覇気も意気も感じられなくなったのは、夏休みの半ばを過ぎた頃だった。
「つまんない?」
 そう顔を覗き込むように訊ねるマイに、苦く笑ってシンジは答えた。
「これは……、違う、違うと思うから」
 いまひとつ何の事かわからなかったが、マイはシンジの隣に腰かけた。
 目前ではステージが準備されている、客席から見るとひどくちっぽけなものに見えた。
 この距離から、何を見ているのだろうか?
 音だけなら耳だけで良いのだし、こんなところに集まって、と。
 シンジは心の中に酷くもの憂げなものを抱えていた、だから。
 −−この日のステージは、最悪だった。


 緊急会議と言っていい。
 途中でおろされたシンジの穴を埋めたのはカヲルだった。
 マイとメイがメインと言っても、バンドのように認知されていた一団である、その変更は少なからず騒ぎを起こした。
「気に入らんか」
 たまたま碇ゲンドウが見に来ていた。
 それが良い事かどうかはわからない。
「わかった」
 言い返さないシンジに背を向ける。
「もういい、契約も切れる、やる気のないものに用はない」
「はい、お世話になりました」
 皮肉。
 そうとしか取れない言葉だった。
「シンジ!」
 VIPルームから出て来たシンジに、アスカ達は詰め寄った。
「ごめん」
 そんなみんなに寂しげに笑う。
「して欲しい、やってもらいたいって押し付けられるの、もう嫌なんだ」
 間違えたくない、と……
 シンジは一人、去っていった。


「今年の夏って……」
 アスカとレイは喫茶店の窓際でぼんやりと語り合った。
「つまんなかったわね」
 まだ四半月は残っていると言うのに、もう終わったつもりになっている。
「いいの?、アスカ」
「ん〜〜〜?」
 レイは口篭り掛けたが、やはり告げた。
「あたしは……、ね、みんなのこともあるから、やってる、やるべきだって思ってる」
 いい間違えないように言葉を選ぶ。
「シンちゃんには……、手伝って欲しかったけど、そうやって期待するのって、なんだか」
「当てにしてるだけだって?」
「うん……、このあいだの、ね?、時だって、シンちゃんが……、シンちゃんの力を当てにして、やらされたんだって感じ、あるんだと思う」
「……」
「こんな言い方、嫌だけど……、アスカが言った通りだと思うの」
「あん?」
「目に見える範囲の人に優しくするので、十分だって」
「言ったっけ?」
「うん……、ようやく、わかった気がする、その意味」
 ふうっと息をつく。
「シンちゃんは、あたしだから……、あたしが悩んでたから、仲間が見つかるといいねって言ってくれたんだと思う、昔のことだけど……、でもそれはあたしの仲間のことを想って言ったんじゃなくて」
「あんたが好きだから言ったんでしょうね」
「うん……、でも見た事も聞いた事も話した事もない人のことも想って欲しいなんて、無茶よね?」
 アスカは頷く。
「思い出した、あたし言った、うん、あたしはあたしの友達を、あんたはあんたの、シンジはシンジの友達を想う、同時にあたし達も想い合えば、その輪は重なりながら大きく広がる、優しさの輪ってのは、そうやって広げるべきだって、そんなつもりで言ったっけ」
「そう……、シンちゃんは間違えたくないって言った、そうだと思う、やらなくちゃって思ってるけど、絶対にって聞かれると迷うもの、今のあたしはそこまで孤独じゃないからだと思う、前はね、寂しかった、シンちゃんも『違う』って、仲間じゃないって事にこだわってたから」
「今は違うわけ?」
「どっちでもいいって思ってる、だから、かな?」
「ん?」
「以前のあたしなら、あたしが嫌だから仲間を捜したり、助けたかった、あたし自身が苦しみから逃れたかったから、でも今は違う、今は幸せになってもらいたいからってやってることだから、……知らない人達のためにやってる事だから」
「幸せになってもらって、喜べたとしても……、あんたの自己満足だけだから、あんた自身が変わる訳じゃない」
「うん……、辛くなったら、呼べばまた傍に来てくれると思う、それくらいには自惚れてるけど、今はどれだけ手伝ってもらっても、あたしに何かあるわけじゃないから」
「あいつってさ」
 愚痴る。
「どっかで人が悲しんでたり辛そうにしてるのが嫌だってのがあるのよね、だから何とかしてあげようって同情するし、なんとか出来たらほっとする……、そんなとこがあるから」
「うん、シンちゃんから見たら、今のあたしって余裕があるように見えるんじゃないかな?、自分のことでも無いのに他人を思いやって頑張ってるって、……それってあたしの優しさとか思いやりとかで、シンちゃんの気持ちをどれだけ延長したって重ならないのよね」
「まあ?、あたしは面白そうだって思ってやっただけで、だから最後まで付き合ったけど」
「アスカも行っちゃう?」
「あたしにだってここに居る理由はもうないもの」
「……そうね」
「あんたは?、どうするの?」
 迷うように。
「最後まで付き合って見ようと思う」
「そ」
 アスカは立ち上がる。
「じゃあ、ここでお別れね」
「うん……」
 理由など聞かない、アスカはさよならも言わずに行ってしまった。
 残されたレイは、レモンティーに口付けて顔をしかめた。
 すっかりぬるくなったレモンティーは、すっぱさだけが際立って、酷く不快な味がした。
 ただ……
 二人とも何かを勘違いしていた。
 その頃、第三新東京市では……
「ふう」
 必要最低限なものを考えると、ほとんど無い事に気が付いた。
 お金の入っているカード、母親に頼んで作った印鑑。
 それに多少の着替え、暇潰しのためのウォークマン。
「ほんとに行くのね?」
 不安げに見送る母親にシンジは苦笑した。
「うん……、他に思い付かなかったから」
「そう……」
 肩にリュックを掛け直す。
「落ち着いたら連絡するよ」
「大丈夫?」
「多分ね……」
「本当に?」
「心配症だなぁ」
 その態度だけでも、シンジの変化は明らかだった。
「考えたいんだ……、誰にも影響されないで、本当に自分に必要なものが何なのか、もう一度掴み直したいんだ」
 流され過ぎたから……
 あまりにも余計なものに絡み付かれ過ぎたから。
「今度は、自分で」
 手のひらを握り込む仕草にユイは微笑した。
「そう……、じゃあもう何も言わないから、元気でね?」
「うん」
 −−さよなら。


 そうして碇シンジと言う少年は……
 全てのしがらみを断ち切って。
 自分からの一歩を踏み出した。



続く







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