揺した。
「ツバサ!」
「ん〜?、見たまま言っただけだろう?」
「でも危ないわね」
「危ないな」
「危ない危ない」
みんなで言う。
「そういうこと考えるのって、まだ五年は早いよね」
「その根拠を言ってみろ!」
「誰も認めないんじゃなぁい?、マイって背が伸びるの遅いからぁ」
ぐっと詰まったリキが想像したものは、二十歳になっても今と変わらない幼女幼女した幼さなわけで。
「ろりこん」
ぐはっと、今度こそ血を吐く様な呻きを発した。
「遊びは後でゆっくりとね」
場所を変えて船室、左右の壁に三段ベッドが並んでいる。
収容人員が多いのか、空間は有益に利用されていた。
「僕達の仕事は利害の一致から見る共闘だ」
カヲルの確認にリキは頷いた。
「リープタイプの殲滅」
「跳躍種?、なにそれ」
ツバサの問いかけに答えたのはテンマだった。
「時代を越える者、世代を越える者、あるいは次世代の主役、色々な解釈はあるが、結局は俺達から得られた情報を元にした、実験の完成体だ」
カヲルが引き継ぐ。
「もっとも、その研究も些細なミスから瓦解しているらしいけどね」
「人のやる事に完璧は無い」
「そう、ライの言う通りだね」
君の射撃と同じ、とは心の中の突っ込みだった。
「彼らには心が欠けていた」
「心?」
「そう、人間ベースの僕達と違って、人工物として生まれた彼らには本能すらも欠けていた、そこで反射行動的なプログラムが脳に移植された」
「脳は完全な有機皮質で構成された人工知能だった」
「そこに行動原理となる予定だった『意識』を転写したんだね、でもその順番を間違ってしまった」
「結果は?」
急かすカスミに皮肉を浮かべる。
「推測が混ざるけど……、一体がまず起動してしまった、生体活動を開始していた彼らは、その情報を……、行動の基盤となる指針を示された途端にそれを実行に移した」
「無茶苦茶やな」
「その通りだよ、タイジ、彼らは僕達よりもより発達、あるいは発展、進化した『声』で互いの思考を補完し合った、今じゃどの程度の知能を身に付けているか想像も出来ない」
「人は闇を恐れ、光を手にする事で生きて来た、さしずめ今度の敵は俺達の影か」
「あるいは僕達が影にされてしまうかもね」
ライは舌打ちをして見せた。
「さて」
カヲルは締めに入った。
「もう、既にみんな耳にしていると思うけど、世界は崩壊の危機にある」
ジャイアントシェイク。
「その苛烈さは想像するしか無いけれど、世界が滅びる可能性もあると知らされれば強制は出来ない、逃げ回ってもいいし、外で残りの時間を満喫するのも自由だ、一応、『方舟』に優先的に迎えてくれると誘われているんだけど……」
一同を見渡し、苦笑する。
「なら僕達は団結して、方舟を守る事にしようか」
小さく手を挙げたのはヨウコだった。
「何故、何のためか教えてくれないか?」
「……彼らには彼らの選考基準があって、それに満たなければ虐殺してでも排除しようとする可能性がある、僕達はそれを止めなければならない」
「……子供が死ぬのは、見たくないからな」
特にそれが、『あの頃』の自分達と同じ年頃ならば。
「分かった」
「じゃあ散ろう、僕達は接舷してるディバスナーガに移らせてもらうよ」
それぞれに散る中で、レイはぐいとカヲルの腕を掴んで問いただした。
「カヲル」
「レイ、今は……」
「大丈夫って、何が大丈夫なの」
カヲルは答えられず、シンジがごめんと口走る気持ちが分かってしまった。
だからこんな風に護魔化してしまう。
「彼らの第一行動は方舟の王の確保だ、シンジ君はだから連れ去られた」
「無事なの?」
「彼らの先にシンジ君が居る、僕はそう信じてる」
「もう一つ!」
逃げようとしたカヲルを再び引き戻す。
「どうしてミズホを!」
ミズホはびくびくとレイの背中に縋り付いてカヲルを覗いていた。
この場に居るには余りにも相応しくない。
「あのぉ〜、わたしぃ……」
カヲルは苦笑して言った。
「シンジ君を出迎えるなら、みんな一緒だ、そうだろう?」
一人にしておくのは危険だ、とは言わなかった。
「アスカちゃんも見つけるさ、僕達は……、いつも一緒だ」
「うん」
レイは了解した。
「そうよね、あたし達はいつもシンちゃんと一緒でなきゃ」
「そう言う事さ」
言い直されてしまった事に、ほんのちょっとだけ傷ついてしまったカヲルであった。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
Q'はGenesis Qのnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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