「シンジ君?」
 その一瞬に隙が生まれた。
 −カヲル君!−
「浩一君!」
 覆い被さるように降って来る巨人、振り下ろされる槍、それを壁で受け止めた瞬間。
「なっ!?」
 巨人の胸が開いて、そこから浩一が躍りかかった、壁を貫いてめいいっぱいの衝撃波を叩きつける。
「くはっ!」
 血を吐き、のけぞるようにして海に落ちようとするカヲルを巨人の手が掴み取る、浩一もまたその指に掴まった。
「碇シンジ!、浄化を!!」
 遠方より爆発的な閃光が衝撃波を伴って襲いかかって来る、それはナノマシンの嵐であった、DGよりも余程暴力的で、凶悪な。
 −これで良い……−
 浩一はカヲルと共に鋼鉄と化しながら、変わっていく世界に対して微笑んだ。
 しかし……
 運命の三女神は、時に気まぐれに作用する。


「何とか……、間に合った?」
 その内の一人、『レイ』の言葉である。
『白鯨』の甲板の上であった。
 その通信が入ったのは僅か十分前のことだった。
「ふえ?」
「どうしたの?」
 ゲート通過後、サヨコの膝の上で泣いたからか、レイは正気を取り戻していた。
「赤木先生ですぅ」
「はぁ?」
 怪訝そうな顔をするレイを無視して、ミズホは両耳に手を添えてふいふいと首を振った。
 何かを受信しようとしているようだ。
「はぁ?、こんなこともあろうかと、超空間通信機を……、ふぇええええ!?、頭に『足して』おいたってどういう事ですかぁ!?、気にするなって気になりますぅううう!、ううう、はい、リボンですか?、ちょっと待ってくださぁい……」
 半泣きになりながらも黄色いリボンをシュルリと外す。
 ばさりと落ちる髪、そうすると髪の流れを割る耳が普段より少しだけ大きく見えてしまった。
「はぁ、結ぶんですか、わかりましたぁ」
 えっと、えっととリボンを結んで輪を作る。
「ええっと……」
 半信半疑と言った風情で、気味悪く見ている一同にも泣きそうになりつつ、その輪の中に腕を突っ込んだ。
「ふええ!?」
 向こう側に出て来ない……
「ふえええええ!?、何か、何かありますう!」
 とうとうぐじゅぐじゅと完全に泣いてしまった、それでも我慢してミズホは奥のものを掴んで引っ張り出した。
「こんなこともあろうかと思って用意しておいた超空間通信機ぃ、だそうですぅ」
 もうこれ以上は嫌だとばかりに、ミズホはレイに手渡した。
 携帯電話サイズの通話機、その液晶パネルに映っているのは……
「先生!?」
『まだ無事みたいね』
「先生こそ、そっちは!?」
『ああ、こっちは無事よ、頼りになる人がなんとかしてくれてるわ』
「そうですか……」
 ほっと胸を撫で下ろすレイ。
『それより、やっと完成したの、受け取って』
「受け取って……、って」
 困り顔でミズホを見る。
 びくりと脅えて、ミズホはアスカにしがみ付いて嫌々をした。
 しようがなくミズホのリボンを借りて手を差し入れる。
 ……確かに、何だか良く分からない物を触るのは怖かった。
(うう、嫌かも……)
 ずるずると邪魔臭いものを引っ張り出す。
「これは……」
 何の事は無く、ミズホのコートであった。
『新しく空中元素固定装置と歪空間発生装置、それに転移機能も搭載しておいたわ』
「転移って……、テレポートみたいな?」
『ええ、最大転移距離は百メートル、連続使用は五十回が限度だから気をつけて』
「なんで素直に五キロじゃないんですか?」
『距離が長くなるとね、それだけ『誤差』も増えるのよ、変な形で実体化したくないでしょ?』
「う……」
『使い方はそっちで考えてね』
「考えてって……、何かあって寄越したんじゃないんですか?」
『別に?、こっちにあっても使い道無さそうだから』
「なんてアバウトな……」
『物って言うのはあって困るものじゃないけど、貰っておけば良かったって後悔するものなのよ、それじゃあね』
 ピッと一方的に切れる通信。
 レイはミズホにリボンとコートと通信機を返した。
「うう、わたしが持っておくんですかぁ?」
「ミズホのだもん」
「きゃ!」
 ぴっとまた通話状態になった通信機に、慌てて取り落としそうになってしまった。
『ごめんなさい、伝言頼まれてたの忘れてたわ』
「伝言ですかぁ?」
『ええ、シンジ君のお母さんから、彼宛にね?』
「ふえ?」
『今晩すき焼きだから、早く帰って来るようにって』
 ふふっと笑う、それに対して黙っていたアスカが口を開いた。
「あいつは……」
『迎えに行けばいいでしょ?』
「……何も知らないくせに」
『聞いてる暇は無いもの、でもディバスナーガでのやりとりは聞かせてもらったわ、そしてそこには転移能力のある装備がある、それでもそこに居るのならそうしなさい、シンジ君を支持するも、しないも、あなたの勝手なんだから』
「支持?」
『そうよ?、シンジ君が望んで何かをしようって言うんでしょ?、だからってどうなの?、そんなことは問題なんじゃないわ、渚カヲル君はクルス浩一君のやり方に不満があり、クルス浩一君はあなた達に不満があって、あなた達はシンジ君に不満がある、結局みんな自分の中にだけ勝手な未来予想図を持っているのよ、そしてそれがベターな展開だと信じてる、でも本当にあなたにとってシンジ君のやろうとしてることはベターなの?、違うならそれを伝えるべきなんじゃないの?、伝える方法は今上げたわ、実行しないなら』
「もういい!」
 アスカは叫んだ。
「わかったわよ!、行けばいいんでしょ!?、……馬鹿シンジのところに」
「アスカ……」
「アスカさぁん……」
 アスカは顔を上げた、泣いていた、どうしてか自分でも分からないだろうに泣いていた、辛く、何かを押し込めて。
 そしてそんな皆の会話に耳だけを貸しながら、サヨコは膝の上に赤ん坊を乗せて、きゃっきゃとその両手を掴み持って遊ばせた。
「心配する事なんて無いのに……、みんな丸く収まるわ、ね?、シーくん」
 にちゃらっと赤ん坊はサヨコの真似をして笑う。
 そんな二人のやり取りに気が付いた者は、残念な事に居なかった。


「ありがとう、浩一君……」
 ぽたぽたと滴が床を打つ。
 ちらりと見たウィンドウが消える、そこに映っていたのは彼の塔の中にいる少女の姿だった。
 シンジは溢れていた涙をぐいと拭った。
「ターンシステムは、君に任せるよ」
 そう告げて意識を切り替える。
「なんだ?」
 そして違和感に気が付いた。
 慌てて船内の様子をモニターする。
「どうして……」
 愕然とシンジは呟いた。
「どうして、そこに居るんだよ!」
 ガンッと、何もない空間に拳を叩きつける。
「レイ!、ミズホっ、それに……」
 赤い髪の少女を泣き笑いの顔で見つめる。
「アスカ……」
 −それが彼女達の望みだからだよ−
 唐突に声が聞こえた。
「カヲル君?」
 −ああ……、そうだよ、シンジ君−
「どうして……」
 −代謝機能を遅らせて抗っている、それでも半融合してしまっているからね、今は『使徒』としての能力を使って君と交信しているんだよ−
「そうじゃないよ、どうして……」
 −僕と同じさ−
「え……」
 −君の過ごせる毎日こそが、僕達の望みの全てだからだよ−
「だけど……」
 −『天使』の意志に惑わされているんだね?、世界の痛みを押し付けられて、君はそれを自分に架せられた義務だと……、責任だと感じているんだね−
「僕には出来る事があるんだ、やらなくちゃ……、今やらなくちゃ、どうしようもないんだよ!」
 −だから行くのかい?−
「うん……、そのために、ここまで準備したんだから」
 決意と共に心を閉ざして『声』を断つ。
「バグを使って彼女達を排除するんだ」
 機械はその命令に従った。


「ふぇええ!」
「アスカ!」
「分かってる、けど、どうしろってのよ!」
 まるで血管の中を歩いているようだった。
 円筒形のチューブのような道、目を凝らせば壁の向こうに何かが流れていくのが良く分かる。
 体液だろうか?
 赤でなく白い光で満たされているのが救いだった。
 外から見ると鯨の形に見える巨大艦、船であると言うのに、純粋な機械ではないらしい。
 回転しながら襲いかかって来たのは、一抱えもあるような円盤だった。
『バグ』
 そう呼ばれている機械抗体である。
「きゃああああ!」
 身を寄せ合うアスカとミズホ。
 レイだけが両手を突き出して立ちふさがった。
「させない!」
「レイ!」
 そのレイを押しのけたのは、いま脅えていたはずのミズホであった。
『ミズホ!?』
 コートの両腕が膨れ上がって硬質化し、肘のガードが後方に伸びた。
 さらにナックルガードが形成される、それはまるで……
「盾!?」
 肘当ての部分が高速で震えた。
「あれを見て!」
 レイが指差した先でバグが何かに衝突して自滅していく。
 見えない壁にぶつかっているようだ、良く見れば自分達を光の球体が包み込んでくれていた。
「これは……」
「ディストーションフィールド、歪空間による絶対領域、こんなこともあろうかと……」
 虚ろな目をして人形のごとくかくかくと答えるミズホに二人は引いた。
「み、ミズホ?」
「って、はっ!?、わたしは何を!?」
「ミズホ……」
「はぅう!、何ですかその哀れみの目は!?、いま何があったんですか!?、なにが!」
「……知らない方がいいわ、絶対」
「うん」
「はぅうう!」
 今日も元気な娘さん達である。
「この調子じゃ、やっぱり」
「改造?」
「はあうう!、嫌ですぅううう!」
 もはや手遅れと言う気がしないでも無かったが……
「急ぎましょう」
 アスカは先を急かして、護魔化した。



続く







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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