学校をそっと抜け出して、シンジは一人で山を登った。
 何処に行こうと思ったわけではない、特に理由があるとすれば涼しそうだと思ったからだ。
 −−本当のことだったのかな。
 一歩一歩土を踏みしめる、山道は細くて気をつけなければ薮で袖を引っ掻きそうだ。
 −−違う、そうじゃない。
 木々のおかげで影が多く、確かに空気は冷えていた。
 しかしそれ以上に汗が吹き出る。
(教わったことはそんな事じゃなくて)
 光が見えて目を細める。
 出た場所は絶壁、しかし街を一望するにはやや低い崖。
 シンジは雑草交じりの土の上に腰かけた。


 日常を持て余し気味になっているのはシンジだけでは無かったかもしれない。
「まったくあのバカ共が!」
 普段なら気にも止めないことで苛立つのは、それだけ落ち着いていない証拠だろう。
「どうしたの?」
「聞いてよヒカリぃ、相田とか鈴原とかさ、男子でぐるになって賭けてんのよ」
「賭けるって、なにを?」
「……」
「へ?」
「……じょ」
「はい?」
「もう!、処女かどうかって!」
 わー!、っと焦って急ぎ口を塞ぐ。
「はは……」
 なんでもないと愛想笑い、周囲は聞かなかった振りをしながら聞き耳モードに入った。
 それぐらいは仕方が無いかと判断する。
「それで?」
「うん……、7:3で経験済みだって」
「……そう」
「もうあったまに来るわ!、3よ3!、三割も未だになぁんにもなし!、進展なしって、人バカにして!」
「でも」
「なによ!」
「……ホントになにもないんでしょ?」
「う……」
「実際、なにもないんでしょ?、まだ」
「ああーん、ヒカリぃ!」
「はいはい」
 胸で泣かせながら溜め息を吐く。
「碇君ももうちょっといい加減でもいいと思うんだけどねぇ」
「うう……」
「思うんだけど、それは迷惑な話かもしれないけど、何も無いよりはあった方がいいとおもうのよ、何人かと同時にってことになっても、追い詰められたりとか、責められたりして、結局責任って程じゃなくても心とか態度とか決めなくちゃならなくなるでしょう?、碇君に必要なのは勢いじゃないかって」
「うう、かもしんない」
「でしょ?」
 ヒカリは気が付いていなかった。
 そんな適当に振った話題が、アスカにどれだけの影響を与えていたか、そのことに。


「条約破棄?」
 レイはアスカの宣言にキョトンとした。
「そうよ!、考えて見ればいつまでもいつまでも仲良しこよしでここまで来ちゃってる訳だけど、それってこれからもこの状態だって事なんじゃない!」
「何を今更……」
 そしてミズホ。
「……お二人とも凄く抜け駆けが多いよぉなぁ」
『うっ』
「有名無実と人は言いますぅ」
『ううっ』
「ま、まあ良いんじゃない?、あたしもこの頃困ること多いし」
「なにかあったわけ?」
「ちょっとねぇ、友達と集まってるとそう言う話し多くて」
 とレイ。
「まだだって言うと驚かれちゃってねぇ、どうしてとか早くすればいいのにって、急かされちゃって」
 それに、と続ける。
「考え方変えることにしたし、どうせ一回、って言うか誰かとしちゃった、だからサヨナラってことには絶対ならないと思うから、シンちゃん」
「どういう意味よ?」
「ほら、キスだってなんだってそうでしょう?、責任取って付き合うなんて潔さがあったら、こんなにぽこぽこぽこぽこ女の子わいて来ないとおもうしぃ」
『うう……』
「こっちが諦めないでアタックしてれば、シンちゃんって絶対ふらつくと思うから、抜け駆けだってその時の一番にはなれると思うけど、シンちゃんを捕まえておくのってそういうんじゃ無いと思うの、何かもっとこう……、別な事だと思う」
「だから?」
「ううん……、よくわかってないんだけど、『そっち』のことってのは弾み以上にはなんないと思うから、そう深く考えなくても良いんじゃないかって……、上手く言え無くてごめん」
「言いたいことはわかるわ」
「ありがと」
「つまりぃ」
 ミズホの要約。
「ワインと肉は腐った方が美味しいけれどじゅくじゅくになる前に食べて頂きたいと」
『違う!』
「ええ!?、てっきりもう青さを失ってしまって焦っておられるのだと」
『誰がぁ!?』
 ……猥談にしても、今ひとつ色気に欠けた会話であった。


「シンジ君の周りがそろそろ騒がしくなって来たようだな」
 冬月である。
「ああ」
「計画の実行はどうするね」
「問題無い、予定通りに行う」
「しかし碇……」
「カヲルが動いている、警護は任せる、問題は無い」
 わかった、と嘆息する。
(問題は当の本人が納得するかどうかだと思うのだがな)
 そんな老婆心を見越しているのか、ゲンドウはただにやついているだけだった。


「ん……」
 冷たい夜風に頬を撫でられ、シンジはようやく目を覚ました。
「あ……」
 満点の星空に心を奪われる、それ以上に気になったのは枕を提供してくれている誰かの存在。
「秋月さん?」
 特に慌てる事も無く、シンジは体を起こしながら首を傾げた。
「どうしてここに?」
「シンジ君のガード」
「ガード?」
「そう……、この間のあれでね、ちょっと危ない事がまだあるから」
 シンジは多少青ざめた。
「秋月さん」
「なに?」
「……この頃カヲル君が帰って来ないんだ」
 目を伏せるミヤ、それだけで十分だった。
「そっか……」
「うん……」
「ねぇ、教えて欲しいんだけど」
「なに?」
「他の……、外の世界って、そんなに酷いの?」
 そんなことか、と胸を撫で下ろした。
「ううん、酷くはないかな?、落ち着きは無いけど、ずっと平和だとおもう」
「そっか……」
「なに?」
「変わってないのは僕だけかと思って」
「え?」
 シンジはミヤから街並みへと目を向けた。
「大したことじゃないんだよ、ただどうしよう、どうしようってさ、そればっかりで……、情けないんだけど、今一番欲しいものがなにかって、それも思い付かないんだ、だからこれからどうしていけばいいのか、なにがしたいのかって、それもわかんない」
「そう……」
「秋月さんはさ、今取り敢えずしてみたいことって、なにかあるの?」
 ミヤはわたし?、と苦笑した。
「そうね……、取り敢えず男の子と付き合ってみたい」
「男の子と?」
「うん……、キスして、エッチして、べったべたに甘えてみたいかな?」
「そっか……」
「シンジ君は?」
「え?」
「そういうのないの?」
「ないことはないよ、でも一番じゃないと思う」
「けどとりあえずはしてみたいんでしょ?」
 有無を言わせぬ接近だった。
 シンジの膝に手を置いて体重を預け、動きを封じての……
 大きくて丸い月に重なる二つの影。
「ん……」
 ミヤは悪戯心からか、ただ合わせるだけでは無くてもう一つついばみ直してから離れていった。
「……」
 ゆっくりと離れていくミヤに対して言葉が見つからない。
 そんなシンジにミヤは笑った。
「変わってないって言ってるけど」
「え……」
「やっぱり、変わってる、シンジ君」
「どこが?」
「だって」
 微笑と苦笑。
「焦ったり、嫌がったりしないで、今の受け入れてくれたでしょ?」
「あ……」
 シンジは手のひらで口元を覆った。
「僕……」
「余裕、かな?、違うかもしれないけど、キスくらいでうろたえたりしなくなってる、それよりどうしてキスなのかって考えようとした、それって、大きな違いだと思わない?」
 少なくとも以前のシンジであれば、狼狽えるだけで逃げ腰になっていたはずだから。
「ちゃんと頑張ってるって事はみんな知ってるし、ちゃんと見てるんだから、ね?、シンジ君を好きなみんなでね」
「でも」
「それで良いんだと思うよ?、シンジ君の満足って言うのは人に応えることじゃ得られないものなんじゃないかな?、多分、それを間違ってるから、ずっとここまで来ちゃったんだとおもう」
 ね?、とミヤは微笑んで……
 更にもう一度、浮気をさせた。







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