何かが欠け落ちた。
 それが何かはわからないし、理解るわけもない。
 最初はまたかと思ったし、また追いかければ良いと思ったし、連絡くらいはあるだろうと読んでいた。
 けど。
(もう知らない!、あんなやつ知らない、知るもんか!)
 −−置いて行かれた。
 その想いだけが強過ぎて、だから。
 彼女は、彼を、切り捨てた。


GenesisQ'157
「天高く、雲は流れ」


 大学中央の並木道。
 金に輝く髪を揺らして、一人の女性が歩んでいた。
 すらりとした肢体、なのに着ているものは大人しめのシャツとスカート。
 誰もが無視出来ない存在感、それは……
 威圧感。
 圧倒的な美と、相反する精神的な鋭さ、触れるもの全てを寸断する険のある物腰、態度。
 そんな鋭さがまた人を惹き付ける、温もりが冷気に引き寄せられていくように。
「アスカ!」
 その声には魔力でもあるのだろうか?
 身に纏っていた氷の壁が、一瞬で割れ爆ぜ、消えてしまった。
「ヒカリ」
 アスカはめったに見せなくなった無防備な顔を見せた。
「ダンナは?」
「もう!、その言い方やめてよ」
 ぶうっとむくれる、アスカは彼女の指から指輪が消えているのを見て溜め息を吐いた。
「アンタ達、またやったの?」
「いいの!、あんなやつ、それよりアスカ、今日暇?」
「暇って言えば……、暇だけど?」
 嫌な予感は的中した。
「ゴメン!、高田くんにさぁ、今日のコンパ、アスカ誘ってくれって頼まれちゃってぇ」
「あたしぃ?」
「うん!、ね?、一次会だけでいいから」
「あたしが行ったって、白けるだけじゃない」
「そう言わずに、ね?」
「……」
 本当の狙いがわかるだけに面倒だと感じられる。
(どうして忘れさせてくれないのよ……)
 ヒカリの思い、それは間違いなくシンジの事を振り切れと言うものだろう。
 新しい恋を見つけろ、と、彼女はそれが余計なお世話になっているのだと気が付かないのだ。
 そっとしておいて欲しい、傷口が塞がるまで、そうしてくれれば自分で充電出来るから。
 また動き出すことができるから。
 だがこうして、見ていられないからと勝手な事を押し付けて来る。
 それが傷に塩を塗り込んでいるだけだと言うのに、いつまでたっても理解してくれない。
(どうして親友だなんて、思ってたんだろ?)
 碇シンジと言う幼馴染。
 彼に対して親達のしたこと。
 周りが押し付けたこと……
(ヒカリのこれも、同じことなのに)
 はぁっと溜め息が出てしまう。
 それを諦めと受け取ったのか。
「じゃ、六時にいつものところでね!」
 ヒカリは勝手に行ってしまった。
 ヒカリにはヒカリの未来予想図があるのだろう。
 そこではアスカは、幸せな隣人、友人としていなくてはならない、そんな身勝手な妄想に付き合わされるいわれはないと、アスカは思う。
 シンジにかかっていた期待もその類のものであろうと、逃げ出した気持ちはわかる、逃げ出したくなったのは許容出来る、けれど。
 −−なんで置いて行ったのよ。
 その点だけが、いまでも受け入れられなかった。


 渚カヲルと綾波レイ。
 特異な容姿を持つ二人の顔を見たければ、レコード店か、あるいはテレビを眺めれば良かった。
『〜〜〜〜〜〜♪』
 聞こえて来る歌は軽快なポップスだ、誰もが二人を恋人同士と疑っていない。
 実際、一緒に暮らしている、それでも……
 二人の間には、何も無い。
「……面白いかい?」
 自宅、マンションの一室。
 ソファーの背もたれに顎を乗せるようにしてだらけているレイの姿に、流石にカヲルは顔をしかめた。
 カヲルがスウェットの下と、肩にタオルを掛けているだけの風呂上がりの姿なのに対して、レイは、かなりきっちりとした服装をしている。
 それもその筈で……
「……しつこいねぇ」
 カヲルは窓に寄ってブラインドを閉じた。
 パパラッチ、あるいはどこかのカメラマンか。
 とにかく四六時中狙っているのだ。
「ねぇ、カヲルぅ」
「ん?」
 レイはごろんと、仰向けになった。
「いつまで歌えばいい?」
 高校を中退した二人は、アスカ同様に碇家を出て新しい家を持っていた、だが。
 空虚さが埋められない。
「まだ三年だよ?、今止めるには早過ぎる」
「でもあたしは歌うつもりなんて無かったもん、マイとメイの手伝いくらいのつもりで」
「しかし今は駄目だ」
 はっきりと告げる。
「僕達を支えにしているみんなが居る以上、やめられない」
 レイは呟く。
 いつかのシンジと同じ気持ちで。
「ちっとも嬉しくない、辛いだけなのに……、なんでこんなこと続けてなくちゃならないんだろ」


 碇家。
「おかあさまぁ、洗濯物置いときますぅ」
「ああ、ありがとうね」
「いいええ」
 にこぱっと笑って赤く恥じ入る。
 そんなミズホに、ユイはたまらなくなって抱きついた。
「ミズホちゃんってば健気なんだから!、もう可愛い!!」
「おかあさまっ、くるしいですぅ!」
 そう言いながらも嫌がる素振りは見せたりしない。
(シンジ様と同じ匂い……)
 シンジの失踪後、一番不安定になったのはミズホだった。
 アスカのように帰る家も、レイやカヲルのように自立する術も持たないミズホにとって、シンジはまさに存在するための基盤となってしまっていた。
 シンジが居なくなって始めてその事実が浮き彫りになってしまったのだ。
 アスカがこの家を出る、と口にした時、ユイは寂しげに「そう」と言っただけだった。
 それ以上言う訳にはいかなかった、余りにアスカの表情が厳しかったから。
 おろおろとし、それでもシンジ様と泣くミズホは毛嫌いされた、アスカの中でシンジの存在は禁忌となったのだから、当然だろう。
 だから、拒絶された。
 アレクの好意にも、縋れなかった。
 アスカの目が、怖かったから。
 レイとカヲルは他人だった。
 そこに混ざる勇気は無かった。
 ミズホは子供でもあるし、大人でもあり過ぎた。
 もういい歳なのだから、自活して、生きていく事も出来るのだ、それが枷となって苦しめた。
 我が侭は言えなかった。
 孤独に生きて行く方法はあっても、ここを去らずにすむ言い訳なんて無かったから。
 シンジが居たから、ここに居られた。
 シンジの居ない今、捨てられた今……
 ここに居ていい、はずがない、と。
 脅えに支配されて、ミズホは孤独に苛まれ……
 胃潰瘍と言う、おおよそ彼らには縁の無い病気にさえかかったほどだった。
 とにかく、高校を卒業するまではと引き止められなかったら、どうなっていただろうか?
 高校を卒業する頃には、いつの間にかアレクから親権は移されていた。
 −−あの子が帰って来た時、誰も居なくなっていたなんて、寂し過ぎるでしょう?
 だから、誰かに待っていてあげて欲しいと、これはわたしの我が侭なのだと。
 そんなこじつけの理由を与えられ、ミズホは今も、ここに居る。


「まあ、ね……、シンジがどこにいるか調べろって言われたら、調べるまでもなくわかってるんだけど」
 そう口にしたのはマナだった。
 どこぞの喫茶店での会話である。
 相手はミヤだ。
「わかってるの?」
「こっちも仕事だもん、でもシンちゃんとの追いかけっこだけどねぇ」
「え?」
「日本全国ちょろちょろとね、バイトしてる、だから記録を調べればすぐにわかるよ」
「記録ねぇ……」
「役所でね、逃亡中ってわけじゃないんだから、そこら中に足跡残してるよ」
「ふうん……」
 細長いコップの中身をストローで掻き混ぜる。
「会ったの?」
「まさか」
 マナは肩をすくめた。
「そんなこと出来るはずないじゃない」
「どうして?」
「だって……、今のバランスって、シンジが居ないってことを前提に組み上げれられてるのに、あたし一人がそんなことしたら」
「バランスが崩れて?」
「がっしゃあんってね?、倒れちゃうわ」
 しかし。
「……会いたくない訳じゃないのよ?、話したい事もある、でも怖いのよ」
「何が?」
「シンジって、あたしの……、ううん、あたし達の、なに?」
「え?」
 意表を突かれた顔をするミヤ。
「なにって……」
「友達なんかじゃないよね?、もっと切実に傍に居て欲しいもん、けど居なくてもこうして楽しく暮らしてる」
「楽しく……、か」
「寂しくないわけじゃないけど、傍に居て欲しいけど」
 言い直す。
「映画に行きたいとか、カラオケにつれて行って欲しいとか、一緒に遊びたいとか、慰めて欲しいとか、それって全部、あたしの場合幼馴染みたいな子にやらせてる、ムサシって、知ってたよね?」
「うん」
「それって彼氏ってほどじゃなくても近いでしょ?、シンジでなくてもいい、けど、シンジでないと絶対に物足りないものがあるの、未だにそれを求めてる……、それって、なんだろ?」
 自分達なら、それはきっと力に根付く仲間内の共感で済まされるだろうとミヤは思う、けれどだ。
 マナは、違うのだ。
 そんなものを感じるはずも無く。
 だから、多分……
「味気ないって、ことなのかな……」
 そんなミヤの呟きに……
 マナもそうかと、納得した。







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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

Q'Genesis Qnaryさんに許可を頂いて私nakayaが制作しているパロディー作品です。
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