最初の犠牲者はリキだった。
「くっ!」
 迫り来る天使、『使徒』、その行動範囲は広く、空にも、地にも、水の中にさえ『適応種』が徘徊していた。
「回収スポットまで……」
 密林の中を進む、木を盾に大きな体を隠す、手に持っている銃は念のための用心だ。
 使徒の中和能力は絶大で、その力の前にはリキの『刃』ですら霧散させられてしまう。
(仲間同士の戦いともまた違う、か)
 足が沈み込む様な腐葉土を踏みしめる。
 −腐葉土?−
 野生の勘が何かを知らせたが遅かった。
「いっ、く!」
 足を這い上がって来る無数の虫、ダニや蚤、あるいはミミズ。
 リキはDG細胞に犯された小動物に囲まれていた。
 ブーツを這い上がって、ズボンを食い破り、あっという間に肌を噛み、体の中にまで潜り込んで来る。
「かっ、あ!」
 恍惚と快感に通じるおぞましさの中で、リキは最後の思念を発し上げた。
 −マイ!−


「うきゅ?」
 深く、遠い海の底。
「どうしたの?、マイ?」
「……たぶん気のせい」
 マイはあっさりと放棄して、次々と送られて来る報告の方に心を躍らせた。
「あそこに入るの?」
「入れるようならね」
 メイ。
 彼女は視線をカスミに投じた。
 イサナ、ジュンイチに指示を出して潜れる場所を探している。
 その手先となって大人達が数人働いていた、カスミほどの年齢になれば、それなりに違和感なく溶け込めるだろうに……
(服、着替えないのね)
 スーツ姿というのはおかしな感じがした。






 イサナは人形を操りながら、いい加減嫌気を覚えていた。
「ん〜〜〜、駄目かも知んない」
 真剣にそう呟く。
「叩いても駄目、ヒビ一つ入んない、たわむから何か透明な材質なのかと思ったけど、これ、エネルギーで作った力場なんでしょ?」
 ジュンイチからの答えはイエスだ。
 もちろん、ランプの点滅で返された。
 ついでにデータも表示される、足元に見える緑豊かな景色、その陸地までの『深度』とこの『天井』の湾曲具合から、結界のサイズが算出される。
「……直径六百キロって」
 ただ、その空間のほとんどは埋まっている物と、目視から観測された。
 この計算結果に最も反応を示したのは仮眠ベッドに横になっていたヨウコだった。
 仰向けになって頭の下に左腕を差し込んだまま、右手で小説本サイズの端末を開いて操っていた。
 と言っても無線によって垂れ流されてくる情報を流し読みしているだけなのだが。
 親指でボタンを押す度に、一画面分スクロールする。
 その度に顔が険しくなっていく。
(直径六百キロの『壁』が相手か)
 足を上手く組み変える、あまり派手に動くと天井に当たりそうになる。
 三段ベッドの一番上で、下よりは僅かに余裕があるのだが。
(試作品の船を引っ張り出してここまで来て、未だ敵を見る事も出来ない、何をしている?)
 それは自分に対して向けた言葉だろう。
 この深度まで潜れる船は未だこの一艦のみである、方舟などの『フィールド』を搭載している船は、勿論潜ることは可能な訳だが。
 それらは通常の潜水とは言わないだろう、水圧に堪えるのではなく、水圧を一種のバリアシステムによって回避するのだから。
 リヴァイアスは現実に水圧に堪えようとしている、耳をすませばギシギシと音が聞こえる、いつ圧壊してもおかしくは無い。
 深海、海峡の底も底だ、もし圧壊したなら小さな人間の肉体など一瞬と持たずに米粒以下に圧縮されてしまうだろう。
 それ程凄まじい圧力が掛かる事になる。
(この極限の状況でわたしに何が出来る?)
 彼女はつと端末の向こう、爪先のさらに先の壁を見た。
 耳をすませば聞こえて来る、歌。
(どうしてそんなに、穏やかで居られる?)
 それはサヨコの歌だった。


 浩一を守っていた三人が同時に動いた、渦を巻くようにマントがはためく、その頂点、中心にある顔は真っ直ぐGRとそれを運ぶ船を見据えている。
 浩一は浩一で動いた、空間に溶け込むようにして姿を消す、転移、テレポーテーション、どう呼ばれようとそれは大した問題ではない。
 彼は彼の望む場所に移動する、それは。
 パンとガラスの弾ける音。
「浩一君!?」
「ここで決めるよ、カヲル君」
 浩一の傍には、よろめくようにふらつく『使徒』
 唐突に翼を広げて彼は飛びかかった。
『カヲル』へ向かって。
「くっ、支配されたのか!?」
「違うよ、彼に教えて上げたのさ」
「何を!」
「真実を……」


 ディバスナーガでもその戦いの様子は確認されていた。
 グラップラーシップの船内カメラによって送られて来る。
「手出しも出来やしない……」
 爪を噛み千切るミサトであった。
「警報を止めて、どうせ後は鳴り続けるだけよ」
「重力震を確認、転移して来ます」
「総力戦を仕掛けてでも沈めるつもりだな、この船を」
 次々と空間に波紋を生んで、その奥から天使達が飛び出して来た。
 人型のものもいれば、サメとおぼしき魚体も存在した、翼の生えた馬など、その形状は際限が無い。
 その全てが銀に近い白い光沢を放っているのだ。
 奇怪過ぎた。
「排除するつもりか、俺達を」
「違うわ」
「アスカちゃん?」
 アスカは静かに口にする。
「シンジのやろうとしてることは途方も無さ過ぎて、……あたし達は邪魔になるのよ」
「シンジ君が、あたし達を殺そうとしてるっての?」
「ほえぇえ!?」
 アスカは顔をしかめて見回した。
 誰も信じようとしないから。
 シンジの事を。


 カヲルの船の艦橋部分は、その上側が全展開のスクリーンになっていた。
 そこでは三つの『使徒』に翻弄されるGRの姿が映し出されている。
 そのブリッジもまた破壊しかねない勢いで浩一と、使徒と、カヲルが暴れていた。
「君は言ったんだろう?、カヲル君」
 浩一の『衝撃波』を壁で受ける。
「なんのことだい?」
「彼らのためなら、世界を敵に回しても」
「いけないかい?」
「いけないさ、少なくともシンジ君はそれほど強い人間では無かった、君の行いが彼のためだと言うのなら、彼はそれを自分のせいだと受け止めるだろう」
「すり替えだね」
「でもシンジ君はそう考える、そしてその責任に耐え切れなくなる!」
 使徒の翼がカヲルを打った。
「くっ」
「君は、綾波レイのことが好きかい?」
 カヲルは破壊され、火花の散るパネルの上に膝を突いた。
「唐突に、なんだい?」
「恋愛感情じゃない、思慕の念とも違う、それでも君、渚カヲルと言う個人は、綾波レイと言う少女に好感を持っているかと聞いているのさ」
 カヲルは苦笑交じりに答えた。
「そう言う問題なら、好きと答えなくちゃいけないだろうね」
「そう、そして彼女も君が好きなんだよ、……僕よりもずっとね!」
 衝撃波、同時に使徒も踊りかかる。
「嫉妬かい!」
「事実の確認さ!」
 カヲルは衝撃波を壁で、使徒の抜き手を組み手で巻き込み、合気道の要領で放り投げた。
 壁のスクリーンが叩きつけられた翼に割れる。
「僕は綾波レイが好きだった、今でも好きなんだと思う、だから僕は君を『殺せない』!」
 浩一はなおも『衝撃波』を放った。
 勢いを増す衝撃波に防戦一方になるカヲル。
「おかしな論理だね?」
「そうかい?、僕は彼女が好きだから、彼女の悲しむような事は出来ないのさ」
「じゃあ、これはなんだい?」
「……君は、シンジ君を悲しませるのかい?」
「間違っているのなら、それを正してあげるのも友人だろう?」
「だから君は馬鹿なんだよ!」
 またも増す勢い。
「僕にはどうしても君は殺せない、殺したくないじゃない、殺せないんだ!、けれど君は僕を殺すだろう、綾波レイ、彼女も必要ならばそれに賛同するだろう!、……僕が幾ら想っても、彼女は秤に掛けても君を選ぶさ、僕に唯一分があるとすれば、それは僕がシンジ君の願いによって動いていると言う一点に尽きる」
「なにを……」
「悲しいね、友達の為に好きな人に嫌われ役を演じなくてはならないなんて、こんなに辛くて悲しい物だとは思わなかったよ」
「浩一君、君は何を言ってるんだ、浩一君……」
「さあ、ね……」
「……」
「ただこれだけは言っておきたい、君は何があっても優先してシンジ君のことだけを追いかけるべきだった、そうしていれば彼の成そうとしている事を止められたかもしれないのに」
「……なんだって?」
「彼の行おうとしていることはベターであってベストじゃない、それでも数十億の人類と兆を越える生物を見殺しにしようとした君達よりもベターなのは間違い無いんだ、だって、このために犠牲になるのは二人……、いや、人間ではたった一人で済むんだからね」
「それがシンジ君で、君は無事に済むと言いたいのかい?」
「違うよ、違う……」
 勢いが弱まる。
「君は、オーガノイドを知っているかい?」
「オーガノイド?」
「そう、有機質型アンドロイドのことさ、逆に無機物型アンドロイドはイノガロイドと呼ばれるけどね、……かつて、二十世紀初頭、この世界を震撼させた一人の超人が居た、その名はヨミ、希代の超能力者だったよ」
「……君の元になった人のことかい?」
「そう、僕は彼の情報を元に作成されたアンドロイドに過ぎない、人間として数えるのは間違いだよ」
「今更だね」
 カヲルは顔をしかめた。
「僕達は君を友達だと思っている、そんなことは些細な問題だろう?」
「そうでもなかった」
「?」
「僕は君が離れて行った間、シンジ君の相手をしていた、そして知ったんだよ」
「何を……」
「君が如何に、存在していてはいけない人物なのかを」







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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