「やはり妨げとなるのは、みんななのか……」
シンジは苦笑していた、どこかでそうなると思っていたから。
これまでのように。
「でも、ここに来るまでには時間が掛かる……」
タイムリミット。
それが今までとの違い。
これまでは夢中で駆けている間にクライマックスを乗り越えていた、でも。
今それを演出しているのは。
「僕だ」
自分自身。
彼女達を待ち望んでいない自分。
これまでのようにレイが手を握ってガンバろうと口にしてくれる事も……
アスカが励ましてくれる事も……
ミズホが和ませてくれる事も、期待することはできないと知っている自分だから。
「転移準備が終了するまで三百秒」
だから容赦無くカウントを続ける。
そして彼女達が到着するには……
「六十秒差で、全てが始まり、終わるんだ」
背中の翼を震わせて、彼女達に背を向ける。
映像の中の三人は、噴霧されるウイルス型ナノマシンを光の繭によって弾き、息が上がるほどに駆けていた。
GenesisQ'153
「ワルキューレの伝説」
「……シンジ君は何をするつもりだ?」
これまで可能だった通信でさえも、誰かが望んだのだろう、途絶した。
こうなってはもはやする事も無く、冬月コウゾウは茶などをしばきながら、かつての教え子に問いかけていた。
「甲斐君、君にならわかるのかね?」
甲斐。
宿敵とも言える者達が、こうして同じ場所に会している。
しかし互いに状況を理解しているからか、騒ぎはしなかった。
「エヴァについて、冬月先生は何をご理解しておられます?」
ティーカップを持ち、香りを嗅いで楽しむ。
「上手くなったね、ユイ」
にこりと微笑んで、ユイは夫の分をポットから注いだ。
それら一部始終を見て、冬月は嘆息する。
(殺したいほどに憎みながら、それを見せる場をわきまえる……、空恐ろしい事だ)
内面でどれ程の感情が煮えたぎっているかと思えば、だ。
「エヴァ、わたしが知りえているのはその移植による結果程度のものだよ」
「それはわたしも同じこと……、つまりは『誰も』知らないと言う事ですよ、どれほどの物なのかもね」
厭らしい笑みを張り付ける。
「エヴァについて、わたし達のE反応の検知数値はゲンドウのものを基準としています、あの少年の数値は通常の数十倍を観測したと聞き及びましたが、それを素晴らしいとするかどうかは我々の中にある常識が判断するものでしょう」
「何が言いたい」
ゲンドウににやりと返す。
「わからないのか?、我々にとっては想像を絶するものであったとしても、それが『本来』の水準からすれば取るに足りないものでしかないのかもしれない、あるいは今の彼は、我らの名付けしエヴァを完璧なレベルで発現させているのかもしれない」
「考えた事がないのかな?、みんなは……」
シンジは首だけを仰向けたままで、部屋の中央に立ち尽くしていた。
映像は足元に移っている。
「この世界が……、僕達の世界が、現実が誰かに作られた物だなんて、そんな空想をしたことがない?」
一枚一枚、独自に蠢く翼達。
「ある日、転校生が来たんだ、その子は凄く変わってた、悲しかったな、どこかで気を許してくれてないって言うのが見えていたから」
綾波とレイと声と力。
「現実が感じられなかった、でもあの時感じた痛みは本物だった」
レイを庇ったこと。
その身に傷を受けたこと。
その傷を癒してもらったこと。
「……これから僕は、それを現実に行うよ」
目を開く。
「世界の創造主となって、そして人形のように思い通りに操るなんて、って憎まれて、恨まれて、それから……」
ズキンと疼く。
「……おかしいな」
胸に手を当てる。
「苦しいや……、涙も出ないのに」
「なら、なんのために、何をすると言うの?」
その声に驚き、シンジは振り返った。
そしてあり得るはずのない事態に狼狽する。
「秋月さん!?」
どうして、とシンジ。
あり得ない事だった、自分を『こう』した二人の天使が……
ミヤを連れて来るなどと。
「君達は、どうして!?」
ミヤの半歩後ろに従う天使達は何も口にしない。
「……多分、シンジ君より、あたしの方が純粋だから」
「純粋って……」
「だって、シンジ君は迷ってる」
「迷ってる?、僕が!?」
ミヤはコクリと頷いた。
「だって、本当のシンジ君は何をやってるんだろうって納得してない、みんなと離れるのだってどこかで嫌だって喚いてる、なのに今のシンジ君は世界を救うって使命に酔っている」
「……どうして」
「わかるの?、って、だって……」
心臓に手を当てる。
「ここにね、巣食ってるものがあるの」
それはシンジの血であった。
「……共鳴してる、シンジ君の意識が流れ込んで来る、混濁してる感情の中で、あたしが受け入れられるのはあたしの知ってるシンジ君だけだもの、今のシンジ君は好きじゃないな」
微笑み。
「だから、ね?、シンジ君が自分でも分からないほど沈めてしまってる『本当の自分』を、あたしにだけは感じられるの、わかる?」
「わからないよ……」
「わかりたくないんでしょ?」
シンジは叫んだ。
「だって痛いんだよ!、どうにかしろって『彼』が言うんだ!、どうにかしてくれって!、だから!」
「無理しなくても良いのに……」
皆がシンジが何かを成そうとしていると誤解している中で、ミヤはようやく浩一ほどにシンジの状態を理解し得ていた。
シンジの力に共鳴して自身の取り込んだ彼の力が活性化している今だから分かったことだった。
(視える……)
シンジを取り巻く、薄い赤い煙のようなものが。
纏わりついて、シンジを苦しめているのが良く分かる。
(怨念、想念?、思念……)
シンジとはまた違った方向で『力』を拡大使用していた、無意識の内に。
声の本質は他者とのコミュニケーションを成立させるところにある、それは単純に異種族間、異生物を指すわけではない。
『力』を持たされた子供は死ぬ事が無かった。
そしてその子供達は彼らの素体として『分解』されてしまった。
彼らの生を繋いでいたのが『力』なら、『力』が消失しない限りまた死もあり得ないのだ。
第三新東京市で暴れた彼のように、『力』によって歪んだ精神体として今だ存在し続けている魂達。
シンジがドームでその一部と接触してしまった事から、全ての事件は始まっていた。
(あの時から……)
自分が、彼にギターを押し付けたりしなければ、ここまでの事態には発展しなかったかもしれない。
『声』に空間的な距離は意味をなさない、さらにはシンジの歌にむせび泣き、囚われていた何十人分と言う膨大な魂達が歓喜の賛美歌を合唱したのだ。
その声は、この世界に散らばっている同質の存在達に語りかけた事だろう。
生の喜びと、死の悲しみと……
そして、解放してくれる者の存在とをだ。
「シンジ君に縋り付くのはやめて!」
ミヤは叫ぶ。
「悲しみや苦しみは犠牲の積み重ねじゃ消えはしないの、それがどうしてわからないの!」
「なに?」
シンジは耳を塞いで顔をしかめた。
部屋中に響き渡る、ボォと言う音、声。
真っ白な空間にそれは反響を積み重ねた。
「痛いのは分かる、悲しみを広げたくないって気持ちも、だからって全てを消し去って、喜びだけで満たされた楽園のような世の中に作り替えてしまおうだなんてこと、お願いだからもうやめて!」
「この声、なんだよこの声!?」
シンジにはミヤの言葉が聞こえていないらしい、いや……
誰かが、届かないようにしているのかもしれない。
「世界に声をばらまくのも、知らず焦りを浸透させて、走らせて、世界が悲しみで覆われる前に、だって、歪みはかならずひずみを生んで、揺り返しを起こさせるから、どんな風に作り替えられたって、作り替えた人が悲しみに満ち満ちているんじゃ、世界が喜びで満たされるはず、ないじゃない!」
−ボォオオオオオオオオ!−
「わたし達には聞こえる、そうでしょう!?、悲しみの声が、何処かで泣いているシンジ君を感じてしまう、幸せになれない、そんな思いに囚われてしまう、だから!」
叫ぶ。
「返してよ!、あたし達のシンジ君を返して!、あたし達のシンジ君でなくちゃ、あたし達はきっと幸せになれるだなんて、思えないから!」
「うるさい!」
シンジは叫ぶと大きく右腕を震った。
「!?」
不可視の、いや、細切れになった無数の『壁』がミヤを襲う。
その背後に……
「え?」
キョトンとした顔で、アスカ達三人組が、白い壁から抜け出して来た。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
Q'はGenesis Qのnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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